こどもとIT

世界の子ども1人に1台のPCを届ける「OLPC」設立者が講演――「今では学習ソフトのパッチの50%は子どもから提供される」

2018年8月2日、非営利プロジェクト「OLPC(One Laptop Per Child)」の共同設立者であるウォルター・ベンダー氏が来日し、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)にて講演会を行った。ベンダー氏は、OLPC共同設立者であり、子どものための学習ソフト製品の非営利プロジェクト「シュガー・ラボ」の設立者でもある。

OLPC(One Laptop Per Child)は、「すべての子どもにパソコンを」という理念に基づき、発展途上国など貧しい国の子どもたちにPCを1人1台届けることを目指す団体で、MIT(米国マサチューセッツ工科大学)メディアラボによって2005年に立ち上げられた。当時ベンダー氏はMITメディアラボの所長を務めていた。

MITメディアラボの考え方「7つの秘密」

ベンダー氏は、「MITメディアラボの所長を務めていた15年以上前に、『メディアラボの7つの秘密について』という講演を行った。その時と基本的な考え方は同じだが、変わってきたところもあるので1つずつ見ていきたい」として、Computational Thinking(計算論的思考)の観点から、メディアラボの考え方とOLPCの活動を関連づけて説明した。

ウォルター・ベンダー氏
① 「日」= 知識を得るための自由

メディアラボの1つ目の秘密は「秘密がないこと」である。太陽がすべてを照らすように、先生にも子どもにも知識を得るための自由がある。

② 「月」= 考え、実行し、反省するプロセス

月がどんどん形が変わっていくように、アイデアを考え、実行し、それについて話したり批判したり反省したりするプロセスが重要である。間違いを犯すことは避けられないものであり、もしあなたがミスをしていないとしたら十分なチャレンジをしていないということだ。また学ぶことは最終的な目標ではなく、旅路の途中であり、どこかで止まって振り返る時間も必要である。

③ 「火」= 自分がやっていることに情熱を持つ

物理学者のアインシュタインは「愛というのは義務よりもずっと強い力がある」と言っていた。自分がやっていることに情熱を持つことが何よりも大切である。

④ 「水」= 変革を受け入れる

ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「同じ川の水を2度踏むことはない」と言った。この15年で変革のスピードはどんどん速くなっており、変革を避けることはもはや不可能だ。変革を拒むことは失敗につながるため、変革を受け入れるメカニズムが必要となる。OLPCは教育のプロジェクトであり、世界のたくさんの先生と関わりあっているが、「先生も学べる」ということを改めて伝えたい。教育改革のためには、先生に対しても学ぶチャンスを与えるべきである。

⑤ 「木」= エンジニアリングとデザイン

15年前は、エンジニアリングとデザインは別物であり、エンジニアリングは「木」で、デザインは表側をどう見せるかというものだという話をしたが、今はこれは間違っていたと思っている。今は、エンジニアリングとデザインは、木の中で絡み合うようにお互いに依存しているものだと思っている。

昨今は、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)という考え方から、STEAM(Science, Technology, Engineering, Art and Mathematics)という考え方に変化してきている。科学にも芸術の要素を取り入れていくというアプローチだ。日本でも学研とプロジェクトをやっている(※)

(※)「未来の教室」実証事業 Music Blocks(steAm株式会社/株式会社学研プラス)

⑥ 「金」= 正しい物の見方に価値がある

正しい物の見方ができること自体に価値がある。先生は生徒がもっと知識を拡大できるように手伝いをしていくべきだが、さらに言えば、生徒がどこに行きたいかきちんと見極められるように手伝うことも先生の役割だと考える。

⑦ 「土」= 本当の問題に対処する

15年前は、産業界と学術界をつなげようというようにお話をしたが、今の取り組みとしては、「世界にある本当の問題に対処していこう」というアプローチに変わった。子どもたちには、現実に存在する問題に対して働きかける能力がある。

1台100ドル、野外でも使え、自分で修理でき、太陽光で充電可能なPCを開発

次にベンダー氏は、OLPCの行ってきた活動について解説した。OLPCは、まだタブレットPCなどが普及しておらず、PCが高価だった時代から、1台100ドルと安価で、ライフラインが整っていない環境でも使えるような省電力かつ頑丈なPCを開発し、世界の子どもたちに届けてきたという。

OLPCが実際に世界の子どもたちに届けたラップトップPC

ベンダー氏は、使ったPCを子どもたちが実際に野外で使っている写真を示しながら、「PCは机に座って使われるのではなく、“現実の世界”で使われている。もっとこうした場所でも使えるようなPCを開発するべきだ」とした。

また、PCは子どもが自分で修理できるようにデザインされており、ネジなどの部品も余分なものを同梱しているとして、「2007年に作ったものを今でも使ってもらっている。子どもたちが自分で修理できるからだ」と述べた。

