こどもとIT

アジア各国の教育者が集い、2020年度以降のプログラミング教育と子どもたちの未来を考える

――「Computer Science World in Asia」レポート

いよいよ2020年度から小学校におけるプログラミング教育が必修化される。これはゴールではなく、新たな始まりだ。急速に時代が変化する今、少し先の未来さえも予測できない。その中で、私たちは子どもたちの未来を見据えたテクノロジー教育のあり方を考え続けていく必要がある。

そういった状況の中で、10月27日、東京大学本郷キャンパスで、産学連携、テクノロジー教育の次の流れをつくる国際会議「Computer Science World in Asia」が開催された。共催は一般社団法人新経済連盟、東京大学大学院情報学環・学際情報学府、特定非営利活動法人みんなのコード。当日は約100名が参加、小中高の教員や教育委員会関係者が約8割を占めたという。

「プログラミング教育必修化が目指すべき方向性と、2020年度以降のステップは何か」をテーマに、日本はもとよりアジア各国のリーダーが発表を行い、ディスカッションを実施。参加者は6名程度のグループに分かれ1日を通し一緒に活動するというスタイルがとられ、通訳ボランティアを交えながら、グループごとにさまざまなやり取りが行われていた。

参加者は各グループにアジア各国からのリーダーを交え、さまざまなやり取りが行われた

アジア7カ国のオピニオンリーダーによるプログラミング教育の現状報告

パネルディスカッションでは、日本を含めた7カ国のプログラミング教育に携わるリーダーがパネラーとして、各国の現状を報告し、意見交換を行った。

まず初めに宮城教育大学 教育学部 安藤明伸教授が、日本のプログラミング教育の現状を報告。2020年度からスタートする小学校でのプログラミング教育は、コンピューターサイエンス(以下「CS」と略す)とプログラミングが既存の科目の中で必修化される。中学校では科目として取り扱われ、計測・制御のプログラミングと、ネットワークを使ったインタラクティブなアプリケーションのプログラミングという、2つの問題解決型の指導である。そして先生方へは、学習指導要領や教育の情報化の手引きのほか、YouTubeチャンネル、Webサイトで情報提供が行われる、と説明した。

宮城教育大学 教育学部 安藤明伸教授

続いて各国からの報告へ。以下にポイントをまとめる。

インドネシアでは、2019年から選択科目としてカリキュラムを導入。しかし、ほとんどの公立小学校ではまだ導入されていない。中学校では、ツールやソフトウエアを使用して何が作れるかということを学び、高校ではもっとクリエイティブにさまざまなことを試している。力を入れているのは、単にテクノロジーを使うだけではなく、ソフトウエアをどのように作るか、日々の生活をサポートするような有用なものをどのように作るかという点だ。課題は教師の育成と、都市部と地方でインフラが大きく違うため子どもたち全員にとって公平なカリキュラムを作るのが難しいということ。

シンガポールは2012年からコーディングの教育を実施。2020年からはコーディング教育が小学校で必修化される。中学校は選択科目。学校だけではなく、政府がコーディングキャンプやコンペ、コンテストなどを実施し、学校外でも推進しようとしているのが特徴である。

台湾は、子どもたちが将来仕事を得るためにテクノロジーの能力を高める必要があると考え、2014年にはカリキュラムの見直しを実施。昨年から大学や政府、教育機関と連携しながら教師の養成を行っており、徐々に開催場所の規模を拡大し、来年は地域全体に広げていく予定。教師の認定制度を導入しているのも特徴の一つだ。

タイのCS教育では、コーディングを科学の中に含め必修科目としている。Microsoft Officeの使い方やどのように検索をするのかといった学習に、デジタルリテラシーの分野を追加。子どもたちはどのようにテクノロジーを使い、安全にコミュニケーションを行うのかを学ぶ。教師は非常に多くのことを教えなければならず、教師への研修が課題となっている。

