こどもとIT

テクノロジーで女性が活躍する社会を目指し、世界に挑む日本のテック系女子中高生たち

のべ世界100カ国、23,000人以上が参加する世界最大の女子中高生向けアプリコンテスト「Technovation Girls」に、日本の中高生がチャレンジしている。2019年度には1チームがセミファイナルまで進み、7月16日にその成果報告会が開かれた。単なるアプリコンテストとは違い、学校教育の枠組みでは到底得られない貴重な体験ができるTechnovation Girlsとは、いったいどんなコンテストで、参加メンバーはどんな学びを得たのだろうか。

報告会は日本オラクル本社で開催され、ボランティアメンターの社員も女子中高生たちの成果と成長を称えた

女子中高生からイノベーターやリーダーの創出をめざすTechnovation Girls

Technovation GirlsはアメリカのNPO「iridecent(イリデッセント)」によって2010年にスタートしたプログラムで、現在はグローバルなコンテストに発展している。女子中高生が身の回りの課題を捉えテクノロジーを使って解決する体験をし、イノベーターやリーダー的存在になる力をつけることが目的だ。アプリを作るコンテストといっても、技術力だけでなく、ビジネスプランやピッチビデオなどが必要とされ、総合的な企画、アピール力が求められるのが特徴で、応募に至るまでのガイドラインとして12週間のカリキュラムが用意されている。1チームは10~18歳の女子5名までで、Junior(中学生)部門とSenior(高校生)部門に分かれて審査される。

その女子中高生たちのチームを、2017年からTechnovationの日本支部としてサポートをしているのが、特定非営利活動法人みんなのコードの田中沙弥果氏を中心とするメンバーだ。各チームにボランティアのメンターが参画するのも特徴で、日本では現在までのところ日本オラクルの社員などがメンターとしてサポートしてきた。

Technovationの日本支部として参加チームをサポートする田中沙弥果氏

世界中からJunior、Seniorそれぞれ6チームがファイナリスト選ばれ、夏にアメリカのシリコンバレーで行われる世界大会であるWorld Pitchに招かれる。最終的に上位チームに奨学金が贈られる仕組みだ。田中氏によると、2019年度は世界57カ国以上から7,200人の女子中高生が参加する中、20倍の倍率をくぐりぬけ、日本代表チームが初めてオンライン審査でセミファイナルまで進んだ。

アメリカ発のコンテストであっても、参加国は世界中に広がっている。例えば2019年のファイナリストチームは、カザフスタン、アルバニア、スペイン、ブラジル、アメリカ、インド、ナイジェリア、カンボジア、カナダ、ボリビアと非常に多彩だ。

これまでに100を越える国々から23,000人が参加している

さて、日本からの参加チームは、どのようなアプリで課題解決を提案したのだろうか。

セミファイナリストチームは「自己肯定感」をテーマに健闘

セミファイナルに進んだ高校1年生3人のチームが課題として捉えたのは、日本人の自己肯定感の低さ。子ども自身だけではなく、子どもの自己肯定感に対する親の関心が低いこともデータで示した。

そこで、自己肯定感を高めるために、自分の良いところ、他人の良いところを知るためのコミュニケーション用アプリ「SClap」を開発。学校に売り込み、閉じた環境で使うことを想定していて、利用者がお互いに良いところを見つけ、ほめるメッセージを送り合うことができる。たくさんほめられた人、たくさんほめた人のランキング表示や、メッセージを送るとポイントがたまる仕組み、マイナスなメッセージの通報機能なども設けた。

SClapの機能。ポイントをためるとクーポンと交換できる
公開プロフィールを閲覧し合うことができる

ビジネスプランも重要なポイントだ。企業からの広告費で運営を賄うために、企業に中高生のアンケートデータを提供し、代わりにクーポンの提供などを求め、アプリを使用する中高生にもメリットがあるように設計した。ファイナンシャルプランも検討され、運営を持続する見通しをつけている。

