こどもとIT - 教員のICT活用

どこに向かうべきか?学習者用デジタル教科書に学校現場が感じる期待と課題

――東京学芸大学附属小金井小学校、実践発表レポート(後編)

国語の授業で学習者用デジタル教科書を使用する児童

学習者用デジタル教科書を使用した実践を報告する、東京学芸大学附属小金井小学校ICT部会によるオンラインセミナー「“Side by SideのICT活用”vol.2『学習者用デジタル教科書が学びを変える』」。前編では、授業実践報告を中心にレポートしたが、本記事では、ゲストの日本デジタル教科書学会副会長 片山敏郎氏による講演と、片山氏と同校の鈴木秀樹教諭、小池翔太教諭による鼎談の様子を中心に紹介する。

今後のデジタル教科書のあり方について率直な提言

東京学芸大学附属小金井小学校 ICT部会 鈴木秀樹教諭

東京学芸大学附属小金井小学校(以下、学芸大小金井小)で6年生の担任として授業実践報告を行なった鈴木教諭は、現状の学習者用デジタル教科書について率直な使用実感を伝えた。「教科書検定や著作権などいろいろな壁があるのだろう」と理解は示しつつも、機能として物足りない点や不便に感じることがあるという。

例えば、読み上げ機能の音声は、AIスピーカー等の流暢な発音に慣れている今の子どもたちにとっては質が低く感じられ、あまり反応がよくない。デジタル教材の中にはプロのナレーションが収録されているケースもあるが、学習者⽤デジタル教科書の合成⾳声は決して聞きやすいものではないという。

また、「マイ黒板」のような学習者用デジタル教科書内の編集機能は個人作業が前提で、共同編集はできない。共同編集したければPowerPointなど別のアプリを使うことになるし、意見共有、意見交換には同校ではグループワークツールであるMicrosoft Teamsを使っている。例えば、マイ黒板で作成した個々の課題を共有するには、スクリーンショットをTeamsで共有するというフローになり煩雑だ。

鈴木教諭は「学習者用デジタル用教科書が、Teamsのアプリのひとつになってしまえばいいのにと思うことがあります」と話し、なんらかの方法でより使いやすくなっていくことに期待を寄せた。

鈴木教諭が描くイメージ。グループワークツールとシームレスになると使いやすくなると考えている。Teamsは一部の外部アプリを組み込んでTeams内の機能であるかのように設定することができるので、それと同様だ

また、鈴木教諭は、学習者用デジタル教科書に共有の機能をつけてほしいなど様々な要望をあげているものの、それらはもはや教科書会社単体で解決できる範囲ではないだろうと見ている。しかし、今の段階においては「むずかしいから仕方ない」と終わるのではなく、学習者用デジタル教科書を使用した教員が使いづらさや要望を声に出していくことが重要だというのだ。

実際、本オンラインセミナーの後日にも、企業関係者から鈴木教諭へ、Teamsの画面共有で「制御を渡す」機能を使用すれば、制御を渡された相手が画面共有を遠隔操作できると助言があったという。このように教員が声をあげたことで、企業と教員の間に有益な情報交換が生まれるケースもあり、ひいては、それが今後の学習者用デジタル教科書の発展につながっていく、と同教諭は考えている。

デジタル教科書の現在地とこれから

日本デジタル教科書学会副会長 片山敏郎氏

続いて、これらの提言と授業発表を受けてゲストの片山敏郎氏の講演が行なわれた。同氏は、日本デジタル教科書学会副会長、新潟市教育委員会学校支援課副参事・指導主事、GIGAスクール推進担当、文部科学省「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」委員を務めるなど、ICT活用やデジタル教科書の検討に広く関わっている。

片山氏は、2010年ごろからすでに、デジタル教科書の議論が始まっていた流れを振り返り、2020年の新学習指導要領実施とGIGA整備を経て、次は2024年の小学校の教科書改訂がひとつのポイントとなることを示した。

2024年までに全教科の教科書のデジタル化を完了し、紙との併用で本格導入するペースで進んでいるが、スケジュールは非常にタイト。2021年度中に開発されたものが、検定、採択、導入のステップを経ることになり、今回の改訂でどこまでできるかは限られているという。さらにその先を含めた長期的な視点で捉える必要があると解説した。

2010年ごろからの流れと今後の10年のイメージ。現在は2020年から2024年までの動きのまっただ中

現在、文部科学省が開いている「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」の委員である片山氏は、そのワーキンググループのひとつ「デジタル教科書の普及促進に向けた技術的な課題に関するワーキンググループ」メンバーでもある。

7月に第1回のワーキンググループが開かれたばかりで、例えば、技術的な観点から「デジタル教科書に標準的に備えることが望ましい最低限の機能や操作性等」の検討などが行なわれている。具体的には、ビューアについて、ログイン手法、レイアウト調整機能、アクセシビリティに関連する機能、データフォーマットなどに関する各社の対応状況が調査され、どこまでを標準としていくかが検討されるということだ。

デジタル教科書の普及促進に向けた技術的な課題に関するワーキンググループ(第1回)配布資料/(資料5)ビューア機能比較について」より。各社対応状況が様々であることがわかる

