こどもとIT
エンジニア視点が豊富!「こどものプログラミング教育を考える2018」開催レポート(1日目)
2018年3月19日 06:00
「プログラミング教育系のイベントでありながら、エンジニア寄りのスピーカーが多いかも……」。そんな印象を受けるカンファレンス「こどものプログラミング教育を考える2018 ~2020年度を見据えた地域の教育実践例~」が、2018年2月23日、24日に明星大学で開催された。
「オープンソースカンファレンス2018」の併催イベントのため、会場はブース出展でもにぎわった。今回は、1日目のセッションからいくつかのトピックスをレポートしよう。
「教員の卵」も地域も学校も企業も巻き込む!明星大学のCOPERUプロジェクト
まずは、明星大学情報学部准教授・早稲田大学理工学術院客員主任研究員の山中脩也先生から、カンファレンスの開催主体である「明星大学プログラミング教育連携研究ユニット(COPERU PROJECT)」が紹介された。
明星大学は教員養成に強く、小中高の教員を毎年200名輩出し、独自のネットワークを生かして学生の学びや経験をサポートしている。2020年にプログラミング教育が一斉スタートすることを受け、自治体から大学への問い合わせが増えており、研究を進める中で山中先生が感じた課題は、小学校の現場の教員の多くに「プログラミング教育の重要性と緊急性が周知されていないこと」だという。現場の教員から挙がる疑問はほぼ3つに集約されるそうだ。
1. なぜプログラミングを学ぶのか
2. なにをプログラミングするのか
3. どのようにプログラミングを教えるのか
これらの問いに対して根拠のある答えを発信していこうというのが、この「COPERU PROJECT(COPERU=Collaborative Programming Education Research Unit)」。山中先生の所属する情報学部だけでなく、教育学部、理工学部、学内の複数のセンターが連携し昨年発足した。
学部横断的に有志学生が集まった「プログラミング教育ゼミ」が中核となり、小中学校のプログラミング指導案の作成を行っている。すでに独自のコンセプトに基づいた教材で、日野市の小学校や児童館、荒川区の中学校でプログラミング教育を実施してきた。今後も、指導案の作成と地域での実践、その検証とディスカッションを繰り返して行く予定だ。
明星大学内の閉じたプロジェクトではなく、自治体、小中学校、企業と連携した地域共創の場として、上記3つの問いに答えられるコミュニケーション拠点となるようなリアルな場づくりを目指している。具体的には、プログラミングと暮らしの関連を知るための「ミライノクラシ体験型研究室」の運営、プログラミングを使って自由に作品を作成できる「プログラミングジム」等の構想があるそうだ。
教員養成の学部がある大学だからこそできる「教師の卵」を中心に据えた取り組みが始まっている。
山中先生は、プログラミング教育におけるプログラミングを、「コンピューターに指示・命令をすること」というより「コンピューターと対話すること」と解釈し、教員の役割を「Teacher」というより「Facilitator」と位置づけている。この考えに基づいた実践は独特の面白さがあるので、2日目のレポートで改めて紹介する。
Japanese Raspberry Pi Users Group代表から見た日本のプログラミング教育の課題
「ラズパイ」と呼ばれて親しまれているRaspberry Pi(ラズベリーパイ)は、小さな基板ひとつ分に納まったシングルボードコンピューター。イギリスの Raspberry Pi Foundationによって、コンピューターサイエンスの教育用に安価なコンピューターとして開発されたものだ。このRaspberry Pi Foundationの公式ボランティアでもあり、Japanese Raspberry Pi Users Group代表の太田昌文氏は、イギリスの状況に触れながら日本のプログラミング教育への懸念事項をあげた。
