こどもとIT

未就学児からのプログラミング教育を考えるシンポジウム――有識者や現場の人間が考える“楽しい学び”のあり方とは

2017年11月7日、東京大学・福武ホールにて、小学校・幼稚園教員・保護者を対象としたシンポジウム「プログラミング教育の最初の一歩~未就学児からの楽しい学びの作り方~」が開催された。

主催の次世代幼児教育研究プロジェクト(Early Education For Tomorrow:E4T)は、子どもたちが創造力を発揮する社会を目指すNPO法人CANVASと、プログラミング知育玩具などの広報を手掛けるキャンドルウィックによって2017年に設立された。主に未就学児から小学校低学年の子どもたちを対象とし、理想の学びを提案する。

第一回目のシンポジウムとなる今回は、プログラミング教育に焦点を当て、子どもたちが創造力を駆使して楽しめるプログラミング教育のあり方を考えるものとなった。

幼児向けプログラミング教材は“楽しい遊び”であるべき

まず最初は、木製プログラミング玩具「プリモトイズ キュベット」の開発者であり、英プリモトイズ キュベットの代表であるフィリッポ・ヤコブ氏が登壇し、「遊びながら学べる最高の形とは」というタイトルで講演を行った。

英プリモトイズ・キュベット 代表 フィリッポ・ヤコブ氏

同氏は、21世紀の産業に求められるスキルとして、「コンピュータ工学・科学」、「データ収集・分析」、「AI」などを例として上げ、子どもたちにはなるべく早く、できれば読み書き・算数と同じ時期に、これらのスキルに触れてほしいと語った。

キュベットは、木製のロボットとコントロールパネルにブロックをはめることでコーディングを学べる幼児向けプログラミング教材。モンテッソーリ教育の概念を取り入れ、スクリーンを使わず、子どもたちが遊びの中で自然に学習でき、体や手を使う教材を目指して作られた。ヤコブ氏は、開発理念の根底にあるものとして、「幼児向けのプログラミング教育は、あくまで楽しい遊びとして提供されるべき」「そこにストーリーがあることが前提」だと強調した。

キュベットは、スクリーンや文字を使わないことから、世界のどこの国・地域であっても文化や言語と関係なく利用でき、現在は100か国以上の国で、何千もの学校が教材として取り入れているという。複数の子どもが協力しながら利用できる教材であることから、キュベットに触れた子どもたちはすでに100万人以上に達しているという。ヤコブ氏は、「将来的には、10億人の子どもたちにプログラミングを学んでほしい」とした。

低年齢向けプログラミング教材のデモンストレーション

続いてのワークショップでは、キュベットのデモンストレーションと、ビジュアルプログラミング言語「Viscuit」、小さなロボット型プログラミング玩具「Ozobot」の紹介が行われた。

キュベットのデモンストレーションは、プリモトイズ日本販売総代理店の橋爪薫氏によって、聴講者に向けてクイズが出題される形式で進んだ。正解が発表されたのちに実際にキュベットが動くところを見ることができた。

キュベットのデモンストレーションを行う橋爪薫氏

続いては、ビジュアルプログラミング言語Viscuitの開発者である原田康徳氏が、Viscuitのデモ画面や、実際に子どもたちが夢中で遊んでいる様子などを動画で紹介した。

原田氏は、Viscuitを利用した教育の一例として、「物と情報のちがい」の教え方を上げる。まず、「物は相手にあげると自分のはなくなる=移動」「情報は相手に教えても自分は忘れない=複製(コピー)」という説明をしたのち、「健康な人=情報を知らない人」、「かぜをひいた人=情報を知っている人」になぞらえて、かぜをひいた人が健康な人に接触していくことで情報が拡散されていくというプログラムのデモンストレーションを行った。

Viscuitの紹介画像
「物と情報のちがい」

キャスタリア代表取締役の山脇智志氏は、ロボット型プログラミング玩具Ozobotの紹介を行った。Ozobotは直径2.5cmとごく小さいロボットで、紙などの上に描かれた線の色を認識して動くため、子どもが自由に描いた線の上を走らせることができる。「キーボードと画面ではなく、紙とペンを使って遊ぶ」のが大きな特長だ。

命令を与えなければただ線の上を走るだけだが、線の上に2~4色の色を組み合わせたカラーコードを描くことで、Ozobotに命令を与えることができる。例えば「赤、黒、赤」とすると“ゆっくり”走る、「青、赤、黄」とすると“右に曲がる”というように命令を与えることができる。また、Ozobotは小さいため、虫や車など自由なスキンを被せることで、より子どもたちに親しみを持たせることが可能になるという。実際にOzobotを走らせるデモンストレーションも行われた。