ビジネスプランの資料、「Praisal」はビジネスの運営母体となる
ファイナンシャルプランの資料では、5年後までの見通しが示されている

共働きなのに家事分担が進まない問題に注目する女子高生チームも

2019年の参加チームをもう一つ紹介しよう。女性が家事をするのが当たり前だという風潮に課題を感じた高校2年生3人のチームは、家事分担アプリ「Familony」を開発した。

日本では共働きが増える一方で、世界に比べて家事が女性に偏っていることをデータで示し、男性が「やることがわからない」ことや、「名もない家事」と呼ばれる細かな家事の総量や負担に気づいていないことが原因と捉えた。このアプリを使うと、家事をリスト化し、家族内での家事分担率を見える化することができる。担当した家事をポイント化して、ポジティブな気持ちで使えるように工夫されている。

「Familony」の主要な画面と機能

このチームは、企画の段階から、日本オラクルで共働きをしている女性社員の協力を得てインタビューをしたという。実際に生の声を聞いたことにより、それまで必要だと思っていた機能が不要だとわかるなど、自分の考えにとらわれないことが重要だと感じたそうだ。こうして、原因を的確に捉えるためにリアルな声を聞き、企画を修正する過程を経たことは、ものづくりの上でとても大切なことだ。

インタビューで得られた声の例

Technovationでメンバーが得たものの大きさ

ほかにも、2018年に参加した2チームからも発表があり、睡眠時間を管理するアプリ「Neru Neru」と、日本に来た外国人が観光情報を得られるアプリ「Journell」が紹介された。どちらのチームも、課題を捉えてアプリ化する過程や、ビジネスプランを考える過程で貴重な経験をしたことが発表から伝わってきた。現在すでに大学に進学しているメンバーもいるが、専攻や大学での研究内容の選択に、このTechnovation Girlsでの経験が大いに影響を与えているということだ。

「Neru Neru」は、睡眠時間を距離に換算して世界旅行が進む機能をつけ、寝ることを促す
「Journell」は、10代の海外からの旅行者をターゲットに、欲しい情報が得られるようにした

2018年、2019年ともに、チーム内ではビジネス担当とアプリ開発担当など、分業がされているケースが多かった。特にアプリ開発を担当したメンバーは、全くプログラミングが初めてということはなく、何らかの経験がある人が多かったがその程度はさまざま。専門性の高い高校でプログラミング言語を学んでいた人もいれば、プログラミングスクールに通年で通っていた人、プログラミングキャンプに行ったことあるという人など経験には幅がある。実際のアプリ開発に使用したのは、Swift、App Inventor、React Nativeなどチームによって異なるが、それぞれ担当者が経験したことのあるプログラミングとは別の言語や環境にチャレンジしている。もちろんメンターのサポートがあるとはいえ、アプリが完成に到達するのは大変な工程だっただろう。

ビジネス担当と開発担当が、それぞれの立場から感想を述べた

ただ、アプリ開発の担当者の感想で特徴的だったのは完成までの苦労というよりも、彼女たちの感じ方の変化の方だ。もともとは「ただプログラミング自体が面白くて楽しい」と感じていたというが、プロジェクトを経て、アプリ制作を「どんなことを解決したいのか」という文脈で考え「ユーザーのために作る」という視点を持てるようになったというのだ。いいアプリケーションやサービスを作るためには、プログラミングの技能は不可欠だが、それだけでは不十分で、ユーザーの困りごとやニーズを理解し、目的にあった機能と適切なUIに落とし込む過程が重要だ。それを身をもって体験したということは、本当に貴重なことだと感じさせられた。

一方、ビジネスブランの担当者は、そもそもプランを作るのが初めての上、全て英語で書かなければならないのは大変だったと語る。これをやり遂げたことで英語力のアップや達成感につながったということだ。また、ビジネスの視点を持ったことで、普段使っている無料のアプリが当たり前ではないことに気づき、どこにお金がかかっているのかを気にするようになったという。ただ質の良いものさえ作ればいいというのではなく、どうやって資金を得てサービスを継続させるのかということをセットで考えるということは、なかなか普通の中高生の教育現場では得られない貴重な経験だ。

