こどもとIT

文部科学省 中川哲氏に聞く、実施まで半年を切ったプログラミング教育現場の状況

~「先生の不安をお察しします、だからこそ積極的な情報収集を」

2020年4月から、いよいよ小学校プログラミング教育がスタートする。初めてのこととだけに、不安、期待など様々な反応があるようだ。すでに準備万端という学校もあれば、「文部科学省から出てくる資料に則って授業をすればいい」と受け身な学校もある。

それでは文部科学省側では、現段階で小学校側、さらに学習をする子どもたちの保護者に何を望むのか。文部科学省の初等中等教育局 視学委員でプログラミング教育戦略マネージャーの中川哲氏に率直に訊いてみた。

文部科学省 初等中等教育局 視学委員 プログラミング教育戦略マネージャー 中川哲氏

先生が不安なのは当たり前、まずは積極的に「知る」ところから

まずは筆者の周辺でよく耳にする、現場の先生方がプログラミング教育を不安視していることをどう思うか、と単刀直入に伺った。すると中川氏は、「プログラミング教育という新しいものがスタートするんですから、学校の先生方に不安があるのは当たり前ですよ」と、笑顔で話し始めた。

小学校の先生の場合、自分が来年度に何年生を受け持つことになるのかは、新学年が始まる4月の直前までわからないことがほとんどだ。自分がプログラミング授業を実施する学年の担任になるのか、確定していない段階では、プログラミング教育を行う実感が持てない先生も多いと思われる。

また、パソコンが苦手な先生もいるだろう。これまでも授業に、校務にと忙しい時間を過ごしている先生の中には、新たにプログラミング教育を行う準備をすることに負担を感じている先生もいるかもしれない。そんな教育現場の事情を慮って、不安なのは当たり前という発言だが、中川氏は「不安の声をよく聞きますし、気持ちも分かります。ただ、『自分にはプログラミング教育なんてよくわからないので、何もしない』とおっしゃるのはよいこととは思えません」とコメントする。

「先生方が『プログラミング教育はわからない。どこにコンテンツがあるのかも知らないから』というようなことになってしまっては困ります。そのため、私たちは、先生方にプログラミング教育を円滑に実施してもらうために様々なコンテンツを用意しています。例えば『小学校を中心としたプログラミング教育ポータル』上に授業のヒントになる様々な動画をすでに用意しています。まずはこうした動画を見て、『プログラミング教育を既存の教科等の中での学習にどのように取り入れるか』ということを知って欲しい」と訴える。

文部科学省、総務省、経済産業省が民間企業等と連携して設立した、未来の学びコンソーシアムが運営する『小学校を中心としたプログラミング教育ポータル』には、プログラミング教育を実施するためのヒントになる動画のほか、様々な情報が用意されている

「この動画を見て、プログラミング教育とはどんなものかを知ってもらうことは、先生方にとっては教材研究の一環です。できれば学校内で見て欲しいですね」と中川氏。とはいえ、学校内のネットワーク環境は、地域や学校によって様々。情報流出を防ぐことなどを目的に自由にインターネットにアクセスできない環境をあえて作っているところもある。「ネットワーク環境の整備は、学校現場の働き方改革実現にも欠かせない重要な要素です。学校からインターネットにアクセスできないため、先生方は仕方なくご自分のスマートフォンで調べ物をしているという話もよく聞きます。これは、整備を担当されている教育委員会の方々にもお伝えせねばならないことですが、是非、学校内から教育に必要な動画や情報にアクセスできる環境を整えていただきたい」と先生が業務の一環として動画を見ることができる環境が必要だと説明する。

この学校内のネットワーク環境については、萩生田光一氏が文部科学大臣就任後、9月13日に行った記者会見において、「学校に必要なICT環境は、率直に申し上げて危機的状況にあると考えています。これまでの地方財政措置を活用した環境整備促進に加え、2020年度の概算要求でGIGAスクールネットワーク構想など、様々な施策を打ち出しているところです」と発言している。

GIGAスクールネットワーク構想(令和元年8月公開、文部科学省資料「01-1 令和2年度概算要求のポイント(PDF:11669KB)」より抜粋)