Ozobotのデモンストレーション

プログラミング教育の可能性についての議論

最後のプログラムとなるパネルディスカッションでは、日本のプログラミング教育の第一人者、NPO法人CANVAS代表の石戸奈々子氏がモデレーターとなり、前述の原田氏、山脇氏に加え、こどもの創造性を育む幼児教育を実践する「しぜんの国保育園」の齋藤紘良園長、プログラミング教育授業に最前線で取り組む「小金井市前原小学校」の松田孝校長、キャンドルウィック代表取締役社長のシルベスタ典子氏、また、保護者代表として、5歳の娘を持つブラウンシュガーファースト代表取締役の萩野みどり氏、2人の息子を持つフォーセンス・パートナーズ代表取締役パートナーの雨宮雄一氏が登壇し、プログラミング教育の可能性について議論が交わされた。

パネルディスカッションの様子
プログラミング教育を始めるのに適した年齢とは

まず石戸氏が、「プログラミング教育が必修化し、その対象年齢が下がってきていることについてどのように捉えているか?」と投げかけると、萩野氏は、「プログラミング教育が子どもたちの未来の職業や生き方にどうつながるのか、想像力がなかなか働いていかない」と保護者の持つ感覚を率直に語った。

それを受けて、雨宮氏は「プログラミング教育は、物事を整理して導入する“ロジカルシンキング”と、新しいことにチャレンジする“クリエイティビティ”を伸ばすことに役立つと思っている。幼児のうちにこの力を身に着けることは新しいチャレンジに有利になる」とコメント。

松田氏は、「これからの時代、アクティブラーニングの一番の障害は、周囲からの“黙って授業や先生の言うことを聞け”という押しつけだ。それを破壊したい。プログラミング授業の中で思い切り自分を表現してもらい、評価し認めてあげることが新しい学びにつながる。その原体験を得るためには低学年であることが重要だ」と力説した。

また、原田氏は「こんなに子どもたちの周りにデジタル機器があふれているのに、その中身がブラックボックスであるのはかわいそうだ。未来を担う子どもたちにはコンピューターへの当事者意識を持ってほしい。僕が伝えたいメッセージは“コンピューターは君たちのもの”ということ。コンピューターはこんなに簡単なんだと思ってほしい」とプログラミングを学ぶ子どもたちへの期待を語った。

何歳から始めるべきか

続いて、「何歳から始めるべきか?」という質問に、山脇氏は、「Ozobotは描いた線の上にロボットを走らせたいというところから始まった。そういう意味では何歳から使ってもいい。幼児には“気づかせる”ことが1つの学びとなる」とした。

齋藤氏は、実際に園でキュベットを利用して遊ばせているという齋藤氏は、「1つの目的に向かうためのプロセスの中に1人1人の物語がある。それをどう大切にしてくかというのは幼児教育の中でクローズアップされたほうがいい」と提案し、荻野氏は、「小さい子が育つステップの中で、折り紙やハサミやノリと同列にプログラミングがあるんだと理解するようになった。自分を表現する道具の1つ」と気づきを語った。

シルベスタ氏は、「イギリスをはじめとしたヨーロッパでは、幼児からプログラミング授業が始まっている。海外では幼児でも積極的に意見を出してくるが、日本ではまず先生の顔をうかがう傾向がある。日本は“合っているかどうか”を先に考えさせる傾向があるが、これからの時代は、決められた正解の作業をやるのはAIの仕事になっていく。小さい時から自分の意見を考え、相手に伝える訓練の中で、プログラミング教育は重要になっていくのではないか」と語った。

原田氏は、「Viscuitで大絶賛される部分は、子どもが描いた絵が一番目立つという部分。自分が描いた絵が初めて動いた感動を持ってほしい。Undoや全画面消去機能をつけていないのは“遊んだオモチャを片付ける”というしつけの一環でもある。コンピューターは自分で動かすものだと思ってほしい。Viscuitはそこにフォーカスしている」と述べた。

プログラミングで学びの在り方が変わる

石戸氏は、2010年ぐらいから急激にプログラミング教育に保護者と子どもの注目が集まりはじめたと語り、その理由として、「タブレットやスマートフォンの普及やインターフェースの工夫で、子どもたちがアナログと同じ感覚でコンピューターに触れるようになったからではないか」と述べた。また、子どもたちの描いた複数の絵が1つに融合するなど、今までできなかった“共同する”ことが可能になってきているのではないかと語った。

