こどもとIT - 教員のICT活用

先生がアプリを作る時代!? ノンプログラミングで生徒の健康調査や教員の研修申し込みを自前で解決

教師の残業時間の長さが問題視されるようになってから、教育関係者は働き方改革への対応を迫られている。しかし、学校現場は未だ紙によるアナログな校務が多く残っており、貴重な時間をペーパーワークに奪われてしまう状態も続いている。

教育現場の業務効率化を向上させるためには、どのような方法があるのか。その有効な手段のひとつとして注目したいのが、ノンプログラミングで業務アプリを開発できるツール「Power Apps」(パワーアップス)だ。同ツールを使えば、日常的に手間のかかる業務を自動化し、現場の業務改善につながるという。実際に教育現場で自ら開発し、日々の校務に活用している教員の事例を紹介したい。

(写真左から)今回お話を伺った千葉県市原市教育委員会 指導課 指導主事 生田勲氏、兵庫県立神戸甲北高等学校 主幹教諭 教務部長 松本吉生教諭、沖縄県立本部高等学校 津嘉山翔教諭、いずれもマイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)だ。現在マイクロソフトでは2020-2021年度のMIEEを募集している

身近な業務の自動化を実現する「Power Platform」とは?

教育現場での活用事例を紹介する前に、まずはPower Appsのツールが含まれる「Power Platform」(パワープラットフォーム)ついて簡単に説明しよう。

マイクロソフトが提供するPower Platformは、Office 365に含まれている業務アプリケーションを構築・運用するためのプラットフォームだ。前述の「Power Apps」と、「Power Automate」(パワーオートメート)、「Power BI」(パワービーアイ)という3つのツールで構成されており、それぞれのツールは下記のような役割がある。

・Power Apps:スマートフォンやPCのアプリを作成する
・Power Automate:アプリやサービス間のファイル同期、通知の受信、データ収集などを自動で実行する
・Power BI:データを収集し可視化や分析を行う

今回紹介する教育現場の事例では、Power Apps(左)とPower Automate(右)を活用している

学校現場に限らず、生産性向上や働き方改革の一環として、多くの企業でRPA (Robotic Process Automation) による業務の自動化が進んでいる。Power Platformも同様に自動化・効率化を実現するもので、高度なプログラミング知識がなくとも、データ収集から解析・予測までローコード/ノーコードで開発できるのが特徴だ。たとえば、日常のペーパーワークやExcel業務を削減したり、データを連携したり、さらには複数の業務フローを自動化することも可能だ。

Power Platformは、ExcelやPowerPointと同じような感覚で使えるところもメリットだ。たとえば、学校現場で多い紙ベースの調査業務なども、Power Platformを使えば専門的なプログラミングを必要とせず、簡単に自動化の仕組みを作ることができる。調査用紙の作成、印刷、配布、回収などの手作業をアプリ化し、Excelへの入力からデータ集計、閲覧できる形にまとめるといった一連の作業を自動化することで、校務の時間を大幅に短縮し、教材研究や児童生徒の対応など本来の業務に時間を使うことができるのだ。

市内1500名の教員に対して研修の申し込みを自動化し、作業量を大幅に軽減

千葉県市原市教育委員会では、市内の小中学校の教員に対して、市教委が主催する研修の申し込みをPower Appsで作成し自動化を実現した。同市教委 指導課の生田勲氏はその経緯について「以前は、FAXによる申し込みや、学校ごとに申し込み者をエクセルにまとめて提出してもらっていましたが、市内63校、1500人いる教員のデータを入力したり、研修ごとに一覧表にまとめたりする作業は大変でした」と語る。

(写真左から)千葉県市原市 財政課 副主査 甲田大輔氏、同市教育委員会 指導課 指導主事 生田勲氏

そこで同市では2013年に、校務用パソコンを1人1台で整備したのをきっかけに、それぞれのパソコンから研修の申し込みを行うシステムに変更した。当時は、電子フォーム作成ツール「InfoPath」(インフォパス)と、ファイル共有・情報共有サービス「SharePoint」(シェアポイント)を組み合わせ、データはExcelファイルに書き出しできるようにした。

しかし、2016年にInfoPathの開発が終了したのをきっかけに、市原市は研修申し込みシステムをPower Appsへ移行した。甲田氏はその理由について、InfoPathに変わるマイクロソフト製品がPower Appsだったからだと説明する。「市原市はもともとOffice 365 ProPlusを市内の教師全員が使える環境にあり、名前やメールアドレスなど、申し込み時に必要な個人データをActive Directory(※)と連携したいと考えていました。そうすれば、入力の手間も省けて、シンプルに研修を選んで申し込めるシステムが作れるからです」(甲田氏)。

