Edvation x Summit 2018レポート

2030年に向けた教育の在り方とeポートフォリオ、「EdTechは生徒の学びをどう深めるのか?」

――EdTechの未来と取り組みの今を知る「Edvation×Summit 2018 Day1」レポート

「Edvation×Summit 2018」は、デジタルテクノロジーによる教育のイノベーションに取り組む事例を持ち寄り、展示会やワークショップ、講演やパネルディスカッションを実施する教育イノベーターの大型イベントだ。一般社団法人教育イノベーション協議会が主催し、「新しい教育の選択肢を提示し、既成概念にとらわれない教育イノベーターを生み出すこと」を目的として、紀尾井カンファレンス・千代田区立麹町中学校の2会場で2018年11月4日~5日の2日間にわたって実施された。2018年度の教育イノベーションのまとめと振り返りの意味を込めて、本イベントの講演とパネルディスカッションから特に興味深かったものをピックアップしてレポートする。

現在、教育の現場ではデジタルデバイスで学びや気づきを記録する「eポートフォリオ」が注目されている。パネルディスカッション「EdTechは生徒の学びをどう深めるのか?」では、このeポートフォリオとは「誰のためのものか」「何のために行うのか」、そしてEdTechをどう活用すればよいのかを探った。

自身の経験やeポートフォリオについて議論した「EdTechは生徒の学びをどう深めるのか?」

「エデュケーション2030」と「OECD Education 2030 8th IWG」

パネルディスカッションには、導入側である学校、利用側である学生、システムの開発企業、行政と、各立場から4名が参加。eポートフォリオのシステムを提供しているClassi株式会社の安部氏が司会を務め、まず「今まで自分が学んできたことや成長の成果をオンライン上にデジタルでためているもの」をeポートフォリオと定義。学習指導要領を引用しながら、自己の学習活動を振り返って次につなげることにeポートフォリオを活用しやすいと説明した。

Classi株式会社 企画部 ポートフォリオ開発リーダー 安部 亨氏

次にOECD日本イノベーション教育ネットワーク 事務局長の小村俊平氏が発表。世界30カ国以上が参加する経済協力開発機構(OECD)が2030年に向けた教育の在り方を議論している「エデュケーション2030」について紹介した。変化が激しい現代において生徒たちにどんな力が求められるかを議論されていると説明し、教育の目的としては「ウェルビーイング」(より良く生きる)を掲げたうえで、「新たな価値を創造する力」「責任ある行動をとる力」「対立やジレンマを克服する力」が大切な力であると解説。

OECD日本イノベーション教育ネットワーク 事務局長 小村俊平氏

特に、「AAR(Anticipation-Action-Refrection)サイクル」(見通しを持ち、行動し、振り返りながら学ぶ、トライアル&アプローチ)と、「Student-Agency」(よりよい社会を目指して、責任を持って社会に参画し、社会を変革する力)が大切だと認識されているとした。自分で経験したことを元にやり方を獲得する「振り返りの重要性」がeポートフォリオに関連しているという。

OECD Education 2030で重視されているのは「Student-Agency」(よりよい社会を目指して、責任を持って社会に参画し、社会を変革する力)だと解説

また、2018年10月末にフランスのOECD本部で行われた政府関係者や研究者が集まるOECD会議「OECD Education 2030 8th IWG」では、「New normal in education」について議論されたと紹介。「知識を身につけてから活用する」という従来の順番にこだわらず、「振り返りをしながらAARのサイクルを回すことが大切」だと議論されたほか、社会全体で教育に取り組む重要性などが議論されたという。

この会議には生徒グループも設けられ、十三カ国から20~30名ほどが参加。日本から参加した3名のうちの一人である豊島岡女子学園高等学校の三ツ井愛弓さんが発表を行った。会議には14歳から大学生まで幅広く参加していたといい、「SNS」から「教員に求められるスキル」まで自身の経験を元に活発な議論が行われたと紹介した。議論は「Future we want」(生徒たちが求める理想の未来)を多方面から考察することを目的としていたという。特に印象的だったのは、ナイジェリアで男尊女卑による壮絶な経験を語った女子生徒の話だったといい、この議論から最終的に「Student-Agency」の中心に公平さを据えるべきと生徒グループから提案したという。会議全体に、こうした生徒の意見を重視して取り入れる傾向があったことが衝撃だったといい、「日本では、教師はもちろん生徒自身も、自分の意見で教育が変わるという可能性に気がついていない。自ら意見を封じ込めてしまっていてもったいないということに気がついたことが今回の最大の収穫だった。」と感想を語った。

