こどもとIT

「学生の成功こそがマイクロソフトにとっての成功」、今こそ人間中心の教育のデジタル変革を

――教育が産業界に与えるメリットにも言及し、積極的な投資を訴える

2019年6月13日、日本マイクロソフトは、米マイクロソフトコーポレーション ワールドワイドエデュケーション担当 バイスプレジデント アンソニー・サルシト(Anthony Salcito)氏の来日に合わせて、教育分野への取り組みを報道機関向けに紹介するプレスラウンドテープルを実施した。

マイクロソフトが目指す、デジタル時代の教育のあり方とは

サルシト氏はバイスプレジデント就任前から教育機関向け事業に従事しており、この分野で20年の経験があり、「教育者達は永遠に教室のヒーローである」を信念にしているという。

米マイクロソフトコーポレーション ワールドワイドエデュケーション担当 バイスプレジデント アンソニー・サルシト(Anthony Salcito)氏

サルシト氏は、教育機関にとってもデジタル変革が求められているものの、「実は最も重要なものは人間」とし、デジタル機器やツールよりも“人間”に主眼を置いて、教育機関のデジタル変革を進めていくべきだと強く訴えた。また、「教育に投資をすることは、産業界に直接的なメリットを与えることだ」とも語り、教育界に積極投資することで日本産業に直接的なメリットが生まれると主張する。

“人間”に主眼を置いてデジタル変革を進めていくべきと説くサルシト氏

「世界中の教育者と話をする機会があるが、利用する端末、Wi-Fiなどテクノロジーアジェンダが話題になることが多い。しかし、実は最も重要なのは人間だ。デジタル化の進展によって、教育のあり方に様々な意見があがっているが、実はデジタル化によって教育者の役割は増している」とサルシト氏は続ける。これは、「デジタルを活用することで、学習はもっとパーソナルなものとなっていくだろう。教師の役割も変わろうとしている」ことが影響しているという。

こうした変化を受け、国の教育が大きく変化している先端的な例がフィンランドだという。フィンランドでは、学生は自分たちが学んでいることには意味があると理解している。教育の方針も子どもたちの幸せを主軸に置いたものとなっている。

「こうした変化は教育の現場だけで起こっているのではない。産業においても変化が起こり、製造の経済から、クリエイティビティが中心へと変化している」と語り、マイクロソフト自身はこうした変化に対応していくために、新たな企業買収を進めているという。その例として、Minecraft、LinkedIn、GitHub、Flipgridの買収をあげた。

クリエイティビティ中心の変化に対応すべく、Minecraft、LinkedIn、GitHub、Flipgridを買収

Flipgridは、2018年にマイクロソフトが買収した教育用動画共有プラットフォームだ。「Flipgridを利用することで生徒の声を活かすことが可能となり、自分が何を学んだのかを共有することができる。実際の例として、恥ずかしがり屋で、教室内では自分の意見を言うことができない子供が、自分の意見を言うことができた」と例をあげた。

マイクロソフト自身は技術を提供しているが、「技術は世界にある様々な課題を解決するために活用することができる」と説明した。現在、ビジネスの現場で取り上げられることが多い技術、AI、IoT、MR、ブロックチェーン、量子コンピュータについても、「教育現場で活用していくことで、様々な課題を解決できる」と教育現場を変化させていくことにつながるものだと説明した。

教育現場での技術の活用シナリオ

「技術の力を活用することで、結果をより高いレベルのものにすることにつながる。学生は自分の能力を高めていくために技術を活用できる。ある子どもたちにとっては、技術が教育の機会を得ることにもつながるだろう」と語り、例として身体に障害があり、学校に行って学ぶことが難しい子供が、技術を活用することで学ぶことができるようになることなどを挙げた。

技術を活用することで教育の機会が広がる

しかし、新しい技術を教育現場で使うにあたっては、例えばAIには倫理と共に、法制度に基づいたものであることが必要となるなど、教育現場で利用していくためには、徹底しなければならないルールがあることも必要となるという。

そこで、倫理や信頼性などを担保するために、「TRANSFORMATION FRAMEWORK」という枠組みをサルシト氏は提唱する。「この枠組みは、どういう形で進むべきかを、コネクティビティがある形で実現するもので、マイクロソフトのテクノロジーだけでなく、他社テクノロジー、さらにはデジタル以外の紙ベースの勉強も取り込んだフレームワークで、安全に全てのものがつながっていく」とデジタル技術、アナログのものも含めてトータルで利用できるものとなると説明した。