限られた現場で実践が重ねられる一方で、「在り方」自体の検討がいま正に同時進行で行なわれているのがデジタル教科書の現状だ。なお、2021年度は「学習者用デジタル教科書普及促進事業」として、学年、科目数を限定して無償提供での実証事業も行なわれている。

テック企業と教科書会社の関係性に踏み込む提言を深堀り

片山氏は、鈴木教諭、小池教諭との鼎談に入ると早速、鈴木教諭がTeamsに学習者用デジタル教科書が組み込まれるイメージを提案したことを深堀りした。片山氏が、「鈴木先生は両方うまく併用していますが、一体化していた方がいいんでしょうか?」と尋ねると、鈴木教諭は、児童が編集したマイ黒板を直接共有したり見に行けるようなシステムの方が、スクリーンショットを送るよりもスマートだと応じた。また、特に低学年では併用する活動はしづらいのではないかと見通す。

また片山氏は、この提案が、有力なテック企業と教科書会社の技術的な関係性の問題であることから想起し、現在、学習者用デジタル教科書のビューアが複数存在していることに言及した。「複数のビューアが、それぞれどこまで歩み寄れるか、今まさにせめぎあっているところだと思うんですね。文部科学省が言うからというよりも、一緒に対話をしながら方向性を見出し、なるべく高いレベルに持っていかないと、あとが苦しいですね」と課題感を示す。

「紙 vs デジタル」でないならば、この先ずっと両方必要なのか?

今後、学習者用デジタル教科書が普及した先を見越して片山氏は、デジタルも紙もどちらも必要なのか、いずれ解消されるであろうデジタルの欠点を補えばデジタルだけでも良いのか? ということについて両教諭に意見を求めた。

片山氏が言及した鈴木教諭の基調講演スライド。デジタルと紙の教科書の比較
東京学芸大学附属小金井小学校 小池翔太教諭

小池教諭は、「紙の教科書を使いたい子は出てくるんではないかと思うんです。教室の後ろに紙の教科書が10冊くらいあって、使いたい子が使うという共有スタイルがありうるのでは」と話す。鈴木教諭は、入学したときからPCと学習者用デジタル教科書を使う世代が6年生になる頃には受け止め方が全く変わっているのではないかと見る。「今議論していることが後からくる世代にはどうでもよくなっているかもしれません」と、自然とデジタルに移行する可能性を示唆した。

デジタルならではの機能のメリットは?

片山氏は、アクセシビリティを高める文字サイズや色などの各種カスタマイズ機能のおかげでどのようなメリットがあったかについて意見を求めた。

片山氏が言及した鈴木教諭の基調講演スライド。紙の教科書が持っていた読み書きに困難さを抱える子どもにとっての障壁

「みんなにとって大事なことだったんだなと思っています」と鈴木教諭。2018年に1人1台PCでの活用を始めると、読み書きに困難さを抱える児童に限らず、大勢が表示スタイルをカスタマイズしたという。「人それぞれなんですよね。全ての子が自分にとって快適な教科書にできるのは、大事なことでとてもいいと思います」と話した。

全学年全教科での運用に耐えられるか?

ほんの3年後の4月に全学年全教科で活用が始まると想定すると、どんな課題があるだろうか。同校は国立の小規模校であり現状まだ1人1台端末も学習者用デジタル教科書も5、6年生のみの限定的な活用。それと比較して大規模校でICTに慣れた教員ばかりではない環境で一気に全学年全教科に入ると想定すると、不安材料は増える。

片山氏が問うと、両教諭からは、例えばデジタル教科書のID管理の負担が現場に降りかかるようでは手に負えないし、ビューアが複数あることが混乱の元になる可能性が高いなど具体的な課題があがった。

片山氏は、現状のままの仕様で入ってきたら現場は厳しく、国レベルで検討する必要があると受け止めているということだ。「デジタル教科書の普及促進に向けた技術的な課題に関するワーキンググループ」では、各社のID/PWの仕様調整は進んでいるものの、例えばシングルサインオンについては、実装する体力のない教科書会社もあるのが実情だという。

学習者用デジタル教科書の未来に期待

片山氏の話からも、現在進行形でワーキンググループが行なわれ、より良い形を模索していることがわかる。現場の実践者と仕様の検討にかかわる両者が、活用のメリットだけでなく、課題に至るまで率直に意見を交わしたことが様々な議論のきっかけになるだろう。

デジタルデバイス上で教科書を扱えるメリットは、単にペーパーレス化で重いランドセルから開放されることだけではない。同校がこれまで指摘してきた通り、アクセシビリティが上がり、様々な特性に対応でき、個々の学びやすいスタイルを見つける余白ができる。

また、今回の事例でもわかる通り、PCを道具に思考を深めたり、書いたり、コミュニケーションをとったりするGIGAの時代の学び方には、学習素材がデジタルであることはごく自然で学びやすさを高めてくれる。さらにコロナ禍においては、PCひとつあればどこからでも良質な学習資源にアクセスできるというメリットも際立つだろう。

デジタル化への不安を表明する声もあれば、教科書会社同士の連携課題などもあるが、改めてこれらの様々なメリットに目を向け、デジタル教科書のユーザーである子どもたちの使いやすさを第一に考えて、前向きに検討と実践を繰り返すことが大切だ。子どもたちの学びを豊かにする学習者用デジタル教科書の未来に期待したい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。