電力自由化特集
柏崎刈羽原子力発電所が取り組む想定外の危機への対応策
2016年7月15日 00:00
白熱電球はLED電球に変わり、エアコンや冷蔵庫、洗濯乾燥機などは軒並みエコ運転モードを搭載し、省エネ性を追求している。
ところが、多くの人は「省エネ家電に買い換えたのに、去年や一昨年の同じ月と比べると、さほど安くなっていない」と感じているだろう。あるいは「むしろ電気代が高くなった」という人もいるのではないだろうか。東日本大震災(以下、3.11)以降、オフィスや店舗、公共施設の蛍光灯については、ところどころ抜かれたままの状態が今も続いている。
以下のグラフは一般家庭の1カ月あたりの平均電力消費量を年度ごとにまとめたものだ。
平均電力消費量は2000年~2010年をピークに、2013年にはかなり減少している。1995年当時の平均電力消費量と同等だ。
一方、電気料金の推移を見ると、3.11以降で高騰しているのがわかる。昭和60年(1985年)以降、技術革新や原子力発電所の本格稼動で徐々に安くなってきた電力だが、ここ数年間の上昇率は、昭和48年(1973年)~55年(1980年)にかけてのオイルショック並となっている。
3.11以降の平均単価は、一般家庭向け(電灯料金)が約25%、工場やオフィスなど産業向け(電力料金)では約38%も値上がりしている。
筆者は専門アナリストではないが、素人目に見ても先進諸国から解離しているのがわかる。
電力高騰が日本の未来を左右する
オイルショックでは、原油価格の高騰により電気代が高くなった。しかし高度経済成長がそれを支え、電気代の高騰もなんとか収まった。それを期に、電力は原子力発電の導入を進め、石油依存からの脱却を図る。結果、電気代は安くなり、日本の発展を影から支えてきた(先の電気料金の推移を参照)。
今回の電気代値上がりの原因は、ほぼオイルショック時と同じで燃料費の高騰にある。異なるのは石油ではなくLNG(液化天然ガス)という点。3.11以降、LNGは2014年まで世界的に高騰し、それに引きずられる形で電気代が高くなっている。
加えて発電コストの赤字分を利用者(=国民)全員で負担して、クリーンエネルギーの促進を図る「再生可能エネルギー発電促進賦課金」が電気代に加算されている。
上のグラフのように、再生可能エネルギーは発電コストが高い。特に太陽光発電は、火力の5倍もコストがかかる。そのため国は、各家庭で発電した余剰電力や、クリーンエネルギー事業者から電力を買い取る保障をしている。
よく言えば「将来に向けた新しい電力発電への投資をみんなで負担する」、悪く言うと「発電コストによる赤字分を国民で負担する」ということになる。現時点の再生可能エネルギーで、休止している原子力発電所の電力をまかなえるのは、コスト的に見ると風力だけ。地熱発電はまだ実験段階、そのほかは実験段階かコストが高すぎるという点で現実的ではない。
こうして日本の電力事情は、10年も経たずに激変し、電気料金は世界でもトップクラスの高さになってしまった。電気エネルギーを使って大量の情報を加工、配信、解析、入出力するこの時代において、電力問題は深刻であることはもうおわかりだろう。
危機的なエネルギー事情を回避する政府の答え
日本の危機的ともいえるエネルギー事情は、政府も把握するところ。これまでの「国定公園だから地熱発電所は作れない」という見解をひるがえし、地熱発電にも取り組み始め、シェールガスの採掘、バイオマス発電の研究などにも本気で取り組み始めている。とはいえ、実験段階で実用化はまだ先だ。
石油や石炭を燃料にした火力発電は、Co2問題があり増強するのは難しい。石油や石炭に比べCo2排出量が少ないLNGは、ここ2年で産出量が安定してきたが、LNGのみに依存するわけにもいかない。
一方、既存の原子力発電所は、九州の川内原子力発電所を除き運転停止状態にある。ただ運転停止中でも、燃料棒の冷却や管理、メンテナンス、さらに後述する工事が必要だ。本来は発電所なのだが、停止を維持するために大口の電力消費者になってしまっている。
そんな中政府は、エネルギー問題の危機回避的な意味も含め、原発の再稼動に向けて動いている。ただし再稼動については、3.11で学んだ「予測を超えた危機を回避できる」という条件を課している。つなぎ融資的な原発の利用になるのか? 将来的にも使うのか? 疑問は尽きない。
過去最大ではなく未知なる危機に備える原子力発電所
政府の指針に基づき、「予測を超えた危機を回避できる」という安全対策を実施中なのが、今回取材した柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎刈羽原発)だ。