マレーシアは、将来に備えて学校でコーディングの勉強をしなくてはいけないとなったが、カリキュラムの準備、教師の研修、設備の問題など多くの課題があった。これに対して、政府や多くの民間企業、大学が協力。教師の研修は、企業や大学が施設を開放し研修を行えるようにした。地方にもイノベーションセンターを構築し生徒が使えるように。今は、IoTのプロジェクトで生徒が企業を助けるといったようなことも起きている。

トルコは18歳以下の若い世代が30%を占める。ハードウエア、ソフトウエア、ITサービス、通信サービスへの投資が進んでおり、CSの分野においても、幼少期から教育をすることが重要であるという考えがある。2017年以降、教育カリキュラムに、アルゴリズム思考、問題解決、推論スキルなどを補完して強化しているという。

ちなみに今回、パネルディスカッションとは別にトルコの16歳の女子高生による発表もあった。彼女は6歳でテクノロジーと出会い、任天堂のゲーム機がどう機能しているのかに興味を持ったという。その後、ゲームデベロッパーになりたいと考え、両親が経営するソフトウエア会社で働くも、つまらないと感じ退職。そして子ども向けの無料プログラムに参加し、RobinCodeに出会う。「全ての子どもがこういう機会を得られることが大事だと思った。CSと出会えたことで問題解決能力を身につけられ、コンピューターゲームを作れるようになった。将来はCSの分野で博士号を取得したい。全ての人にとって役立つようなコードを作っていきたい」と将来の夢を語った。

各国からの報告後、モデレーターを務めた東北大学大学院 情報科学研究科 堀田龍也教授は日本とアジア各国の相違点を挙げ、「コーディングという言葉がたくさん出てきた。日本はそこをあまりメインにしないようにと言っているが、他の国はそこに力を入れると言っている。また各国の発表では若い国、たくさん子どもがいるという話が出てきたが、日本は子どもが減り、高齢者が増える。そうした中でCS教育について協力していけるか考えていきたい」などと述べた。

モデレーターを務めた東北大学大学院 情報科学研究科 堀田龍也教授

「コンピューターがいかに偉大な発明か」東京大学大学院 越塚登教授

最初の基調講演は、東京大学大学院 情報学環 越塚登教授が登壇。私たちはなぜコンピューター、CSを勉強しなければいけないのか、なぜ次の世代の子どもたちに教えていかないといけないのかについて言及した。

東京大学大学院 情報学環 越塚登教授

コンピューターは、科学と同様に、世界のどんな問題にも汎用できる手法であり、科学を実用的、具体的に解ける。つまり万能機械といえる。「だからCSを学び、子どもたちに伝えていかないといけない」と訴えた。

講演の中では5つのポイント「コンピュテーショナル・シンキングとは、考え方を考える」「手順を曖昧なく記述する」「社会には、小さいデジタル変革(DX)案件が山積み」「文字の読み書きと同じぐらいコンピューターリテラシーを持っていないといけない」「デジタル社会が進む中で仕組みを知らないと騙されてしまう」について説明。

小さなデジタル変革案件に取り組まないと良い社会は生まれない。しかしビジネスとして成り立たないため、一人一人が自分で解決できるようにする必要がある。また、どうやって自分のプライバシー、デジタル化された財産を守るか知っておかないといけない。「自分の身を守り、生き抜くために、プログラムを書けるだけでなく、コンピューターの仕組みを知ることも大事」だと訴えた。

「テクノロジーを使うのに子どもたちがどんな資質を身につける必要があるか」PwCコンサルティング合同会社 桂憲司氏

2つめの基調講演は、PwCコンサルティング合同会社の桂憲司氏により「テクノロジーを使うのに子どもたちがどんな資質を身につける必要があるのか」と題して行われた。

PwCコンサルティング合同会社 桂憲司氏

世界中のCEOに実施したアンケートで「今の延長線上にあるビジネスをやったらダメ。世界がどんどん変わっていき、誰も未来を予測できない」という懸念点が出てきたと紹介。