さらに、PCは太陽光で充電できるように設計され、バックライトにはLEDを採用している。「このようなグリーンなラップトップは他にはない。PCはどんどん電気消費量が増えているが、業界自体が間違った方向に進んでいるのではないか」とベンダー氏は警鐘を鳴らす。

PCを野外で使用するタイの子どもたち
PCを自分で修理する子どもたち
太陽光でPCを充電するエチオピアの子どもたち

3000個のアプリが入った「Sugar」(シュガー)──パッチの50%は子どもから提供

配布したPCを子どもたちはどのように使うのだろうか。OLPCでは使用用途は決めず、非営利プロジェクト「シュガー・ラボ」を立ち上げ、3000個ほどのアプリが入った学習ソフトウェア「Sugar」(シュガー)を開発・提供したという。

シュガーは“ツールの集まり”のようなもので、よく使う機能を網羅したツールが多数入っている。子どもたちはこれらのツールを利用するだけでなく、ライセンスを付与することで、ソフトウェアのコードを変更したり改良したりすることも可能になるのだという。

ベンダー氏は、「シュガーを作った当初は、『実際に子どもがソースやコードを見たりするのか?』と聞かれ、私も『やらないですね』と答えていた。しかし、数年経つと状況は全く変わった。2012年にはシュガーのパッチの50%は子どもから提供されるようになった。ライセンスを付与し、やり方を教えてあげれば子どもたちは実際に使う」と述べた。

そこで、子どもたちがソースコードを触れるように、ソースコードをあえて最小化せず、子どもたちが初めて見たときにも読めるようにしたり、キーボードのキーを1つ押すだけでソースコードをコピーできるようにしたりといった工夫をしている。また、開発者やプロの大人が問題について話し合うチャットを公開し、実際の開発者がコードを組む時にはどういったプロセスを踏んでいるのかなども見せるようにしているという。シュガーのパッチを提供している子どもの最年少は10歳、平均でも12~13歳だという。

また、南米のウルグアイで2009年と2010年に行った調査によると、シュガー導入前の子どもたちは、PCを使って「ゲーム」をすることが多かったが、シュガー導入後は、ゲーム以外にも「文章を書く」「ソフトウェアのコードを書く」「絵を描く」「情報を検索する」など自己表現のためのツールとしてPCを使うことが増えたのだという。ベンダー氏は、「これは偶然に起こったことではなく、そうなるようにデザインしなければならない。私はシュガーをデザインするときに、常にこれが学びにどういう影響を与えるのか考えている。ユーザー・エクスペリエンスの話になるとすぐ“シンプルで簡単に使えるのが良い”という話になるが、学びの場では必ずしもそれが良いとは限らない。難しい部分を取ってしまうと学びは楽しくない」と語った。

子どもたちのPCの使い方がシュガー導入前と導入後でどう変わったか

音楽とプログラミングを融合した「Music Blocks」(ミュージック・ブロックス)

シュガーの中に入っている学習ソフトの1つとして紹介されたのが、音楽とプログラミングを融合した「Music Blocks」(ミュージック・ブロックス)だ。ブロックプログラミング形式で音階やピッチ、リズムを組み上げることができ、子どもたちはお気に入りの曲やオリジナルの曲を作る過程でプログラミングと数学を複合的に楽しみながら学ぶことができる。

音楽で数学とプログラミング
複合的な教育アプローチ
ピッチとリズム(音楽)も学べる
教育の根本「自由」を守る

ミュージック・ブロックスの開発者の1人であり、ニューイングランド音楽院ギター科長のデビン・ウリバリ氏は、「ミュージック・ブロックスでは、音楽と数学を自然に組み合わせることができるソフト。音の形が見えるようになっており、音楽の中に入っている数学の考え方や、数学の中にある音楽の考え方を発見することが楽しい。音楽を新しい方法で表現できるし、数学を音楽で発展していくこともできる」と述べた。

デビン・ウリバリ氏

例えば、バッハの「逆行カノン」という曲では、2つの旋律が回文のようになっており、最初から読んでも最後から読んでも同じ楽譜になっているという数学的要素が盛り込まれている。これをミュージック・ブロックスでプログラミングし演奏することで、音楽がどのように聞こえるかを確認できたり、音階が左右対称になっていることを確認できたりといったことが可能になる。

バッハの「逆行カノン」をミュージック・ブロックスでプログラミング、演奏したデモ

ウリバリ氏は教育者でもあり、「子どもに音楽を教えるときにミュージック・ブロックスを使うととても役に立つことが多い。いろんな角度から音楽を学ぶことができる。ミュージック・ブロックスはソースコードもアップされており、今も世界中の子どもたちが共同開発に携わっている。教育には自由なソフトウェアが大切だ」と語った。

池辺紗也子