敷地は、新潟県柏崎市と刈羽市にまたがっており、模型の手前側が柏崎、奥が刈羽市となっている。その中間には海抜55mの人工の山があり、山頂には貯水池が設けてある。この水は井戸水をポンプで汲み上げてきており、非常時には電源を失っても重力で淡水を供給できるようになっている。
敷地内には7機の発電施設があり、柏崎側に1~4号、刈羽側に5~7号機がある。2~5号機で利用している原子炉は、第4世代型のBWR-5(マークII改)と呼ばれるもの。福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)のそれとは形がかなり違っており、信頼性や運転性能、安全性に加え出力もアップしている。
6、7号機は、BWR(Boiling Water Reactor;沸騰水型軽水炉)をさらに発展させた、ABWR(Advanced Boiling Water Reactor)型だ。どちらも簡単に言うとウラン燃料を核分裂させて発生する熱でお湯を沸かし、その蒸気の力で発電タービンを回すというもの。
施設 | 1号機 | 2号機 | 3号機 | 4号機 | 5号機 | 6号機 | 7号機 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
電気出力(万kW) | 110 | 110 | 110 | 110 | 110 | 135.6 | 135.6 |
原子炉形式 | 沸騰水型軽水炉(BWR) | 沸騰水型軽水炉(BWR-5) | 改良型沸騰水型軽水炉(ABWR) | ||||
格納容器形式 | マークII | マークII改 | 鉄筋コンクリート製(RCCV) |
原子炉内には、冷却する水を再循環させる配管とポンプセットが必要になるが、BWR型が長く複雑な配管を必要としたのに対し、ABWR型は配管をなくし、ポンプを圧力容器(炉)に直結している。これにより配管の破損率が低くなるだけでなく、作業者が受ける放射線量の低減や運転性能、経済性も向上している。
なお福島第一原発(1~5号機)は、1976年(昭和46年)~1978年製なので、古い原子炉と言ってもいいだろう。
また、福島第一原発で問題となった津波対策としては、まず高さ15mの防潮堤を備える。さらに、万が一防潮堤を越えることがあっても地下施設が水没しないよう、各エリアには水密扉が何重にも設けられている。
さらに、建物の側面にある空気取り入れ口が浸水しないような対策が施されている。
海水対策をする一方で、緊急時に放射性物質を建物外部に漏らさないようにする必要もある。そのため原子炉は、何重もの壁に守られている上、原子炉で沸かした放射性物質を含む蒸気をいち早く遮断するために、格納容器の内側と外側に「主蒸気隔離弁」が設けられている。
この弁はバネ式になっていて運転時は窒素でバネを縮めて弁を開け、緊急時にはバネの力で弁が閉じるようになっている。先の貯水池も同じだったが、重要な箇所は電源をすべてロストしても、重力などの自然エネルギーで駆動するようになっている。
原子炉から出る放射性物質を含んだ蒸気が、配管を通じてタービン建屋に放出され発電機を動かす。
これらの写真は原子炉のまさに中心部である。その間を隔てるのは、ガラス1枚という部屋から見学している。放射線が非常に気になるところだが、筆者の胸に着けていた被ばく量計は0ミリシーベルト(施設内を1時間ほど視察した累積値)。運転停止しているとはいえ、病院のCTスキャンの方が数値が高いというのに驚いた。
ちなみに、自然界などから受ける放射線は以下の通り。
・自然界から1年間に受ける放射線:2.4ミリシーベルト
・レントゲン(X線)写真1回:0.6ミリシーベルト
・CTスキャン1回(胸部)1回:6.9ミリシーベルト
また、格納容器の圧力を下げる「ベント」については、アクチュエータ化されており、遠隔操作が可能となっている。さらに危機を回避する手段として、ユニバーサルジョイント(車のハンドルと同じ回転駆動軸)で駆動軸を外に引っ張りだしている。
これは、放射線量が1区画外から人力で解放できるよう、何重にも確保されたフェイルセーフだ。福島では放射線量が高く、手動でベントするのに手間取った問題があったが、柏崎刈羽ではその教訓が活かされていると言える。
福島では電源車等の問題が取りざたされたが、柏崎刈羽では、施設内の送電線やディーゼル発電がアウトとなった場合は、ガスタービン式の発電車などで電力を補えるように強化されている。さらに、発電所よりも高い山に作られた駐車場に、消防車や大容量放水車、代替海水熱交換器車などとともに待機している。