「IT業界のジェンダーギャップを埋める」をミッションに掲げた新法人を設立

この日は報告会と併せて、田中氏が代表理事を務める一般社団法人Waffleの設立が発表された。Technovation Girlsの日本支部運営のみならず、テクノロジー業界やコンピュータ・サイエンス領域のジェンダーギャップを埋めることをミッションとするという。

田中氏は、アメリカのデータで、専攻分野別の女性比率を示し、医学、法律、自然科学を専攻する女性の割合は50%に近づく勢いで増えているのにもかかわらず、コンピューターサイエンスに関してはむしろ減少傾向にあることを指摘した。また、Apple、Facebook、Google、Microsoftといった企業においても技術職の女性の比率は20%前後に止まっているという。

専攻分野別の女性比率の変遷(左)と、大手IT企業の技術職の女性比率(右)

テクノロジー系の分野でのジェンダーギャップは、日本だけではなく、アメリカでもかかえている問題であり、女子だけを対象にしたこうしたプログラムを行う意義がわかる。女子だからと萎縮することもなく、逆に「女子『なのに』すごい」と評価されることもない環境で、テクノロジーを使った起業チャレンジともいえる経験をできるTechnovation Girlsは、とても貴重な機会だ。

Waffleは田中代表のほかに、Product Founderの増井雄一郎氏、みんなのコード代表理事の利根川裕太氏、コードクリサリスCTOのYan Fan氏、みんなのコード所属の畑沙羅氏が支える。中国生まれシアトル育ちのFan氏は、自身がプログラミングを習得してソフトウェアエンジニアになり、金融ビジネスの世界から大きなキャリアチェンジをしたことを紹介し、プログラミングによって可能性と選択肢が大きく広がることを示した。そんなFan氏も、子どもの頃はテック系は男子がやるものだと思っていて、まさか自分がエンジニアになるとは思っていなかったというから、「テック系=男子」のイメージで女子がチャンスを自ら見逃す可能性があることを示唆しているだろう。

コードクリサリスCTO Yan Fan氏

彼女たちが可能性を発揮できる社会に

参加した中高生たちに話を聞いてみると、普段の生活や学校において「女子だから」損をするとか、何か特別な扱いを受けるように感じることはないという。未来を自由に思い描き、可能性に満ちあふれた経験を積み重ねていくことで、力強く時代を創っていって欲しいと強く感じた。

ただ、一方で日本のジェンダーギャップ指数は144カ国中110位(世界経済フォーラム2018年公表)だということを忘れてはいけない。テック系に限った話ではなく、特に政治分野や経済分野でも、男女の比率や待遇差などで日本は世界に大幅に遅れをとってしまっている。教育の場では男女差を意識することなく、平等に将来の仕事への夢や可能性を信じて努力してきた女性が、出産というライフイベントに直面した途端にその道が狭まってしまう例はいまだに多く、育児や家事労働と仕事の「両立」を求められるのは女性の側に偏りがちだ。

参加メンバーのポテンシャルを思えば、女性だけが「両立」の負担から仕事を諦めることが、どれだけ社会の損失になるかは容易に想像がつく。男性だけが収入を背負うでもなく、女性だけが家庭を背負うでもなく、双方が仕事も家庭も緩急つけながら同時進行できるようなマインドセットを持った社会にしていく必要があるだろう。若い能力を育てるのと同時に、将来壁となり得る社会構造も変えなければ、ジェンダーギャップはなくならない。

コードクリサリスでCTOを務めるFan氏ですら、ソフトウェアエンジニアは男子がなるものだと思っていたと、女子高生たちに自身のエピソードを披露した

Waffleでは、7月末にも女子中高生のためのプログラミングキャンプ「G's ACADEMY YOUTH CAMP for GIRLS」を開催、2020年度のTechnovation Girlsへの挑戦も受付中だ。テクノロジーを自由に使いこなす女子中高生の活躍を、今後も大いに期待したい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。