倫理や信頼性などを担保するための「TRANSFORMATION FRAMEWORK」を提唱

「(デジタルを教育現場に取り込むことで)我々はチャンスを目の前にしている。ただし、このチャンスとは、マイクロソフトが成功するかどうかではなく、学ぶ子どもたちが成功するためのものだ。デジタル活用によって多くの学生が成功した、という状況を作ることこそ、マイクロソフトにとっての成功だと考えている。今回、私が来日したのもこれを実現するためだ」と、学生の成功こそがマイクロソフトの成功だと強調して締めくくった。

日本における教育のデジタル変革の現状

続けて日本マイクロソフト 業務執行役員 パブリックセクター事業本部文教営業統括本部統括本部長の中井陽子氏が事例を交え、日本の現状を紹介した。

日本マイクロソフト 業務執行役員 パブリックセクター事業本部文教営業統括本部統括本部長 中井陽子氏

「日本の大手教育機関でのクラウド採用率は年々拡大している。2017年度12%、2018年度24%と倍増しており、2019年度は45%となる見込み。Windows PCの導入についても、2018年度は13%増、2019年度は15%増と年々高まっている」と説明する。

日本のクラウドとデバイスの採用率

クラウド活用は、日本の教育機関が抱える課題を解決することにつながっており、愛媛県西条市では公務支援システムなど教育インフラをクラウド化した。これは、教員が従来通りに働くことが難しくなる中、リモートを活用した、安全で効率的に働く環境構築を狙ったもの。この成果は2019年2月、テレワーク推進の会長賞を受賞するなどの評価を得た。

北海道清水高等学校、多久市教育委員会、戸田市教育委員会ではMicrosoft 365を導入し、働き方や学び方を変える取り組みを行っている。豊島岡女子学園高等学校では、Microsoft Teamsなどを活用し、教職員の働き方を変えていく試みを行っている。

教育インフラをクラウド化して、教員の働き方や学生の学び方の改革を実現

高等教育における新規事例では、東海大学がHPC on Azureを活用した世界最高峰のソーラーカーレースでの活用、近畿大学がAIを活用し画像解析と機械学習を組み合わせた養殖の稚魚選別での活用、東京工業大学のHoloLensとAzureによる創薬のスマート化などが紹介された。

高等教育でもクラウド活用による実績が出ている

サルシト氏は、教育分野に最新技術を活用することは、日本が抱える課題を解決することにつながるものであり、「教育分野に投資することは、実は産業界に直接的なメリットを与えるものであることをよく認識して欲しい」とアピール、教育分野には産業界も協力して投資していく必要があると強調した。

しかし一方で、こうした理想的なデジタル活用と相反して、現実には小学校では安全への懸念もあって常時インターネットへの接続できていない、USBを利用できない仕様となっているなど、デジタル教育を実践するためのインフラが整っていないとの指摘もある。その点について中井氏は「ルワンダでは、国策として100ドルPCを子どもたちに配布し、変化が起こることを期待したのだが、実は配布だけでは変化は起きなかった。機器など環境を揃えるだけでは変化は起きない。実は重要なのは、どう変化していくべきか、方針を立てた上で、変革に取り組むこと」と指摘した。

サルシト氏も、「確かに子どもたち全員が自分用PCを持てば、操作に慣れていくなどメリットはある。確かにデバイスを揃えることは重要だ。だが、実はもっと重要なのはクリティカルシンキング、クリエイティブシンキングができる人材を育てることだ。教師は、コンピュータ環境だけに目を向けてはいけない。考え方を変えて、新しい人材を育てる意向を持っていくことが必要だ」と語り、変化に対応できる人材を育てる、教育界の意識変革の必要性を訴えた。

三浦優子

日本大学芸術学部映画学科卒業。2年間同校に勤務後、1990年、株式会社コンピュータ・ニュース社(現・株式会社BCN)に記者として勤務。2003年、同社を退社し、フリーランスライターに。PC Watch、クラウド WatchをはじめIT系媒体で執筆活動を行っている。