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ピクサーのプロデューサーが語る「VRで生まれるセンス・オブ・ワンダー」

「リメンバー・ミー」のVR化はいかになされたか

2018年4月4日(水)から6日(金)まで業界向け展示会「コンテンツ東京2018」が東京ビッグサイトで開催中です。その基調講演として、ピクサー・アニメーション・スタジオのプロデューサー、Marc Sondheimer氏が登壇し、同社が手がけた初のVR体験「Coco VR」について語りました。

Coco VRのトレーラー。Oculus Storeにて無料で配信中(Oculus RiftとOculus Touchが必要)

「VRはストーリーテリングではない」から一転

Sondheimer氏は様々なピクサー作品に関わってきた人物で、短編アニメーションのプロデューサーとしてアカデミー賞受賞歴もあります。

今回語られたのは、ディズニーとピクサーの最新作「Coco(邦題は「リメンバー・ミー」)」を題材としたVR体験で、氏がプロデュースした「Coco VR」について。

氏はピクサーが考える映像作品に必要な3要素として「素晴らしいキャラクター」「エモーショナルなストーリーテリング」「説得力のある台詞」を挙げた上で、そのうちの「ストーリーテリング」について、VRにおける本質的な困難さに言及。

いわく、ビジュアルを用いたストーリーテリングでは「視聴者の視線をコントロール」することが重要ですが、VRではそうした「視線のコントロール」が難しいとのこと。実際、ピクサーの社長であるEdwin Catmullはかつて「VRはストーリーテリングではない」と発言するほどでした。

しかしピクサーとしてもVRに関して「小さい一歩」が必要だろうということで、「すでにある映画を元にしたVR体験」の制作に着手します。既存の映画を元にすることで「コンテンツに新たなパースペクティブをもたらせる」「すでにある素材を活用することで制作コストを抑えられる」「元になる映画のプロモーションにもつながる」といったメリットがあるからです。

そうして生まれたプロジェクトがディズニー、ピクサー、Oculus、Magnopus4社による「Coco VR」です。プロジェクトのゴールとして設定されたのは「オーディエンスの映画に対する興味を生むこと」「ソーシャルや各種イベントなどを通じてVR体験のリーチを最大化すること」「”ピクサークオリティ”のビジュアルと体験価値であること」「ソーシャルVRの要素を入れること」の4つ。

制作プロセスとしては、まず3Dモデルを用いたプレイアブルなスケルトンを作りコンセプトを検証(プルーフ・オブ・コンセプト)。これを用いて、CCOのジョン・ラセターや、「VRはストーリーテリングではない」発言のEdwin Catmullの支援を取り付けました。また、プルーフ・オブ・コンセプトを通じてVRならではの楽しさやインタラクティブ要素の重要さもわかったと言います。

そこからの作業はひたすらアイディア出しと開発、リファインの繰り返しだったといいます。制作にあたって念頭に置かれたことは5つ。

・VRを「ヘッドセットの中のテーマパーク」として考えること
・ユーザーに「体験する動機」を与えること。それはすなわちナラティブでありストーリーテリング
・センス・オブ・ワンダーを作り出すこと
・ユーザーにVR以外では得られないような(=映画では得られない)深い理解を与えること
・良いアイディアは誰からでも生まれる(ので、様々なメンバーから広くアイディアを募った)。

VRで生まれるセンス・オブ・ワンダーとは

現在、氏はVRについて「畏敬の念を抱くほどに感動的(awe-inspiring)」になりうる」と考えています。とりわけ360度の視界による映像表現は「素晴らしいセンス・オブ・ワンダーを創造できる」としました。

ここでいうセンス・オブ・ワンダーとは「世界は美しく、驚きにあふれているということを発見した瞬間のワクワク感」であり、ピクサーの映像に通底する思想でもあります。そうしたセンス・オブ・ワンダーにより、VRならではのエモーショナルなストーリーテリングが実現できる、と言えそうです。

もちろん、VRの難しい点も浮き彫りになっており、特に体験者に意図した通りの体験をさせるには課題が残るようです。例えば実際にあった例として、目の前の人物が語りかけているのに無視してあちらこちらを検分してしまう、などです。また、Coco VRては制作ツールとしてゲームエンジンのUnityが用いられましたが、ピクサーのアニメ表現をゲームエンジン上で再現することの難しさもあるようです。

通常の映画制作プロセスにもVRを活用するように

VRの制作を経て,今ではピクサーではVRではない通常の映像制作にもVRを活用するようになったと言います。例えば、

・VRでプリヴィズ(準備段階の仮映像)を作成しデザイナーにイメージを共有
・VRでロケ。カメラアングルなどをVR空間で自分の視点から試せる(現在制作中の「トイ・ストーリー4」で実使用中)
・アニメーションのためのドレスリハーサル(最終リハーサル)を行う

などです。他にも、ディレクターとのコラボレーションツールとしてソーシャルVRを活用したりと、純粋に業務ツールとして便利に使っているようです。

桑野雄