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世界最大級の教員研修「Microsoft Education Exchange 2018」レポート──国・民族の違いを超えた教師が集まる

教育分野に力を入れる米マイクロソフトは毎年、世界中のマイクロソフト認定教育イノベーターが集結する教員研修「Microsoft Education Exchange」を開催している。2018年の今年は3月13日~15日の3日間で実施され、開催国となったシンガポールには、世界91ヶ国390名もの教育者および教育団体のリーダーが集まった。日本からも6名の認定教育イノベーターが参加した。世界規模で開催される教員研修とはどのようなものだろうか。現地取材した模様をレポートしよう。
「Microsoft Education Exchange2018」に参加した6名の日本の教育者たち。左から、小池翔太氏、堀田隆史氏、堀井清毅氏、稲葉通太氏、岩田智文氏、角田佳隆氏

マイクロソフト認定教育イノベーターが集結する世界規模の教員研修

2018年3月13日~15日の3日間、米マイクロソフトが開催する世界規模の教員研修「Microsoft Education Exchange 2018」がシンガポールで開催された。マイクロソフトでは毎年、教育現場におけるテクノロジー活用を先導する教育者を「マイクロソフト認定教育イノベーター」(Microsoft Innovative Educator Experts, 以下、MIEE)として各国で選出し、さまざまサポートを行うとともに、世界最大級の教育関係者コミュニティ「Microsoft Educator Community」を築いている。

同イベントは、MIEEに選ばれた認定教員や教育団体のリーダーが世界各国から集まる研修プログラムだ。国や地域、民族、宗教など、バックグラウンドの異なる教育関係者らが一同に集まり、テクノロジーを活用した先進的な教育実践や教授法、その成果などを共有したり、教育者同士がコラボレーションしながら新しいレッスンプランを創造するグループワークに挑む。2018年は、世界91ヶ国から390名もの教育関係者らが参加し、日本からも6名のMIEEが参加した。

「Microsoft Education Exchange 2018」の集合写真

「Microsoft Education Exchange 2018」では、全ての参加者が2つのアクティビティに取り組む。そのひとつが「Educator Challenge」と呼ばれるグループワークで、バックグラウンドの異なる教師がチームとして協力しながらひとつのレッスンプランを作りあげるというもの。もうひとつは、「Learning Market Place」と呼ばれる個人発表で、教育者たちのこれまでの実践をポスターセッションのようなスタイルで披露するものだ。

ちなみに、研修中のこうした活動はすべて英語で行われる。参加者した教育者の多くは英語が第1言語ではないが、活動前に翻訳アプリを使ってコミュニケーションをとるよう、研修では勧めていた。

「Microsoft Education Exchange 2018」の全体研修の様子
2日目のキーノートには、Worldwide Education部門のVice PresidentであるAnthony Salcito氏も登壇した

バックグラウンドの異なる教師が、協力して作り上げるレッスンプラン

グループワークの「Educator Challenge」から、詳しく紹介しよう。前述したように、この活動においては、参加者全員がグループに分かれ、与えられたテーマに基づいてレッスンプランを作る。今年のテーマは、“コンピュテーショナル・シンキング”で、どのような授業でどんな風にコンピュテーショナル・シンキングの4つの要素である「Decomposition(分割)、Pattern Recognition(パターン認識)、Abstraction(抽象化)、Algorithmic Thinking(アルゴリズム)」を教えるのかを考えなければならない。このグループワークはチーム対抗となっており、最終的に、レッスンプラン内容を2分のプレゼン動画にまとめて提出し、アワードをかけて競い合うというものだ(審査は非公開)。

日本から参加した千葉大学教育学部附属小学校・小池翔太教諭のチームは、8歳~10歳を対象に「フェイクニュースを見分ける力を身につけよう」をテーマにした課題解決型学習を考えた。小池教諭は「チームのメンバー全員が新聞を作った授業経験があったので、そこからレッスンプランを作れないかと考え始めた。日本で熊本地震の際にフェイクニュースが広がり、問題になったことを話すと、“いいね”と言ってもらえてテーマが決まった」と話す。

