こどもとIT

埼玉県戸田市が推進する小中一貫プログラミング教育――WIN-WINの関係で産官学民と連携

第9回 教育ITソリューション EXPO(EDIX)レポート

5月16日から18日にかけて東京ビッグサイトで行われた教育ITソリューションEXPO(EDIX)では、展示会に加えて多くの専門セミナーが開催された。その中から現職の教育委員会教育長が登壇された、プログラミング教育先進自治体の1つ、戸田市の取り組みについてレポートする。

子育て世代が多く暮らす「埼玉県戸田市」

埼玉県戸田市と言われてピンと来る人はそう多くはないかもしれない。筆者は戸田市の近くにある新座市という場所に居をかまえており、また長女が戸田市にある高校に通っていたこともあって実は馴染みのある場所である。

埼玉県の中で東京都に隣接する市町村はいくつかあり、その中でも戸田市は住民の平均年齢が県内で最も若い「40.02」才(平成30年2月のデータ)である。30代の子育て世代が多く暮らす自治体でもある。市民の教育に関する意識も高いようだ。

ただ首都圏ベッドタウンの数ある自治体の概況だけを見ていると、戸田市は決して特別な存在ではない。その中で突出した教育改革を進められているのはなぜなのだろうか。当日のセミナーを振り返りながらその理由を探ってみたい。

2016年から教育改革を進めてきた

戸田市教育委員会教育長の戸ヶ崎氏

当日は朝10:00という早い時間からの開始にもかかわらず、広いセミナー室に学校教育の関係者が多数集まった。今はまさに2020年の小学校学習指導要領改訂の移行期間の最中であり、関心の高さがよくわかる。

登壇された戸ヶ崎勤氏は、2015年の4月に戸田市教育委員会の「教育長」に就任、ご本人の言葉を借りると、“たんたんと”教育改革を進めてきたようだ。

今回のEDIXでも、「プログラミング教育」は大きなトピックの1つである。戸田市はこれに、学校やクラスの単位ではなく、市全体で取り組んでいる。また、とかくプログラミング教育にだけ注目が集まりがちだが、教育全体の改革を進めてきたことが、戸田市の大きな特徴といえるようだ。

今回のセミナーをきっかけに、戸田市の教育改革について調べてみたのだが、実はさかのぼること2年前の2016年4月から、「戸田市の教育推進に関する大綱」の実施がはじまっており、その内容が広報誌などを通じて、広く周知されていたのには驚いた。

2016年に既にはじまっていた戸田市の教育改革

この時の資料を見ると、学習指導要領の改訂を先取りして、英語学習の充実やICT環境の整備についていち早く取り組みはじめていたことがわかる。また、産官学民と連携して“先進的な教育”を推進することが高らかに宣言されている。実際、戸田市は日経BP社による「全国市区町村公立学校情報化ランキング2016」で、埼玉県内で1位になっており、着実に継続的に改革が実施されてきたことがわかる。

積極的な情報公開で保護者・市民にも理解を得る

このように、戸田市では教育委員会から積極的な情報発信を行っている。ホームページや広報誌以外にFacebookページもあり、さらに戸ヶ崎氏も自ら盛んに情報発信をされているようだ。情報は発信するところに、また集まる。このような活動が、「産官学民」との連携にあたって果たす役割は大きい。

発信する情報も、市民目線のわかりやすい内容になっている。例えば、「プログラミング教育」という言葉だけでは、正直多くの保護者にはピンとこないし、誤解も少なくない。市としての具体的な取り組みを紹介するリーフレットを作成し、これもさまざまな方法で公開している。この資料、詳細こそ違うかもしれないが、他の自治体や学校でもそのまま使いたくなる内容だ。

プログラミング教育について説明するリーフレット

小中一貫のプログラミング教育を既に実践

戸田市では、既に生活科と総合の時間を使って、小学校低学年からのプログラミング教育を先行して実施している。

大枠として、小学校低学年(1~3年生)は、生活科の時間を使ってコンピューターを使わないアンブラグド教材の体験を、小学校高学年と中学校ではScratchを、それぞれ年間で10時間行うという。この基本枠を前提にした上で、各学校が追加で科目内でのプログラミング教育を行うというシステムをとる。

実施にあたっては、指導者側の育成や研修もかかせない。戸田市では、市内の全小中学校からそれぞれ1名の委員が参加する「ICT教育研究推進委員会」を設け、小中9年間にわたるカリキュラムの作成やプログラミング教育の推進、研究にあたっている。また、希望者を対象とした「市立教育センター研究員プログラミング部会」を設け、自発的なスキルアップの場を提供しているそうだ。

各学校・学年毎の授業の内容については、その様子を収録・編集されたものが「とだっ子、未来への学び~戸田市のプログラミング・ICT教育~」として戸田市の公式YouTubeチャンネルで公開されており、誰でも視聴することが可能だ。興味のある方は是非ご覧頂きたい。

とだっ子、未来への学び~戸田市のプログラミング・ICT教育~

プログラミング教育の実施にあたっては、子供達が実際にどう反応するのか、ついてこられるのかといった不安の声も耳にする。普通の小学校で行われている授業の実際の様子を見ると、子供達がいきいきと学んでいる姿が見られ、「プログラミング教育」導入の意味、「主体的・対話的な深い学び」の実現の一端がわかると思う。

WIN-WINの関係で産官学民との連携を進める

戸田市の取り組みで注目したいのは、「産官学民」との連携だ。その提携先は幅広く、教育事業、ICT事業、民間のNPO法人、大学に加えて、文部省・総務省ともさまざまな活動で連携を進めている。

なぜ、多様な連携が可能になっているのか? 戸ヶ崎氏によれば、単なる受益者としてではなく、WIN-WINな関係の構築に配慮されているそうだ。例えば、学校・教室を実践の場「Class Labo」と位置づけ提供することで、事業者は先進的な取り組みを現場で実証し改善することができる。その結果を産官学民全体でシェアしていくことで、教育の進歩が図られ、結果として良質な教材を入手しやすくなるわけだ。

また、このような連携を進めることは、閉鎖的になりがちな学校に社会の風を吹き込み、教育にオープンなイノベーションを導入する突破口になりうると戸ヶ崎氏は語った。さらに、「プログラミング教育」は、この連携を進める上での切り札なのだと述べた。

冒頭でも触れたように、戸田市と似た規模の地方自治体は大都市圏周辺に数多く存在し、そこに生活する子供達の数は多い。戸田市流の教育改革は、決して強いリーダーシップだけで進められているわけではない。多くの情報は公開されており、制度作りや情報提供など、他の自治体にとっても参考になることは少なくないだろう。「教育」とは、すなわち人を育むことであり、結果それこそが地域再生・活性化の原動力になるはずだ。

新妻正夫

ライター/ITコンサルタント、サイボウズ公認kintoneエバンジェリスト。2012年よりCoderDojoひばりヶ丘を主催。自らが運営する首都圏ベッドタウンの一軒家型コワーキングスペースを拠点として、幅広い分野で活動中。 他にコワーキング協同組合理事、ペライチ公式埼玉県代表サポーターも勤める。