こどもとIT

新しい教育の選択肢や教育イノベーターを生み出すための「Edvation × Summit 2017」セッションレポート(2日目)

~現代の魔法使い落合陽一氏の講演に注目が集まる~

2017年11月5日と6日、海運クラブ国際会議場と麹町中学校で、一般社団法人 教育イノベーション協議会/Edvation x Summit 2017 実行委員会主催の「Edvation × Summit 2017」が開催された。

このイベントは、新しい教育の選択肢を知ってもらうことと、既成概念にとらわれない教育イノベーターを生み出すことを目的に開催されたもので、世界中から著名なEdtechの推進者が集まり、講演やパネルディスカッション、ワークショップなどが行われた。ここでは、2日目の講演の中から特に興味深かった講演を紹介したい。

Fresco共同創業者が教育事業のグローバル化の難しさとメリットについて語る

2日目のキーノートスピーチとして、Fresco Capital共同創業者兼マネージングパートナーのAllison Baum氏が、「教育事業をグローバルにスケールすることによるチャレンジとベネフィットは?」というタイトルで講演を行った。その要旨は以下の通りだ。

Allison氏はまず、「私たちはテクノロジーを使って教育やヘルスケアなどの問題を解決しようとする企業に投資するベンチャーキャピタルであり、現在50社に投資をしている」と自社を紹介した。

Fresco Capital共同創業者兼マネージングパートナーのAllison Baum氏
Frescoは、12カ国の合計50社に投資をしている

Allison氏はイリノイ州で生まれ、両親や祖父母と同じ地元の高校に通うなど、グローバルではない環境で育ったという。そこでAllison氏は、グローバルであるかどうかは出身とは関係なく考え方が重要だという教訓を得た。Allison氏は10歳のときにサマーキャンプに参加し、東京出身の女の子と仲良くなり、彼女から日本語を学び、日本の話を訊いて“とてもいいな”と思った。その後、ハーバード大学に進学し、日本についてもっといろんなことを知りたいと考え、日本語を勉強し、卒業後、ゴールドマンサックスで数年働いたが、海外勤務の希望はかなわなかった。「グローバルで働きたいのであれば、テクノロジー分野に進出しなければ」と考え、グローバルビジョンを持った人たちとの共同出資で、Frescoを設立したという。

Allison氏は、「グローバル化というのは簡単ではない」と述べ、その大きな理由として、新しい場所では「誰もあなたのことを知らない」、「あなたが以前にしたことが、今はうまく働かない」、「言語やUXのローカライズ・翻訳が必要となる」の3つをあげた。

しかしAllison氏は、「大きなマーケットサイズが期待できること」、「プロセスやオペレーションの効率化がより大きく成長するきっかけになる」ことなどをあげて、グローバル化には必ず価値があると力説した。

Allison氏は、「世界にはさまざまな問題があるが、全ての問題に対する解決策は教育だと思っている。私たちはテクノロジーに投資をしたいと考えており、テクノロジーが解決すべき問題について話したい」として、テクノロジーによって4つのジャンルの問題が解決できると語った。1つ目は「アクセス」で、高い品質のコンテンツにアクセスできるようになり、障害が取り除かれること。2つ目は「効率」で、学校の収益率を上げ、スピードも上がるということ。3つ目は「結果」、パーソナライズされた道によって、エンゲージメントの向上につながること、4つ目は「スキル」、関連性を保ち、継続的なトレーニングを行えることだ。

テクノロジーによって、「アクセス」「効率」「結果」「スキル」の4ジャンルの問題を解決できる

「65%の学生は今はまだない仕事に就くことになり、この新しい仕事では、今よりも41%も多い時間をクリティカルシンキング(論理的思考)や判断に使わなければならない。そして77%も多い時間をサイエンスや数学のスキルを使わなければいけなくなる。しかし、今は40%の学校しか、サイエンスやプログラミングを教えていない」(Allison氏)。

Allison氏は、グローバルビジネスの大きなポイントとして、「クリエイティビティが必要になる」、「新しい場所では、以前のようにやることはできず、違いを起こすために投資する必要がある」、「1人では何もできないので、力強いネットワークが必要になる」の3点をあげた。

最後にAllison氏は、スティーブ・ジョブズの名言「私たちがいるのは、世界に大きな変化を起こすためだ。そうでなければ、意味がない」を引用し、「だから、グローバルな問題を解決することを考えてほしい」と講演を締めくくった。