石戸氏が、「プログラミング教育で学びの在り方はどのように変わったか」と問うと、松田氏は、「子どもたちは遊びながら色んなことを獲得していく。先生が教える時間は減らし、子どもたちが活動する時間を増やすことで子どもたちは自ら学ぶようになる。これまで学校が培ってきた授業の方法論や内容などは根本からぶち壊れるんじゃないかと思っている。文科省は、授業を進めるにあたり“教科”というフレームを定めているが、それ自体がもうズレている。例えばプログラミングをしているとマイナスの概念はすぐ出てくる。しかし、マイナスの加減乗除は中学校一年生の学習内容だ。それ自体がおかしい。教科というくくりの中では面白い授業はできない。2030年には教科撤廃!」と熱く語り、会場からは拍手が起きた。

雨宮氏は、「ビジネスの社会は9割失敗、1割成功でいい。失敗から何を学ぶのかが重要。プログラミングは1回で成功にたどり着くことはほぼなく、失敗を1つ1つ潰して絞りこんでいく力が培われる。失敗して当たり前なんだという考え方が子どもたちに根付くといい」とした。

また山脇氏も、「既存の教育とプログラミング教育の違いは、プログラミング教育では“トライアンドエラーを認める”ことと“複数回がある”というところにある。その2つを知りながら生きるのとそうでないのでは人生で生き方が違う」と述べた。

先生の役割も変わる

学びの在り方が変わると、先生の役割も変わってくる。松田氏は、「これからの先生に求められる役割としてよく言われるのは、ティーチャーではなくファシリテーター(促進者)だということ。子どもたちの認知特性を良く見て、特性に合わせてサポートしていく力と、さらには、1人1人の学びの状況を把握するデータサイエンティストの力も求められる」と語った。

原田氏は、「小さいうちからコンピューターに触るべきじゃないという意見は昔からある。テレビゲームは夢中になるように作られているが、それは大人になってから触れても同じ。敵を知るという意味では、小さいうちからプログラミングに触れてほしい。一方で、子どもをプログラマーにするにはどうしたらいいかという質問を受けることがあるが、それには逆に、“できるだけコンピューターじゃなくて色んな経験をさせてください”と答える。プログラムは孤独な作業で、自分の中にモノがなければ出せない。色んな経験をして、どれだけ吸収したかがが大事になってくる。小説家と一緒だ。いわゆるコードを書くプログラミング自体は高校生になってから始めても遅くはない」とした。

石戸氏は、「世間がプログラミング教育に持つイメージと異なり、プログラミング教育に関わる方々は皆、体験的なことやアナログ的なことを推奨する。これからも技術が発展し続ける中で大切なのは、それを使って何を表現していきたいかという思いや情熱の部分だ。それを育んでいける教育の場であればよい」とした。

最後に

最後に齋藤氏は、「木登りもプログラミング、どこに足をかけ、どこに手を伸ばせば遠くまで行けるか。色々なところにプログラミングの考え方がある。色々な体験をすることで、自分の人生の夢を実現するためのプログラミングが出てくるのではないか」と語った。

松田氏は、「時代がすごく進歩している。デジタルの登場で今の1年は昔の200年ほど進歩している。今の子どもたちが生きる20年後は4000年先だ。パラダイムシフトを起こさないといけない。そのきっかけがプログラミングだ」と語ると同時に、11月25日に行う学校公開の宣伝を行った。

荻野氏は、「システムにコントロールされる人間じゃなくて、みんなが幸せになるシステムを作る人になってほしい。そういう子どもに育ってもらうために、早期のプログラミングへの拒絶意識を持たずに触れさせていくことが必要だと感じている」と語った。

雨宮氏は、「20~30年後にプログラミング教育を受けた子どもたちが社会に出ることで、問題解決能力が上がっていることを期待している。今の日本企業は、降ってきた問題に目をつぶってやり過ごすことが多いが、目の前に来た問題を片づけていく人材が必要とされていくんじゃないか」とした。

シルベスタ氏は、「私も最初はプログラミングの玩具と聞いて抵抗感があった。しかし遊んでみると、トライアンドエラーや目的の設定など、仕事と一緒だと感じた。食わず嫌いをしないで子どもと一緒にチャレンジしてほしい。また、子どもと一緒に遊ぶ時に、教えたい、口出ししたいという気持ちはどうしても出てくるが、それは子どもの考える力を失わせてしまう。プログラミングで、教育の質も変わっていくといい」と述べた。

最後に石戸氏は、「本プロジェクトでは、これからも特に未就学児や低年齢層を対象に、未来の学びの在り方を考え、実践・普及していきたい」とまとめ、シンポジウムを締めくくった。

シンポジウムの登壇者たち。左から雨宮雄一氏、原田康徳氏、石戸奈々子氏、フィリッポ・ヤコブ氏、荻野みどり氏、齋藤紘良氏、松田孝氏、山脇智志氏、シルベスタ典子氏

池辺紗也子