新時代の学びを支える先端技術活用推進方策は、前文部科学大臣の柴山昌彦氏が発表したことから、「柴山・学びの革新プラン」と呼ばれている。このプランは萩生田大臣となっても変更はない。また、プログラミング教育についても、引き続き今年度中に1校に1人はプログラミング教育に習熟した先生がいることを目指していくなど、各種方針に変更はない。学校で先生がより効率的に働くことができるための環境整備など、支援体制はさらに充実していく見通しだ。

デジタルが水道、ガス、電気のような社会インフラとなりつつある時代の子どもたちに向けて

ところで改めて、何故、プログラミング教育を小学校から導入する必要があるのか、プログラミング教育を実施することで子どもたちは何を学ぼうとしているのか。中には、「良いプログラマーを育成するのであれば、最適な言語を選んだ方がいい」といった極端な意見を見かけることもあるが、その考えに中川氏は警鐘を鳴らす。

「小学校でプログラミング授業を行うのは、プロのプログラマー養成が目的ではありません。自分でプログラミングできなくても、コンピュータを使って何ができるのかわかっていれば、『こんなことができるだろう』と発想できるようになります。もちろん、学校でプログラミングの授業を受けて、『自分もプログラマーになりたい』と考える子が出てくるかもしれません。実際にIT業界の偉人は、子どもの頃にコンピュータに触れています。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは13歳の時に学校にコンピュータが導入され、体験したことでコンピュータの凄さに目覚めたといいます。グーグル創業者のラリー・ページは6歳からコンピュータを使い始めたそうです」と語る中川氏は、子ども時代にデジタルの世界に触れることの重要性を、ある経験から痛感したという。

「古いNHKのドキュメンタリーに『山の分校の記録』というものがあるのですが、これはテレビが普及する前の時代、山間部の小学校の子どもたちを描いた作品でした。現在とは異なり、テレビもない、交通機関も発達していない時代です。山間部からほとんど出ることなく暮らしている子どもたちは、『絵を描いてごらん』と言われて、描くのは山の中で見たものばかりなんです。海を知らない子どもたちは海や魚の絵を描こうとはしませんでした。知らない世界は描きようがありません。おそらく、デジタル体験も同様で、デジタルでできることを知らない子どもたちは、デジタルの力を使って何ができるのか、発想することができないでしょう」

このことばからわかるように、小学校でプログラミング教育を実施する狙いとは、プログラマー養成ではなく、「デジタルの力を使ってできること」に子どもたちが触れることにある。

「政府が標榜するSociety5.0の世界では、水道、ガス、電気のようにデジタル活用が社会インフラとなっていきます。その時代に向けて、コンピュータを使うことで効率化できることや、今までできなかったことができることを子どもたちの実感してもらいたいので、できるだけ実機を使って授業してほしいですね。紙に書いた紙芝居でデジタルの力をアピールしても、なかなか実感できないと思います」と語り、学校の現場で実際にパソコンやタブレットなどデジタル機器を子どもたちに触ってもらうことを求める。

デジタルの力を使ってできること――と言われると、身構えてしまう先生もいるかもしれない。中川氏は「失敗してもやり直しやすいのがデジタルの強みでもあります。色々な仮説を立てて試してみる。その方法で駄目だったら別な方法を試す。これが簡単にできるのもデジタルの強みです。失敗を恐れず、試す経験をデジタルで、というのもひとつのやり方です」と説く。デジタル教材の中には、シミュレーションを行うものもある。様々な仮説を検証する場として、デジタルを活用するのもひとつの利用方法だ。

「さらに、OECDによる生徒の学習到達度調査(PISA)にも、2021年からプログラミングに関する能力などを問うような内容が入ってくると伝えられています。まだドラフトですが、算数でIf~Then~Elseの条件分岐を使って提示された模様を作りなさい、という問題が検討されています。その中身はともかくも、世界は完全にそっち(プログラミングに関する能力を問うこと)を向いているんです」と、世界に対して遅々として進まない日本のプログラミング教育に危機感をあらわにする。