スティーブ・ジョブズの名言「私たちがいるのは、世界に大きな変化を起こすためだ。そうでなければ、意味がない」

落合陽一氏がデジタルネイチャー時代の教育について語る

続いて、メディアアーティスト 筑波大学 学長補佐、図書館メディア情報系助教 デジタルネイチャー研究室主宰の落合陽一氏がデジタルネイチャー時代の教育について講演を行った。落合氏は、コンピューテショナルフィールドを活用したメディアアート作品でも有名であり、「現在の魔法使い」の異名を持つ。講演の要旨は以下の通りだ。

落合陽一氏

落合氏はまず、自分が手がけている研究を、マーケット、リサーチ、プロトタイプの3分野に分け、さまざまな企業と協業していると語った。また、問題が既知か未知か、解決法が既知か未知かで、4つのマトリックスに分類でき、それぞれ行うべき団体が異なると説明した。問題も解決法も未知な分野は大学や研究所が“発明”を行うべきであり、問題は既知だが解決法が未知な分野は企業や研究機関が“発見”を行うべきである。そして、問題も解決法も既知な分野は、テクノロジースタートアップが“開発”と“スケールアップ”を行うべきであるとした。

落合氏が現在手がけている研究。マーケット、リサーチ、プロトタイプの3分野でさまざまな会社と協業している
問題が既知か未知か、解決法が既知か未知かで、4つのマトリックスに分類できる

落合氏は、これからの時代は、アート、サイエンス、エンジニアリング、デザインの4つが重要であると語り、例として自らの研究室が手掛けた超伝導浮上の安定化に関する研究や、それを応用した自らが出演するCMを紹介した。

アート、サイエンス、エンジニアリング、デザインの4つが重要
デジタルネイチャー研究室がSIGGRAPH 2017で発表した超伝導浮上の安定化に関する研究

続いて落合氏は、バーチャルとリアルの区別が曖昧になってきている例として、拡張現実(AR)ガジェットの「HoloLens」をかけて見た研究室と自宅の様子を紹介した。HoloLensをかけて落合氏の研究室を見ると、水槽の中の金魚は本物だが、その右の空中を泳ぐ金魚や手前の水草はバーチャルであり、両者が共存して見える。同様に、落合氏の自宅を見ると、犬が2匹おり、1匹は本物だが、もう1匹はバーチャルだ。

HoloLensをかけて見た落合氏の研究室の様子。左側の水槽の中の金魚は本物だが、その右の空中を泳ぐ金魚や手前の水草はバーチャル
HoloLensをかけて見た落合氏の自宅の様子。左の犬は本物だが、右側の犬はバーチャル。ジェスチャーでバーチャルな犬に指示を与えていると、本物の犬も自分への指示だと思っている

また落合氏は、「歴史を振り返ってみると、18世紀は近代であり、絵画とクラフト、パーソナライズの時代であったが、19世紀の産業革命と20世紀の現代は、映像とデザイン、大量生産の時代であった。21世紀のポストモダンは、魔法とコンピュテーション、ダイバーシティの時代である」と語った。

18世紀の近代、19世紀の産業革命、20世紀の現代、21世紀のポストモダン

研究にはスピード感が重要であり、インターネットの普及により、ラピッドプロトタイピング(高速な試作)が当たり前になった。落合氏によると、最先端の研究とは、「現実のソリューションをプロトタイピングし、アート/サイエンス/デザイン/エンジニアリングの全ての要素を備え、公開と展開をしていくものである」という。

また、イノベーションはマンボウの産卵のようなものであり、懲りずにサイクルすることが重要である。さらに、教育の拡充は必要不可欠であり、教育制度がまず変わらなくてはいけない。大学は独立採算にならなければならず、教育は抽象思考力、価値判断力、問題発見能力を培うものでなくてはならず、未来を予想する力と金銭的投資能力が必要であるとした。

デジタルネイチャー研究室の学生の様子。ブレッドボードやArduinoを使ってプロトタイピングで研究を進めている
個人の時代を目指す上で、教育の拡充は必要不可欠である

「未来を予想する最も確実な方法はそれを発明することだ」というアラン・ケイの有名な言葉があるが、それを落合流に言い換えると「ある商材の未来における価格を予想する最も確実な方法はプロトタイピングすることである」になる。