ほかにも、施設の補強や電源の強化、ベント時に放射性物質を取り除くフィルターの追加、循環冷却系のフェイルセーフ化、活断層の調査などなど、あらゆる危機に備える安全対策工事が施されている。しかし原発という施設ゆえ、撮影禁止の部分も多く、またすべてを説明していると、本が1冊書けてしまうほどなので、ここでは割愛させていただきたい。
ただ筆者が見た限りでは、考えうる危機に手を打つため、施設内はすべて工事中、もしくは改良工事を終えて厳しいテスト段階といった感じだった。
未知なる危機を制するのは人間・組織・オペレーション
ここまでハードウェア面を見てきたが、ここからはソフトウェア面での改善点を紹介したい。
考えうるあらゆる危機に対して手を打っているハードウェアだが、想定外の事態が起きたときに最後の砦となるのは人間の知恵と行動しかない。またハードウェアを組み合わせ、手順を考え、状況に応じて問題を解決するのもやはり人間だ。その頭脳となる人や、直接問題解決にあたる作業員を守るのが免震重要棟だ。
危機管理で重要になるのが、巨大な緊急時対策室だ。テーブルごとに担当する原子炉がわかれており、それぞれ責任の範囲内において最善の対策を練るという。合わせて各所に連絡・通報をする班、資材などを調達する班、総務系を一手に担う班など、サポートチームも一丸となってオペレーションにあたる。
フロアには巨大モニターがあり、各種パラメータを共有できるだけでなく、現場のリアルタイム映像、モニタリングポストの値などが表示される。これらの情報は、各テーブルのモニターでも共有できるようになっている。
このフロアでもひときわ目立つのが、ガラスで仕切られた本部室だ。パトランプが設置され、重要なコマンドが各チームに伝達される。
福島第一原発では命令(責任)系統が集中しすぎてしまったため、組織系統も見直された。本部室には、各部門の責任者が集まり、本部長を中心に、対策の「目標」を定める。各チームはその目標を達成すべく、自ら考え、行動し、結果をフィードバックする流れになっているという。もちろん目標は、状況に応じて刻々と変わるので、このサイクルを繰り返す。
ガラスで仕切られているのは、周りの喧騒を抑え、本部室に伝わる情報を迅速に取捨選択できるようにするため。情報伝達や状況確認、意思疎通などには、新しくITツールも加わり正しい情報を正確に素早く共有できるようになっている。
対策室で重要になるのは、緊急時の対応だけではない。原子力規制庁や政府、地元自治体や警察、そして消防や東京電力本社など関連する機関が多数あり、それぞれの機関と密にコミュニケーションしなければならない。そのためホットラインをはじめ、停電時でも使える電話、衛星電話、携帯電話、移動衛星電話など通信網もフェイルセーフ化されている。
現在、柏崎刈羽原発は、すべての原子炉が停止している。かといって職員は休んでいるわけではなく、これまでに過酷な事故に対する訓練を52回、個別訓練を約9,200回(いずれも2016年5月現在)行っている。よりリアルな状況を作り出すために、訓練内容は事前に一切知らされることはない。組織やオペレーションの面で、想定を超えた危機にも耐えるチームと判断力を訓練する毎日だ。
原発で起きたアクシデントは、最初の2時間が重要だという。原子炉を「停止」させ、「冷やし続け」、(放射性物質を)「閉じ込める」。そのため、職員や作業員は、重機や大型車両の運転免許の取得に務めているという。がれきの撤去や各種車両の運用など、現場の人間が積極的に対応できるようにするためだ。当日も写真のように、重機や大型車の訓練をしているのが印象的だった。
当たり前が当たり前でないことを踏まえ危機に対応する
柏崎刈羽原発が想定外の危機にも対応するために用意した、あらゆるハードウェアやソフトウェアを見てきた。そこで学んだのは「当たり前のことが当たり前でなくなることを想定することの難しさ」。しかも相手にするのは、人間が太刀打ちできない自然災害(もちろんテロ対策も実施している)だ。
3.11で輪番停電を余儀なくされたり、電池やカップラーメンが市場からなくなったりと、予測できなかったことが多くある。僕らは、人間ではなす術もない自然災害の脅威を知ったことで、他国よりも危機管理に対する意識が強くなったと思う。完璧な安全対策が存在するのか定かではないが、柏崎刈羽原発は着実に進歩していることは明らかだ。
(協力:東京電力ホールディングス)