桂氏によると「私たち、子どもたちは、変化に対して準備をしていかないといけない。そのためには『知識』を持ち、その知識を使って『考える力』が必要になってくる。その上で、人を巻き込み、コミュニケーションをとり『実行する力』が必要だ」という。そして「お互いがそれぞれの良さを認めていけるダイバーシティの世界が大事になってくる」と語られた。

「世界でのCSの現状と目指す姿」Micro:bit Educational Foundation Gareth Stockdale氏

カンファレンスの最後は、Micro:bit Educational Foundation CEOのGareth Stockdale(ギャレス・ストックデイル)氏による基調講演「世界でのCSの現状と目指す姿」が行われた。

Micro:bit Educational Foundation CEO Gareth Stockdale氏

Gareth Stockdale氏は講演の冒頭で「コンピュテーショナル・シンキング、コーディング、デジタル・クリエイティビティ、問題解決といったスキルは、あればいいスキルではなく、21世紀における必要な基礎的なスキルである」と述べている。数値的な根拠は不明だが、子どもたちの65%は将来、今は存在しないような仕事に就くと言われているとのこと。そこで必要になるのがCS教育なのだそう。

2014年にイギリスでmicro:bitのプロジェクトを開始。「全ての子どもが最善のデジタルな将来を築けるようにすることをビジョンに掲げている」という。CS教育というのは単にコーディングを学ぶだけではない。「子どもたちに対してインスピレーションを与え、全世界の子どもたちにより良い世界を作ってもらいたい」と訴えた。

全ての子どもが最善のデジタルな将来を築けるようにすることをビジョンに掲げ、2014年にmicro:bitのプロジェクトを開始

またデジタルスキルの格差を埋めていくということを目的としている。micro:bitは、29のパートナーと一緒に作り、現在60カ国で配布され、コードは無料で利用可能。加速度計や温度など200以上のアクセサリーを使って、プログラムを作ることができる。これにより今は2000万人の世界の子どもに影響を与えている。「初めてmicro:bitを使うときに成功できるようにという思いでやっている」という。そして「子どもたちが自分たちのやりたいことができる。情熱をもって取り組み、問題解決をしていくことが重要である」と話した。

イギリスのプロジェクトで意外だったのが、生徒だけでなく教師の姿勢が変わったこと。25%の教師がmicro:bitを使うと、より教師として自信が持てたと言っている。「スキルを高めて教師にとってもバリアを取り除くということが一つの成功と言えるのではないかと思う」と述べた。

25%の教師がmicro:bitを使うと、より教師として自信が持てたという調査結果も

CS教育を難民キャンプで実施。子どもたちを支援して地元の学校に入れるようにするためのプログラムだ。ここで、「コーディングが共通の言語となり、いろいろなバックグラウンド、言語を持つ人たちが、チームとしてまとまることができた。問題を解決し、お互いの絆を深めることができた」という。

「CS教育というのはあった方がいいものということではなく、将来の成功のためには極めて全員にとって重要である」といった話を強調していたのが印象的だった。

カンファレンスでは最後に、みんなのコード代表の利根川裕太氏が好きな言葉「The best way to predict the future is to invent it(Alan Key)」を紹介。「CS教育は、皆さんにとって予想するものではなく、実際に作っていくものになると思う。だから、今日から次の発明が始まったというふうに思っていただければ」と語り閉幕した。

(写真提供:みんなのコード)

先生方だけではなく、多くの人が協力をし、日本におけるCS教育を推進し、子どもたちが将来生き生きと暮らしていけることを願ってやまない。そして日本だけでなく、全ての子どもたちがプログラミング教育を受ける機会が得られるよう期待したい。

休憩時間に行われた実践者によるポスターセッションは大盛況

以上がカンファレンス会場で行われた発表だが、同会場の別室では休憩時間に各国のCSを実践する教育者によるポスターセッションを実施。

フロアのそこかしこで参加者同士でも取り組みと情報交換をする姿が見られた

発表者にはボランティアの通訳が付き、どの発表も熱心に取り組みを聞く教育者が引きも切らない状況だった。ここではごく簡単ではあるが、各ポスターセッションの概要を写真とともに紹介する。