PISA 2021の学力調査では、提示されたパターンをIf~Then~Elseで描画する問題が検討されている(「PISA 2021 Mathematics Framework Draft」67~68ページより抜粋)

ITの腕に覚えがある企業、個人のサポートを歓迎したい

しかし、新たにプログラミング教育を実践することに戸惑っている学校や、先生方がたくさんいることも事実だ。そこで中川氏は、「地域に住む人や企業が学校をサポートすることもありだと思います」と話す。

そういったサポートの一環として、2019年9月に『未来の学び プログラミング教育推進月間(みらプロ)』を実施、教育現場と様々な企業の連携が行われた。「例えば自動車会社は、自動運転を例にとって、自動車に搭載されている最新技術の影響などを紹介していました。実際に工場での見学や、開発に携わっている人の話を聞くことで、子どもたちと産業界の距離がグッと近くなるんです。できれば、日本全国で地場の企業が子どもたちと連携をとっていく試みを色々と実施してもらいたいと思いました」と中川氏は感想を述べる。

未来の学び プログラミング教育推進月間(みらプロ)』のサイトでは、様々な企業と教育現場が連携するための指導案が公開されている

プログラミング教育推進月間(みらプロ)は、文科省・総務省・経済産業省が音頭を取って企業が子どもたちを支援する試みだった。中川氏は、「プログラミングによってどんなものが出来上がるのか、ことばで説明しても伝わりにくいところがあると思います。子どもたちは体験しなければ気がつかないこともたくさんあります。体験の場を企業が提供してくれれば、プログラミング教育への親しみ、プログラミングによってどんなことができるのか、理解しやすくなるはずです」と語る。確かに、文科省だけでなく地元のIT企業が自発的にプログラミングの成果物を子どもたちに見せるといった体験を提供すれば、ITでどんなことができるのか、ひいてはプログラミング教育を実施する意義を多くの人に理解してもらう機会となるかもしれない。

また、「公立の小学校や中学校は、区立・市立・町立・村立とあることからわかるように、実はその地域のものです。地域に住むITに覚えのある人が地元の学校をサポートすることで、ITが不得意な先生方を助け、プログラミング教育をサポートするやり方もあると思います」とも指摘する。プログラミング教育に限らず、学校を支援するサポーターを募集する制度はすでに存在している。プログラミング教育についても、学校のスタッフだけでは足りないノウハウを、地域のサポーターとして助けることは可能ではないか、というのが中川氏の主張だ。

Apple Japan、NTTドコモ、グーグル、Twitter Japan、ディー・エヌ・エー、フューチャー、ライブリッツ、Preferred Networks、LINE、リコージャパンといった情報通信業にとどまらず、運送業から佐川急便、日本郵便、ヤマトホールディングス、建設業から積水ハウス、製造業からトヨタ自動車、日産自動車、ひろしま自動車産学官連携推進会議、本田技研工業と、多様な業種の企業・組織がプログラミング教育推進月間(みらプロ)に協力している

最後に中川氏は「“プログラミング”というと、すごく難しいことのように考えられる先生方もいると思いますが、実はそれほど難しいことをやって欲しいとお願いしているわけではありません。実践してもらうとそれがわかってもらえるはずです」と先生方へ実践を促すとともに、「地域の方のサポートによって、プログラミング教育の敷居が下がれば、学校にとっても子どもたちにとっても大きなプラスになると思います」と地域ぐるみでのサポートを期待するコメントで話をしめくくった。

ITの腕に覚えがある人や企業は、自分が住んでいる、もしくは、職場の近くにある学校をサポートすることで、未来を作る子どもたちを支えることができる存在だ。“教育は与えられるもの”という受け身の姿勢を捨て、学校と教育、ひいては未来を担う子どもたちを支える新しい形として、是非多くの人や企業にトライしてもらいたい。

三浦優子

日本大学芸術学部映画学科卒業。2年間同校に勤務後、1990年、株式会社コンピュータ・ニュース社(現・株式会社BCN)に記者として勤務。2003年、同社を退社し、フリーランスライターに。PC Watch、クラウド WatchをはじめIT系媒体で執筆活動を行っている。