イギリスの場合、小学校からプログラミングを含む授業があり、国の後押しもあるのだろうが推進の勢いがすごいという。Raspberry Piも学校に最優先で納められていく。ただ、もちろん問題もあり、とにかく教えられる先生が足りないそうだ。Raspberry Pi Foundationでは、オンラインコンテンツで先生や子どもがトレーニングに利用できるよう整備してサポートしている。また、学校が主導出来ない部分を、後述するCoderDojoやCode Clubといったボランティアのプログラミングクラブがボトムアップでカバーしている。これは日本でも同じ課題としてとらえる必要がある。
太田氏から見た日本の懸念事項は、「大人が手や口を出してしまう」環境だ。子ども向けのコンテストの審査員をやると明らかに大人が書いたとわかるコードがあり、拙くても子ども自身が考えたプログラムであって欲しいと訴えた。メーカーフェアなどでも親の干渉の強さを感じることがあるという。学校現場においても、いかに子ども自身が考え試行錯誤する余白を確保するか、という意味で参考にすべきポイントだろう。
また、前職で文教ビジネスに携わっていた経験から、日本の教育予算が少なすぎることや購入制度そのものにも言及した。市区町村レベルではなく国レベルで考える必要にも触れながら、教育ツールのことなのに価格のことしか話題に上らないような状況には違和感を示した。
Raspberry Piについては、イギリスでは元来教育用コンピューターとして開発されたが日本では電子工作用の機器として最初に浸透したという背景を説明した上で、日本の教育現場で取り入れるときの心配事にもあえて触れた。
例えば、電子工作だとハンダ付けなど作業の壁が高くなるという作業上の問題や、昔ほど今の子どもはハードウェア自体に興味を持たない可能性を指摘した。また、安価な教育用コンピューターという観点で、「日本はタブレット端末が手に入りやすいのだからそれを使えばいいじゃないか?」と指摘されることもあるという。
逆に、ラズパイの方が向いている環境やラズパイだからこそできる学びの形もたくさんあるだろう。様々な機器・ツールがある中、機器ありきで学びの形を考えるのではなく、それぞれの機器の特徴を見極めて、適材適所で教材を選択することの大切さを改めて感じさせられた。
全ての市立小学校でプログラミング授業を実施するまでの相模原市の道のり
相模原市立総合学習センター 学習情報班 岡部竜生指導主事は、市のプログラミング教育の取り組みの概要を紹介した。
相模原市は小学校段階でのプログラミング教育を、「プログラミングの体験」と「各教科の論理的思考を育てる場面でプログラミングをツールとして使う」に分けて考えている。今回は、3つの実践が紹介された。
2017年度は、市立全72の小学校全てで、4年生の算数「およその数」の理解にScratchのプログラミングを使った学びを取り入れた授業が実施された。ここでは、どのようにして全ての学校で実施したかに注目したい。
まず、全小学校で使用できる指導計画や指導案を作成し、それをもとに、市内の全小学校の4年生担当の先生を呼び、センターで研修を実施。研修ではパソコン画面の操作が得意でない先生に配慮して、操作資料を用意し、子どもたちが授業で使用するワークシートを使い先生が実際にプログラミングソフトを体験しながら学べるようにしたという。さらに、先行実施した授業の動画をイントラネットで配付した。
これらのステップを踏んで、市立全小学校4年生およそ6000名に対してプログラミングの授業を実施できたという。しかし、先生自身のICT機器の習熟やプログラミングへの理解にはばらつきがあり、まだまだ不安感や抵抗感も強い。そんな中でも、指導計画等の提供と丁寧な研修を経て、必ず授業を実施するという体制をとったことで、全ての学校が「プログラミングの授業をやった」という経験をもつことができた。これは大切なスタートだ。
続いて市立淵野辺小学校教諭の平本彰先生から、6年生の理科「発電と電気の利用」で「レゴ WeDo 2.0」を使用した実践と、4年生理科「もののあたたまり方」で、IoTデバイスを使用した実践が報告された。いずれもメーカーと協力して授業づくりを行った。
