こどもとIT

公立小学校1人1台環境における5年間の歩み、文具にするためのポイントは?

――EDIX東京2020・ICT CONNECT21 GIGAスクール構想推進委員会セミナーレポート②

学校現場では現在、GIGAスクール構想で整備されたタブレットPCが続々と導入され、子どもたちの手に渡り始めている。それらの端末を使って本格的に利活用を進めていくためにはどうすればいいか。

一般社団法人ICT CONNECT 21「GIGAスクール構想推進委員会」は、9月16日~18日に開催されたEDIX東京でオンラインによるセミナーを実施。今回は、その中から「1人1台環境5年間の歩み~文房具としてのICT利活用の壁と工夫」のセミナーを紹介しよう。講師は、岡山県備前市立香登小学校で、長年ICT活用やプログラミング教育に携わってきた津下哲也教諭である。

岡山県備前市では、既に6年前から1人1台体制をスタートし、市内の全小中学校で利用されているとのこと。今回は、香登小学校の今の様子と、ここに行きつくまでの5年間にわたる様々な実体験を伺った。津下教諭曰く、「これはあくまで一学校の一事例である」と強調されていたが、いろいろな面でこれから取り組みを進める学校現場の参考になるのではないかと思う。

岡山県備前市立香登小学校 津下哲也 教諭

1人1台が定着した現在の児童たちの様子

今回の舞台となる香登小学校は2020年現在、児童数108名、各学年1学級に加え特別支援学級が併設されている。タブレットPC端末はもちろん、各教室には無線LAN、授業用のタワー型パソコンなど、他のICT機材も整備されている。これは、香登小学校が特別なわけではなく、備前市内の全小中学校で同じように整備されているそうだ。ソフトウェアについては、「SKYMENU Class」「ロイロノート・スクール」など、小中学校では比較的お馴染みのものが使われている。

最初に津下教諭から、香登小学校のある一日の流れが紹介された。朝から4時限目までの、それぞれ異なる学年の児童たちがタブレットPCやICT環境を利用している様子だ。全学年が毎日ここまで活用しているわけではないが、様々な学年の活用方法が分かるよう,一日の流れとして組み立てたそうである。1時間目が始まる前の時間は、ドリルアプリを使った朝学習からはじまる。児童たちは、当たり前に使う文房具としてタブレットPCを取り出してやっているようだ。

ドリルアプリを使った朝学習

続いて1時間目の様子として、社会の調べ学習が紹介された。パソコンを使った調べ学習は、程度の違いはあるが多くの小学校で既に行なわれているのでイメージしやすいと思う。ただし、香登小学校では、それをパソコン教室に移動して行なうのではなく、普段の教室の中で授業の自然な流れでやっているところがポイントだ。

2時間目、4年生の理科の授業は、教室を出て校内で栽培中の「へちま」の観察にタブレットPCが使われていた。一般的には、紙の観察カードにスケッチや書き込みをすることが多いようだが、タブレットPCを活用することで、内蔵カメラで写真を撮影し、その場で観察した内容を記入できる。これにより、絵を描くことよりも、この学習活動の狙いに集中することができ、その結果、主体的な学びにつながるという。確かに、紙の場合は時間がかかるし、文字やスケッチの上手下手など、本来の狙いとは異なる部分に時間やエネルギーをとられてしまうように感じる。

タブレットPCを持ち出してヘチマの観察をする児童たち

3時間目、総合的な学習の時間での事例。地域の安全マップをつくる取り組みである。児童たちは、慣れた様子でタブレットPCやICT機器を使って、教室の中でブレゼンし、それぞれが調べた情報を共有していた。

総合的な学習の時間で、調べたことを発表する児童の様子

4時間目の事例として紹介されたのは、6年生理科の「生きものとその環境」という内容。今度は協働学習でのICT活用が紹介された。テーマは、いろいろな生きものについて、その生育に必要な条件を考えること。授業では、自分の考えをまとめ、それをクラスで共有し発展させることにICTツールを最大限に活用している。ICTの活用というと、プログラミングやSTEAM教育的なことを想像しがちだが(もちろん、これはこれで大切な内容ではある)、普通の授業の中でも、「考える」場面でICTが活用できるのかと筆者としても大変参考になった。