※Active Directory(アクティブディレクトリー):組織のユーザーや端末を一元管理するためのシステム

過去に使用していたInfoPathで作った研修申込画面。申込者情報はActive Directoryのデータと連携し入力の手間を省く
現在使用しているPower Appsで作った研修申込画面。入庁2年目の若い職員が2週間程度で作成したという

こうした申し込みシステムを使うようになってから、現場の作業量は大幅に軽減された。また生田氏は「どの教師が、どの研修を受けたのか、受けていないのか。またどの研修に教員が集まっているのかなど、研修履歴や募集状況を教育委員会や管理職が把握できることもメリットだ」という。

SharePointに蓄積された研修申し込みデータ。管理職はこの画面からどの教員が何の研修に申し込んだのかが分かる

また生田氏は、市原市が主催した千葉県全域の教員が集まる音楽研修についても、Power Appsで申し込みアプリを作成した。前出の研修申し込みシステムは、市原市の教員しか使えないが、千葉県全域の教員が申し込み可能なアプリを作成するためにはスマートフォンで操作できるものが良い。

そこで生田氏はPower AppsでQRコードをつくり、各自のスマートフォンでそのQRコードを読み取ればWebの入力フォームが開くように設定し、必要事項をプルダウンで入力できるようにした。フォームから送られたデータは、Power Automate(当時はFlowという名称)を使って、申し込み者には申し込み完了メールを送るようにし、管理者側にはExcelにデータが蓄積されるようにした。できあがったデータは一覧表や名札などにも利用して活かす。

QRコードから開く入力フォームもOffice 365のFormsで作成
申し込み者に送信される申し込み完了メール

このシステムを構築したおかげで、事務局は申し込み者300名のデータ入力が一切不要になった。他の自治体からも研修に使わせてほしいとオファーもあったという。生田氏は「教育現場は膨大なペーパーワークが発生していますが、紙をなくすことで業務がかなり改善されます。紙が邪魔になる感覚をもてるくらい効率化が進んでほしい」と語った。

緊急事態に素早く対応できる健康調査システムを開発

兵庫県立神戸甲北高等学校の松本吉生教諭は、「Forms」「SharePoint」「Power Automate」を組み合わせ、コロナ禍の休校期間中に活用できる生徒の健康調査システムを構築した。

兵庫県立神戸甲北高等学校 主幹教諭 教務部長 松本吉生教諭

同システムを開発した経緯について松本教諭は、数年前にインフルエンザで臨時休校になったときの出来事を語った。「当時は、担任がクラス全員の自宅に電話をかけて健康観察を実施したが、大変な作業だった。今回の休校も同じことが起きると予測し、効率的に行える手段はないかとPower Platformの使用を考えた」と話す。

松本教諭が構築した健康観察システムとは、どのようなものか。まず、生徒たちはそれぞれの端末からFormsで作られた「健康調査フォーム」にアクセスし、学年やクラス、出席番号、名前を入力し、体温と体調を記入する。すると、その入力データはPower Automateによって自動的にSharePointのリストに保存される仕組みだ。SharePointのリストに万が一38.5度以上のデータがあった場合は、Power Automateで自動的に養護教諭と管理職にメールがリアルタイムで届く。生徒が朝登校してから紙を集めて、手作業で集計するアナログの手法と比べ、スピード感がまるで違う。

Formsで作成された健康調査フォーム。生徒は学年や名前、体温などを書き込んで送信するが、不特定多数に開かれたフォームであるため、生徒の名前と担任の名前をひらがなで入力し認証を工夫している
入力したデータは自動的にSharePointのリストに保存される仕組み。SharePointのデータは日に1回、担当の教員がエクセル形式で取得し、校内の共有フォルダに保存する
SharePointに蓄積されたデータで38.5度以上の登録があれば、すぐに養護教諭と管理職に自動的にメールが届くようPower Automateで設定した画面。たったこれだけの指示で、メール送信の自動化が可能だ