豊島岡女子学園高等学校 三ツ井愛弓さん
三ツ井さんは「OECD Education 2030 8th IWG」の生徒グループに出席

国際的な取り組みを行うプロジェクト学習でeポートフォリオを活用

続いて岡山龍谷高校 専務理事の中村好孝氏が登壇。生徒が取り組んでいるプロジェクト学習と、それを通じて感じたデジタルデバイスの可能性について解説した。

学校法人淳和学園(岡山龍谷高校)専務理事 中村好孝氏

岡山龍谷高校は岡山県笠岡市にあるが、その地元企業がマレーシアのコタバル市に工場を設置しており、笠岡市とコタバル市も友好握手都市の関係で2019年に20周年を迎えるという。このコタバル市ではマレーシアの中で唯一盆踊りが実施できていないのでぜひ実現したいという企業や現地の日本大使館からの話もあり、学生の手で実現させるプロジェクトをClassiのeポートフォリオを使いながら取り組んでいったという。

マレーシアのコタバルで盆踊りを実現することを、高校生たちがプロジェクト学習として取り組んでいるという

しかし、取り組みを始めてみると、イスラム教圏ということもあり法律で日没後のイベント実施などが禁止されているので実現が難しいとコタバル市から返答があり、いったんプロジェクトが白紙に。それを受けて生徒たちが同市に手紙を書いて「両国の高校生同士に是非実施させてほしい」と熱く訴えたところ許可が出たという。すると自治体や企業が次々協力を申し出てコラボレーションが進み、2018年11月にペナン島の領事館が主体となってプレイベントを実施し、生徒3名が現地のイベントに参加した。

eポートフォリオに投稿された生徒たちの意見にも、人ごとの目線で見る生徒は減り、当事者として積極的に取り組むようになってきたことが見て取れる。しかし、2019年の盆踊り実施に向けてうまく進み始めたと思ったところに岡山県の豪雨災害があり、笠岡市も被害に。イベント実施に笠岡市として主催することはできないということになったという。高校生たちはプロジェクト学習を通して大人たちの都合に再三振り回される経験をすることになってしまったが、地元の高校生たちとスカイプでヒアリングしながら、今までなかったような新しい価値を生み出していきたいとチャレンジを進めている。

また、eポートフォリオの良い点は、瞬時にアンケートが採れて結果が見えることだと言い、これにより「蓄積×共有×リフレクション」が実現し、「これまで行ってきた一方通行の回覧板と同じような仕組みではできなかったことができる」という。振り返りのしやすさはデジタルデバイスの特長であると説明。「スクラップしないと新しいものは入っていかない。説得より納得が必要であり、eポートフォリオの活用は、組織や先生を変えるきっかけになると思っている。」とまとめた。

新しい教育では教師に求められる資質が共感力や質問力に変化

最後の4名でのパネルディスカッションで、岡山龍谷高校の中村氏は「地方にはこうした新しい取り組みが学べる場所はまだ難しく、説得は難しい。批判があろうが実施して成功させるしかない」とコメント。AAR作業の中で教員によるフィードバックについて語られている点について聞かれ、OECD日本イノベーション教育ネットワークの小村氏は「これから振り返りをする中で、教員には共感的コミュニケーションが求められる。生徒たちが何かに取り組んだときリアクションの質が問われるので、そのとき感情豊かにリアクションすることが大切。それが、生徒が1歩、2歩と前に進むきっかけになる」と語った。

まとめに4名がそれぞれの立場から、eポートフォリオについてコメントした。OECD日本イノベーション教育ネットワークの小村氏は「eポートフォリオでシェアしたことが自分の思考の限界になると非常にもったいない。振り返りの時代だからこそ、特に学生時代は人には言わないこともあって良いと思う」とツールだけに縛られないよう警鐘を鳴らす。豊島岡女子学園高等学校の三ツ井さんは「生徒からの意見をぜひ聞いてほしい。そこから良いものをピックアップしてほしい」と生徒の立場から訴えた。それを受けて、岡山龍谷高校の中村氏は「今の若い学生たちは承認欲求に非常に飢えている。お互いに認め合う環境がデジタル媒体にはある。高校生と対等に議論し、承認して一緒に新しいものに向かっていくべき」と教員が生徒と向き合うことの重要性を説く。最後にClassi株式会社の安部氏は「EdTechは使うことが目的なのではなく、生徒の学びを深めるためにあるもの。eポートフォリオに生徒の成長ストーリーが残ることで、先生が“生徒に気づかせるためのプロ”になるためのツールとなってほしい」とコメントした。

赤池淳子

1973年東京都生まれ。IT系出版社を経て編集者兼フリーライターに。雑誌やWeb媒体での執筆・編集を行なっている。Watchシリーズでは以前、西村敦子のペンネームで執筆。デジタルカメラ、旅行関連、家電、コミュニティや地域作り、子どものプログラミング教育などを追いかけている。