ある児童が「トマト」の成長に必要なことについて考えた結果
複数の児童の結果をお互いに送り合って共有する
ダイヤモンドチャートというツールを使い重要度の違いを整理してみる

この学習活動は単元の導入部分で利用され、児童たちは、生きものと空気、生きものと水といった生育と関係するものについて、より深く考えていくことになる。こうした実践を通して、津下教諭はタブレットPCが、主体的で対話的な深い学びへとつながっていき、非常に役に立つという実感を持たれているそうだ。

いつでも当たり前に使える体制を整備していく

ここまで、セミナーのテーマである、文房具のように当たり前にタブレットPCとICTを利用している現在の姿を見てきた。ここからは、今日にいたるまでの約5年間について語られた。備前市の小中学校で、1人1台の端末がスタートしたのは2014年。まずは、ハードウェアの機材配布ありきで始まったようだが、いろいろと紆余曲折やご苦労もあったようだ。

1人1台環境 5年間の歩み

ここから、特にはじめの1-2年目の取り組みについて重点的に触れていきたい。まず課題となったのは、学校の中で、人数分のタブレットPCをどう配置して管理していくか、という点だったとか。学校の規模や地域ごとに違いはあるだろうが、これから1人1台が始まる多くの小中学校が直面するであろう状況と同じだ。

当時は、細かいマニュアルなどあるわけもなく、全てが手探りだったと津下教諭。着任された当初は、パソコン室に全部のタブレットPCが集められており、まずは、それらの端末を教室ごとに置くようにしたそうだが、実はこれが大変だったようだ。

試行錯誤の結果、教室の後ろにある棚にタブレットPCを置く方法や、開けっ放しにした保管庫に置く方法(結果的に同校では使っていない教室が多いそうだ)、机の中にタブレットPC用のスペースを確保して、すぐに出し入れできる方法などを試したという。またそれ以外にも、タブレットPCは使いたいときに取りに行って良いルールを設けるなどの工夫もあったようだ。

タブレットPCの置き場所ひとつとっても学校ごとに検討していく必要がある、苦労話には涙を誘われた

ここに落ち着くまでに、実は半年から1年ほどかかったとのこと。そもそものルールもない状態からの試行錯誤で、よく整備できたものだと思う。一言で小学校の教室といっても全国一律なわけではない。それぞれの学校、教室の中の動線を見据えた教室設計が大切なのだ。

ところで今回のセミナーでは、リモートならではのチャットでの質問が随時受けつけられていた。津下教諭は、発表の合間にこの質問も拾いつつ回答を織り交ぜながら話をされていた。その中でも聴講者から「5年間毎日使っていて、壊れる端末は多いですか」という生々しい質問があったときは、現場の自然な心配事なのだなと思った。津下教諭によれば、タブレットPCの総数は、児童分が108台、先生が16台、予備として10台あり、具体的にいつ何台壊れたという数字はなかったものの、端末に対しては「意外に丈夫だな」という感想を持たれているようだ。これに、胸をなでおろしていた聴講者も多かったのではないか。

ただし、全く壊れないわけではなく、仮に故障が起きた場合の対応力が重要だという。たとえば香登小学校では、データは学校内のサーバーに保管し、予備機からのリカバリーの手順などが、きちんと用意されている。トラブル対応を含めた「必要なときにスムーズに使える環境」を構築してきたわけだ。

ただ、1年目の段階では、タブレットを保護するケースが用意されておらず、津下教諭自身が熱心に使うあまり、落として損傷するようなこともあったとか。このため、急遽ケースを手配し、2年目からは、安心して外にも持ち出せるようになったそうだ。簡単なことだが、こうした改善の積み重ねが重要なのだと思う。

ケースがないため損傷が発生。ケースを手配してより安心して使える環境に。簡単なことだが、こうした改善の積み重ねが重要だと思う

できることから、はじめていく活用の進め方

こうしたハード面の導入後、このタブレットPCを、どう普段の授業に活用したらよいのか。多くの先生の戸惑いは、ここではないだろうか。壊れたりせずに使えるのか、児童たちは教室でどんな反応するのか、気になることは多いだろう。