この実践では、子どもたちが生き生きと取り組む様子が見られ、新しい授業スタイルや学びのスタイルを見た気がする。しかし、学習指導要領解説の例示にそって理科の学びと丁寧に連結しようとすると、装置やセッティングが大がかりになってしまう印象を受けた。
この事例に限った話ではなく、教科の学びとプログラミングを結びつける場合、教科の学びの部分とプログラミング教材を用いた試行錯誤の経験の2つのバランスをどう取るのか、ということをよく検討・検証していく必要がありそうだ。
平本先生が「センサーを利用した測定は、教員にとっては目新しくても子ども達にとっては『当たり前』に見えたかもしれない」と話していたのが大変興味深かった。生まれた時から日常的に洗練された電子機器に囲まれている今の子ども達の視点は、当たり前だが大人とは違う。興味のトリガーも別のところにあるだろう。そんな気づきは、デジタル世代ではない大人がデジタル世代の子ども達にプログラミング教育をするときに大切な視点になるはずだ。
柏市と連携するCoderDojo Kashiwaからみた教育行政と民間の立ち位置
一般社団法人CoderDojo Japanの理事で、現役の大学生でもある宮島衣瑛氏は、千葉県柏市におけるCoderDojoと教育委員会との連携について話した。
CoderDojoは、アイルランドで始まった無料の子どものためのプログラミングクラグ(道場)で、ボランティアにより、非営利で運営されている。活動自体がオープンソースなので、定められたルールを守れば世界中の誰でも開くことがきるという特徴があり、日本では現在全国40都道府県119のCoderDojoがあるという。「プログラミング教室」のようにカリキュラムに基づいて何かを教えてくれる場所ではなく、子ども自身がやりたいプロジェクトを進める場所で、ボランティアのメンターがそれをサポートする。
柏市には宮島氏が高校生の時に開いたCoderDojo Kashiwaをはじめとし、現在4つのCoderDojoがあり「柏市内のどこでもプログラミングができる」よう活動している。
教育行政の側でも、柏市は過去にさかのぼってプログラミング教育に積極的な背景があり、2017年度には全ての小学校で4年生の「総合的な学習の時間」2時間分、Scratchを使ったプログラミングの授業を実施した。これらの取り組みにCoderDojo Kashiwaは全面協力しているだけでなく、今年度だけで、教育委員会主催でプログラミングに関するイベントやコンテスト、フォーラム等を次々に実現している。
こうしてCoderDojo Kashiwaが市教育委員会と良好な協力関係を築いていることは、新学習指導要領で掲げている「社会に開かれた教育過程」の姿そのものだろう。協業するには、「教育行政と民間が押し付け合うのではなく、相互のリスペクトが重要だ」と語ったのは印象的だった。
宮島氏は、新学習指導要領のポイントをおさえた上で、現時点でよく混乱を招くポイントをわかりやすい解釈で整理した。まず、「プログラミング教育」と「エンジニア教育」を分けて考える必要がある、という点だ。小学校でやろうとしているのは、思考力を養うリテラシーとしての教育であって、職業訓練のごとくエンジニアを養成することではない。
また、学校の役割としては、プログラミング教育の入門部分を担うこととし、その先もっとやりたい子ども達が意欲をもって学べる受け皿が地域に存在する形が望ましいとした。もちろん興味を持たずに入門で終わる子どもがいてもいい。
その上で、全ての日本の子ども達が義務教育でプログラミングをやること自体に意義があるという主張は明快に響いた。
なお、柏市ではITアドバイザー(支援員)と担任のチームティーチングでプログラミングの授業をしているが、ボランティアの育成にも積極的で、「プログラミング教育市民学習支援ボランティア制度」を設け3日間にわたる研修を行っていることが紹介された。ボランティアの募集で集まるのは必然的に年配の層が多いというから、授業内容のみならず、人材の確保についても、今後さまざまな工夫が共有されていく必要があるだろう。
2日目のレポートも、さくらインターネットの前佛雅人氏ほか、エンジニア視点のセッションが続く。レポートは後日掲載予定なのであわせてご覧いただきたい。