小池翔太先生(千葉大学教育学部附属小学校)は「小学校『総合的な学習の時間』におけるIoTプログラミングツール『MESH』を活用した商店街の飲食店の課題を解決するカリキュラムの開発」を披露
中村亮太先生(三宅村立三宅小学校)による「公倍数アートをつくろう!~算数×音楽×図工×プログラミング~」は、公倍数を利用した形の描画をプログラミングを利用することで、試行錯誤して探求する楽しさを伝える実践
Sucita Restu Parahyang先生(Indonesia)による「ゲームづくりをまなぼう!」では、ゲームアプリの開発からWebサイトのデザイン・構築までさまざまなコースを用意しているという
Aaron Tsai先生(Singapore)による「Empire Code」では、子どもたちの年齢やレベルにあったコースを通して、プログラミングの考え方や産業に実際に使われるコーディングスキルを習得していくという
岩田智文先生(愛知県江南市立西部中学校)による「Studino で児童理科実験&データサイエンス」は、Studinoを活用して実験を自動化することにより、電圧の調整とタイムマネジメントをプログラミングするという実践
藤原晴佳先生(つくば市立春日学園義務教育学校)による「環境について学び、ロボットを作り、環境に優しい市民になろう」は、環境教育とプログラミングを掛け合わせたプロジェクト型学習
Arinchaya Threekunprapa先生(Thailand)による「マインスイーパーロボットキャンプ」は、フィールドから金属片を見つけるために、車型ロボットを組み立て、そのプログラムを作るというもの
Gözde Erbaz先生(Turkey)による「Girls Are Codeing」は、コーディング未経験の女子1200人を対象に、アプリ開発やwebプログラミングのスキルを身につけ、キャリアに向き合い、可能性を広げることを目的とした体験イベントを提供している
高木暁子先生(学校法人 高木学園 英理女子学院高等学校)による「女子高校生のためのコンピュータサイエンス教育」は、CS学習や将来の経済発展に女子学生たちを惹きつけることに重点を置いた実践
吉村総一郎先生(N高等学校 キャリア開発部 プログラミング教育課)による「日本最大規模の高校で行われたプログラミング教育の試み」では、同校ネットコースと通学コースでのプログラミング学習の実践を紹介
Anuthra Sirisena先生(East Malaysia)による「宇宙につづくコーディング」は、グループで宇宙の惑星や流星体・銀河・太陽系について学習したことをプログラミングを使って再現し発表するというもの
Yeong Sue Ann先生(South Malaysia)による「i'M SET プログラム」では、エンジニアリングやテクノロジーの体験を通してコミュニケーション能力を身に付け、課題解決コンペや職場見学の開催によって実社会とのつながりを形成するという
林孝茂先生(尼崎市立園田小学校)による「国旗スロットを作ろう」は、ゲームを完成する過程で、たくさんの国旗や国の情報に触れ、それらを関連付けながらプログラミング活動を行うことで、学習効果とプログラミング的思考の獲得を目指した
府中高助先生(横須賀市立浦賀小学校)による「黒船、来たる~学んだことを、共に未来を作る仲間につなぐ~」は、全校にコンピュータサイエンスを広めることをねらいとして、2017年度からプログラミング教育を取り入れてきた軌跡を披露
谷本康先生(亀山市立昼生小学校)による「Magical sound」は、楽器の音色を楽しみつつ、決められた条件を満たしながら、自分の意図する出力をコンピュータに行わせるという実践
津下哲也先生(岡山県備前市立香登小学校)による「プログラミングで安心・安全」は、小学校4年生を対象に、自動運転は安全性、防犯灯の作成、安全パトロールという3つの異なる教材を使って行う実践

奥地美涼

フリーライター兼ウェブアナリスト。主に企業のウェブサイトの運営に携わりなら、ITや働き方に関する記事を多数執筆。プライベートでは故郷である鹿児島で中学生、小学生、保育園児の3人の子育て中。好きな街に住み、やりがいのある仕事を得、家族とともに日々を大切に過ごすことを大切にしている。