松本教諭は同システムについて、「生徒が高熱を出した場合も、学校側が素早くその生徒を把握し、早い段階で、生徒・保護者・担任のコミュニケーションが可能になる」と述べた。また同システムを継続的に運用したことで、深夜にデータ入力をする生徒が多いこともわかった。昼夜が逆転した生活を送っているのではないか、生活リズムの乱れについても担任から言葉がけができるようになったという。また養護教諭にとっては、生徒の平熱を把握できたことがメリットだったようだ。学校再開後、体調不良の生徒が出ても、平熱時のデータをもとに手当が可能になったからだ。

松本教諭はPower Platformのメリットについて、「エクセルの関数を扱うような感覚で、簡単にアプリが作れるところだ」と話す。なかでもデータ連携のアプリが作りやすいという。Formsで小テストを作って自動採点し、合計点や平均点をグラフ化するようなシステムも簡単に作れると語ってくれた。

一方で課題については、学校内で生徒に関わるデータを扱うためには、生徒個人を特定するIDが必要だと述べた。「健康調査システムは不特定多数に開かれるので、生徒に個人情報を入力させない工夫が必要だった。今後は生徒個人を特定できるよう、学校が発行する生徒IDが必要だ」と松本教諭は話す。また今後の取り組みについて同教諭は、Power Appsをプログラミング教育のツールとしても活用したいという。「ウェブベースで開発環境もいらず、作ったものがすぐにスマホで使える。生徒たちにとっても身近なアプリを作れそうだ」と抱負を語ってくれた。

松本教諭が作成した健康観察システムについては、マイクロソフト教育センターのページhttps://education.microsoft.com/ja-jp/course/8982a83c/overviewでも講座を視聴できる

生徒全員に配布されたMicrosoft 365アカウントを活かして、データ記録アプリを作成

沖縄県立本部高等学校で物理を担当する津嘉山翔教諭がPower Appsを使うきっかけになったのは、前任校での野外学習がきっかけだ。野外学習は、8つのコースに分かれ、教師がそれぞれのコースを写真撮影し、生徒はその写真を使ってグループ発表の資料を作成していた。しかし、このやり方は教師の負担が大きいうえ、生徒が必要とする写真の種類や枚数を満たせないことが課題であったという。

沖縄県立本部高等学校 津嘉山翔教諭。プログラミングは独学で習得

既存の写真共有サービスやアプリを使うという方法もあるが、学校からは外部のサイトにアクセスしづらいという事情があり断念。そこで津嘉山教諭は、生徒が自分のスマートフォンで撮った写真を発表資料に使えるようにと、野外学習用の写真共有iOSアプリを開発・公開したのだという。

iOSアプリのおかげで生徒の野外学習の写真を簡単に集めることができるようになり、他校からも使わせてほしいというオファーもあったという。だが、アプリの修正をしたくても反映に時間がかかること、ストアで公開しなければならないため学校と無関係なユーザーが使ってしまうこと、Appleの開発者登録の費用負担があることなど、別の課題が出てきていた。その後、沖縄県が県内の高校生全員にMicrosoft 365のアカウントを配布したことをきっかけに、野外学習アプリをPower Appsへと切り変えた。

「生徒全員がMicrosoft 365のアカウントを持っている環境を活かして、撮った写真をPower Appsからアップロードし、SharePointに保存するシステムを作りました。こうした形でデータを保存しておけば、生徒は好きなときにアクセスし、PowerPointなどで成果物を作りやすくなります。またPower AppsはiOSアプリと違って開発コストが無料であることや、マルチデバイスで使えること、学校内のクローズドな環境で使えることもメリットでした」(津嘉山教諭)

津嘉山教諭がPower Appsで作った野外学習専用の写真共有アプリ。生徒はスマートフォンで撮影した写真を同アプリでアップロードし、その写真はSharePointに保存される。成果物をつくるときは、SharePointから使うという簡単なもの

またコロナ禍の休校期間中に、津嘉山教諭はPower Appsを活用して検温アプリも作成した。生徒がPower Appsの検温アプリから体温を入力し、そのデータが自動的にSharePointに蓄積される仕組みだ。生徒側のアプリでは、過去の検温履歴も確認できるほか、教師側アプリでは「日単位」や「週単位」で生徒の検温記録がチェックできるように工夫した。当初は、日単位のみ集計だったというが、他の教師から「週単位でもデータをチェックしたい」という要望を受け、すぐに機能を追加という。「簡単に追加機能も作れて、使っている人にその都度アップデートをお願いしなくても更新されるのがPower Appsのメリットだ」と津嘉山教諭は話す。