小池教諭がいたチームのグループワークの様子。同チームは、アメリカ、インド、香港、日本の4ヶ国のメンバーで構成されており、全員が小学校の教師だという

小池教諭のチームが考えたレッスンプランでは、子どもたちは最初に、タイトルやリード、写真のクレジットなど新聞の基本的な体裁を知り、正しいニュースとフェイクニュースを見分けるためのポイントを学ぶ。その後、紙メディアとオンラインメディアの違いについて考え、与えられた記事の中からフェイスニュースを見つけるグループ活動に取り組む。最後はフェイクニュースの問題点について話し合って、その内容を要約し、番外の活動として、子どもたち自身が新聞記者になって学校のニュースを伝えるという内容まで盛り込まれている。

肝心のコンピュテーショナル・シンキングについては、グループでフェイクニュースを見つける活動をする際に、記事の内容を細かく切り分けて、ひとつひとつを分析するという学習過程でDecomposition(分割)とAnalyze(分析)の思考を用いるとしていた。

小池教諭はグループワークを振り返り、「途中でメンバーの意見がまとまらず苦労した部分もあったが、互いに理解し合う雰囲気で進められたので、自分の意見もしっかりと伝えられた。他の国の先生から“レッスンプランの構成を任せたい”と言われる場面もあり、ICTの整備が遅れている日本であるが、我々が普段行っている指導は遅れていないと感じた」と述べた。

会場となったホテルのあちらこちらでグループワークを行う教育者たち。研修は、午前中に全体研修、午後からグループワークというタイムテーブル
グループワーク終了後は、さまざまなツールのデモを体験することもできる

外の世界に出たからこそ実感できる、子どもの笑顔がゴールではない

同じく日本から参加した西町インターナショナル 初等部 日本語カリキュラムコーディネーター・堀井清毅教諭のチームを紹介しよう。同チームのメンバー構成は、イスラエル、香港、南アフリカ、日本の4ヶ国で、全員が「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」を取り入れた授業を実践した経験があるという。

レッスンプランには、8歳から10歳を対象に「ごみの削減問題」をテーマにした教科横断型の学習を考案した。ただし、同チームにはコンピュテーショナル・シンキングのほかに、“Innovative(革新的)”であることがレッスンプランの条件として与えられていたため、これまでにないような学習内容に仕上げることにこだわったというのだ。

堀井教諭は「ごみの削減問題をテーマにすると決めたものの、リサイクルやリユースの話ではよくある学習なので、イノベーティブな内容にするためにはどうすればいいか、1日目はかなり議論しました。その結果、古いものを作り変えて新しいものへ生まれ変わらせる“revive(蘇生)”はどうかと案が出て、子どもたちがゴミから何か新しい作品を作り上げるレッスンプランを考えました」と経緯を語る。

具体的に、子どもたちは最初、ごみの削減問題に関する動画を視聴し、それを元に原因や背景、問題点を洗い出す。その後、学校や家庭などでごみの廃棄方法について調査し、グループで話し合いながら、どのゴミを生まれ変わらせるのかを決める。続いて、選んだゴミから何に作り変えるのかをPaint3DやMixed Realityを活用してデザインした後に、実際の制作に取り組み、できあがった成果物は、ルーブリックの評価項目に合わせて自己評価する。最後に成果物をプレゼンテーションして、レッスンプランは終了という流れだ。コンピュテーショナル・シンキングについても、ごみ問題の原因や事象などを系統的に考える際に活かすという。

堀井教諭はグループワークを振り返り、「レッスンプランの骨組みが決まるまでは時間がかかったが、その後はアセスメント(評価)や授業デザインの作成、提出用の動画の編集など役割分担しながら進めた」と話す。そして最終日に開催されたアワード発表においては、堀井教諭のチームが「Algorithmic Thinking(アルゴリズム)」のカテゴリで見事1位を受賞した。

堀井教諭のチームはアワード発表の「Algorithmic Thinking」のカテゴリで1位を獲得した

アワードの受賞について堀井教諭は、「相互依存できるチームであったことが良かった。メンバー全員は異なる部分がたくさんあるのにも関わらず、ひとつのゴールに向かって切磋琢磨することができた」と話す。同じ教師たるもの、子どもたちのために良い授業を作りたいという気持ちに国境はなく、チームに貢献したい気持ちが生まれていったというのだ。