落合氏は、平均15歳の子供を対象に3日間でハードウェアとソフトウェア、機械学習、UXを教えるワークショップを開催した。その結果、数年前なら大学院生の研究レベルの内容を、子供達が理解して実装することができた。インターネットは人にものすごい下駄を履かせており、プログラミング教育や英語教育は習ったその場からどんどん古くなってしまう。「学び方そのものを身につけないと間に合わない」と落合氏は指摘した。

平均15歳の子供を対象に3日間でハードウェアとソフトウェア、機械学習、UXを教えるワークショップを開催した。その結果、数年前なら大学院生の研究レベルの内容を、子供達が理解して実装できた

最後に落合氏は、「これからは自分の名前で仕事をし、自分のポートフォリオを管理することが重要だ」と語り、講演を締めくくった。

VRやインキュベーションに関するパネルディスカッションも開催

その他、麹町中学校の合同教室ではいくつかのパネルディスカッションが開催された。

「VRは教育に何をもたらすのか? ~VR Technologyの可能性~」と題したパネルディスカッションには、大阪大学大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻 准教授の福田知弘氏、聖徳学園中学・高等学校 学校改革本部長・Executive ICT Directorの品田健氏、フォーラムエイト システム営業マネージャの松田克巳氏と、本社開発マネージャの高田寿久氏が登壇した。

各氏が、今後の教育におけるVRの可能性や課題について探ると同時に、ICT技術を連携させた街づくり・観光・教育等における既存の適用事例などについて語る中で、品田氏は、聖徳学園中学・高等学校で実施したVRを活用した教育の様子を紹介した。

左から福田知弘氏、高田寿久氏、品田健氏、松田克巳氏
品田氏が紹介したVRを活用した教育の様子

「スタートアップ・エコシステム 教育のイノベーション"Edvation"を加速するインキュベーションの仕組みとは?」と題したパネルディスカッションには、東京大学本郷テックガレージディレクター 馬田隆明氏、一般財団法人 活育教育財団 代表理事 野崎智成氏、500 Startup Japan マネージングパートナー 澤山陽平氏、東京大学産学協創推進本部 イノベーション推進部 助教 菅原岳人氏が登壇した。

パネルディスカッションは、メンバーの1人が他のメンバーに問いかける形式で行われ、野崎氏の「実施してEdvationが加速した育成の仕組みは?」という質問に対して、澤山氏は「ある起業家は、スタートアップやこれから新しくできてくる市場に対して何かをやるときは、競争の仕方が全然変わると言います。既存の市場に対して戦う時は、優秀な人や資本を集めたところが勝ちますが、スタートアップの世界だと、一番早く学習できた人が勝つ。つまり、やってみないと何も分からない。それをいかにクイックに回せるかが大事だ」と答えた。

左から馬田隆明氏、野崎智成氏、澤山陽平氏、菅原岳人氏
野崎氏の「実施してEdvationが加速した育成の仕組みは?」という質問

EdTechに関する多数のセッション

その他にも多くのセッションが行われ、多くの聴講者が聴き入っていた。

経済産業省商務情報政策局審議官の前田泰宏氏が賛辞を贈った。その中で前田氏は、「2020年のオリンピック/パラリンピックの後に、何を日本に残すのかといったときに、ソーシャルシステムの変更を次々と行ういうことでBeyond 2020の準備をしています。その中の最大の問題がヒューマンウェアです。これまでやってきた教育をどこかで再構築する必要があると思っています。」と語った
Cerego LLC共同創業者兼CEOのAndrew Smith Lewis氏
Andrew氏は、「人間の脳とAIを比べ、脳での処理と同じようなことが、コンピュータービジョンやディープラーニング、マシンラーニングで可能だ」と語った
また、Andrew氏は、「ビッグデータからモデルを作成し、マシンラーニングによって予測するというプロセスが認知科学によって正しく定義される」と語った

石井英男

PC/IT系フリーライター。ノートPCやモバイル機器などのハードウェア系記事が得意。最近は3DプリンターやVR/AR、ドローンなどに関心を持ち、取材・執筆を行っている。小中学生の子どもを持つ父親として、子どもへのプログラミング教育やSTEM教育にも興味があり、CoderDojo守谷のメンターとして子どもたちにプログラミングを教えている。