津下教諭は、できることから先生たちが率先してやってみることの大切さをあげた。具体的な利用例として紹介されたのは、タブレットPCのカメラ機能を使った写真の撮影だ。ICTがあまり得意でない先生たちにとっても、写真を撮ること自体は、普段から馴染みのある活動だろう。津下教諭は、例えば春にさくらの写真を撮るといった、「とりあえず写真を撮ってみる」ことを提案する。「まず先生自身が慣れていく」ことが大切なのだ。

津下教諭の作例、それこそ片っ端から写真を撮っている様子が分かる
児童たちの作例、図工で作った作品をお気に入りの場所に置いて撮ってみるのは楽しそうだ

一度カメラ機能を使い始めると、いろいろな科目で活用できることに先生たちが気づいて授業への活用につながっていくようだ。また、単にタブレットPCで写真が撮れたというだけでなく、写真というデジタルデータを児童と先生間で容易に共有ができ、対話的な学びや気づきにつなげやすくなる。

とはいえ、これははじめの一歩。タブレットPCで利用できるさまざまなソフトウェアの使い方の研修を受けても、なかなか進んで使ってくれないケースもあったようだ。この点、GIGAスクールで導入されるであろうクラウドサービスについても、同じようなことが言えるかもしれない。

このため、学校の中で活用を進める仕組みづくりを進めていったという。利用を促すための研修や活用の指針の明確化、定期的に来校するICTサポーターに先生たちが相談できる機会を設ける、といった地道な改善が行なわれていった。こうして3年目を迎え、備前市としての体制の変更もあり、ようやくICTに不慣れだった先生の中でも、使う人が出てきたという。この「あの先生が使っている!」というスライドには、率先されていた津下教諭のガッツポーズが見えるようだ。

あの先生が使っている!着実に定着してきたタブレットの利用

利用・運用体制を整えつつ教師が知見をためていくことが大切

4年目のプログラミング教育の研究や、5年目のさらなる活用方法の見直しといったことを経た6年目の今年。コロナによる休校で、同校も影響を受けたものの、「当たり前にICTが使える状態」が土台にあることで、タブレット端末の持ち帰りやリモート授業にも対応できたようだ。

コロナ過での対策、Zoomやロイロノート・スクールを使って、5・6年生でリモート授業が行なわれた

これから1人1台が本格的に始まる中で、ハードウェアやソフトウェアの運用体制に加えて、津下教諭は「ユースウェア」という言葉を使い、ICTを有効に活用する視点を説明。「子どもたちはあっという間になれる」と触れつつ、教師サイドで気をつけるべきこととして、「意識」、「スキル」、「授業改善」の3つのキーワードをとくに強調していた。先生たちが日々取り組みながら知見をためていき、それを共有しさらに発展させていく。この継続的な活動こそが、学校ならではの大きなスパイラルとなるのではないだろうか。

本格的な1人1台活用に向けて、教師サイドに必要な視点

最後に、これから1人1台が始まる学校の先生たちへのアドバイスを求められた津下教諭。「恐れず、使ってみることが大切」、「子ども同士で教えさせ、協働的な学びで使ってもらう」ことを取り上げ、「ICTを前提とした授業をデザインする力が必要、ここが現場の先生の腕の見せ所」とエールを送っていた。

今回のセミナーは、ひとつの地域のひとつの小学校の事例ではある。しかし、このリモートセミナーそのものがICT活用であり、日本全国の先生たちが知見を発表、共有しあえた非常に素晴らしい機会だったと思う。既に1人1台が当たり前になった同校は、今回のGIGAスクール構想を受けて、タブレット端末の刷新が予定されている。クラウドの利用などを含め、いわば第2段階へとさらに進化するはずだ。既にICTを活用する「ユースウェア」のスキルが高い同校で、児童たちのより深い学びがどのように実現されていくのか、引き続き見守っていきたい。

なお、今回の備前市の取り組み内容は、「備前市ICT活用事例集」としてまとめられ公開されている。これから取り組みをはじめる方々に是非ご覧頂ければと思う。

新妻正夫

ライター/ITコンサルタント。2012年よりCoderDojoひばりヶ丘を主催。自らが運営する首都圏ベッドタウンの一軒家型コワーキングスペースを拠点として、幅広い分野で活動中。 他にコワーキング協同組合理事、ペライチ公式埼玉県代表サポーターも勤める。