また一方で堀井教諭は、「こうしたイベントで多くの教師と触れ合い、改めて外に出ないと分からないことがたくさんあることに気づいた。教師は日々の多忙な仕事に追われて、子どもたちの笑顔に満足してしまうところがあるが、そこで安心してはいけない。他者に評価され、世界が広いことを知り、多様性を感じながら自己研鑽することが大切だと思った」と語った。

全教育者がこれまでの実践を披露する「Learning Market Place」

前述したように、同イベントではグループワークのほかに、全教育者がこれまでの実践を発表し合う「Learning Market Place」という活動もある。参加した教師たちに一定のスペースが与えられ、ポスターセッションのようなスタイルで、カジュアルに交流し合う。

全教育者がこれまでの実践を披露する「Learning Market Place」では、教育者同士が会場を自由に歩き、カジュアルな情報共有、交流ができる

日本の認定教育イノベーター愛知県江南市立西部中学校の岩田智文教諭は、自身が取り組む遠隔授業を展示した。大学の研究室と中学校をSkypeでつなぎ、生物学の専門家と定期的にインタラクティブな授業を実践しているという。ほかにも、ArtecブロックとStuduinoで作成したウォシュレット付きトイレや、Minecraft:Education Editionの「ケミストリーリソースパック」を活用した化学の授業など、生徒が楽しめる理科の実践事例を展示した。岩田教諭の展示は海外の教育者の興味を引き、同教諭に質問する者も多くいた。

愛知県総合教育センター協力研究員 愛知県江南市立西部中学校 理科主任 岩田智文教諭のブースの様子
和歌山市立東中学校 角田佳隆校長。AR(拡張現実)の技術を使用した東京書籍の「マチアルキ」システムの事例を展示。不登校の生徒に配布するプリントや、街中のスポットにARを組み込み、状況に応じた情報を提示する教育活動を紹介した
札幌市新陵小ミニ児童会館館長(元札幌市立福井野中学校校長)の堀田隆史氏。地域の中学校や子どもたちを対象に行っているMinecraft:Education Editionを活用したプログラミングの授業やワークショップを展示した
大阪府立堺聴覚支援学校 稲葉通太教諭。PowerPointの実践が豊富で書籍も執筆。地下鉄の運転手をめざす聴覚障害のある生徒がPowerPointで自身の夢をプレゼンし、大阪府の地下鉄運転士らとのコラボが実現した取り組みを紹介
西町インターナショナル 初等部 日本語カリキュラムコーディネーター 堀井清毅教諭。森林保護をテーマにした課題解決型学習や「森林えほんコンテスト」、Minecraft:Education Editionを活用した学校紹介の事例などを展示
千葉大学教育学部附属小学校 小池翔太教諭。小学3年生を対象にしたプログラミング授業を紹介。Hour of Code、Minecraft:Education Edition、micro:bitなどを活用した実践を展示した

教師の世界を広げよう!マイクロソフト認定教育イノベーター2019募集

このように、世界規模で行われた「Microsoft Education Exchange2018」では、認定教育イノベーター(MIEE)に選ばれた教師らが、世界の教育者らと直に交流しながら、日本では経験できない研修が受けられるのがメリットだといえる。

もちろん、日本にいても授業力を高める研修は多くあり、自己研鑽の機会にはなるだろう。しかし、世界の教師ら一同に集まって教育を語る、そのパッションは明らかに日本で行われている研修とは違うのだ。テクノロジーはツールでしかないが、教師の使い方ひとつで、子どもたちの学びを変えることができる。日本の教育現場を変えるためにも、教師自身が変わるきっかけを与えてくれる、こうした世界へ扉を叩いてほしい。

認定教育イノベーター2019の募集が始まっている。教育関係者の皆様で興味のある方は、下記のURLからアクセスを。

【MIEE2019募集】
URLhttps://education.microsoft.com/Start/Welcome?ReturnUrl=%2fmieej_2018
募集締め切り2018年7月14日(土) 中まで
選考結果の通知時期2018年8月24日(金)

神谷加代

教育ITライター。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。