津嘉山教諭がPower Appsで作成した教師用の検温アプリ。「日単位」と「週単位」で検温記録が見られるように工夫した

検温アプリに続く挑戦として、津嘉山教諭は現在、大学入試に必要なキャリアパスポートやeポートフォリオの学習記録に使えるアプリをPower Appsで開発中だ。今の高校生は入試制度の変更により、ポートフォリオを作成しなければならないが、日々の学習記録を蓄積するためのアプリがあれば便利だと津嘉山教諭は考えた。今後は、生徒たちが実際に使えるよう開発を進めていきたいと話す。

日々の学習記録を蓄積できるアプリ。大学入試に必要なキャリアパスポートやeポートフォリオなどの記録として活用できる。複数のポートフォリオに同じことを書く手間も省けるという

ちなみに、Power Appsの話題からは少し外れてしまうが、ここで生徒IDの重要性についても言及しておきたい。

前出の神戸甲北高等学校の松本教諭が作った検温アプリは、生徒個人を特定できるIDが発行されていなかったため、認証に工夫が必要であった。一方で、津嘉山教諭が作成した検温アプリは、沖縄県が県内の高校生全員にMicrosoft 365のIDを配布し、生徒の名前と紐付けているため、Power Appsの画面を開くだけで、生徒の名前を取得できるシステムになっている。

生徒IDの発行は各自治体の方針により扱いが異なるが、今後、GIGAスクール構想が進める1人1台環境では、生徒のデータ管理や活用が求められるようになり、生徒IDもあらゆる場面で必要になるだろう。教育現場に対して、生徒1人につき1アカウントの重要性をさらに周知していくことが大切だ。

自前アプリを現場で使ってもらい、効率化につなげるにはどうすればいい?

「Power Apps」や「Power Automate」を活用して、どんなに素晴らしいシステムを作成しても、現場で他の教員たちが使ってくれなければ、全体の効率化にはつながらない。学校現場でPower Appsを広げていくためにはどうすればいいか。

市原市教育委員会の生田氏は、「こういうツールが世の中に存在し、業務が自動化できることを知らない人が多いと思う。まずは自動化できるツールを知り、自分の仕事では何ができるかを考えられるようになってほしい」と話す。全員がツールを使える必要はなく、業務のどの部分で自動化ができるかを考えられることが重要だというのだ。

神戸甲北高等学校の松本教諭は「とにかく一緒に使ってみよう」と伝えていると話す。「このような新しいツールやシステムについては、言葉でいろいろ説明しても通じない。実際に動いている画面を見てもらって、“こうなりますよ”と伝えていく必要がある」と語る。どのように使うのかをイメージできれば、現場での浸透が早そうだ。

沖縄県立本部高等学校の津嘉山教諭のアプローチはさらにユニークだ。「(相手が)便利になるから使って」とおすすめしても、使ってくれないという。逆に、「(自分も含め)作業量が多くて困っている人がいるから助けて」とお願いすると、現場での利用度が高まるというのだ。「自分は紙で良いという人の裏で、紙の情報をまとめる作業で苦労している人がいる。職場の困っている人を救うために、みんなでアプリを使おうと呼びかけ、そのおかげで楽になった人が、空いた時間でアプリを使って協力してくれた人の仕事を手伝う。すると、さらに協力者が増える」と話してくれた。

一般的に、IT活用した自動化や効率化というと、なにか専門的な、限られた分野の話だと思いがちだ。しかし、紹介した3つの例からも分かるように、今やツールはどんどん進化し、ノンコーディングで業務を自動化・効率化できるようになった。学校現場においても、こうしたツールを活かして業務を改善し、本来の教師の仕事である、子どもたちと向き合う時間をさらに創出してほしい。

なお、日本マイクロソフトでは、教育関係者を対象にPower Platformを活用した実践発表・共有のイベント「Power Platform で変わる学校の一日 教育関係者向け Power Platform カンファレンス」を8月9日に開催するという。今までPower Platformをよく知らなかったという教育関係者にとって、知見を広げるよい機会になりそうだ。

【開催概要】
開催イベントPower Platform で変わる学校の一日 教育関係者向け Power Platform カンファレンス
開催日時2020年8月9日(日)13:00~15:20
開催場所オンライン開催
対象小・中・高校の教職員、教育委員会担当者や教育関係者、イベントに興味のある企業の方
参加費無料
参加方法開催時刻に参加用URL(https://aka.ms/PAcon0809)からアクセスすることで参加が可能
詳細 https://sway.office.com/hjm8RBheEH8HKjUU?ref=Link

[制作協力:日本マイクロソフト株式会社]

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。