VR Watch

高所恐怖症は気を付けて。地上200メートルの空間を歩き回るVRコンテンツ「Unlimited Corridor」

 10月27日から30日にかけて日本科学未来館で開催されているデジタルコンテンツEXPO 2016(以下、DC EXPO 2016)。新世代のメディア技術である「8K スーパーハイビジョン」を筆頭に、3D映像やVR&ARなど最先端のコンテンツ技術が披露される。その他、世界の第一線で活躍するクリエイターや研究者によるセミナーの実施を行うなど、国内のみならずグローバルな視座でコンテンツ技術を紹介し、次世代を担う技術者のイノベーション促進や、医療・バイオなど幅広い分野への応用を大きな目的としている。

50点を超える企画展示に加え、シンポジウムやセミナー、ワークショップや映像の上映が連日行われる。

 数多くある企画展示の中で、筆者が特に注目したのは今年6月にPC Watchの記事でも紹介した、東京大学大学院の廣瀬・谷川・鳴海研究室とUnity Technologies Japan合同会社が共同で研究開発を行った「Unlimited Corridor」(無限回廊)というVRコンテンツ。ヘッドマウントディスプレイを装着し、視界に映し出される地上200メートルの高層ビルに設置された足場を慎重に歩いて、子どもが飛ばした風船を捕まえる。そう聞くとありふれたコンテンツに見えるが、ディスプレイ上では真っすぐの足場を歩いているつもりが、実際には円形の壁に手を添えながら歩いているだけ、という錯覚を利用した点で差異化をはかる。

ユーザーはディスプレイに映し出された歩道を直進するが、実際には壁に沿って曲がりながら進む

 採用されているのは、ディスプレイに表示されるCG映像に補正を加えることで、曲がった道を歩いているにもかかわらず、真っすぐに歩いていると錯覚させる「リダイレクテッド・ウォーキング」という技術。この技術に「視触覚相互作用」(触覚刺激が同時に受け取る視覚刺激の影響で変化して知覚される現象)を組み合わせることによって、実際に体験するユーザーの空間知覚をコントロールし、狭いスペースを広大な空間として認識させることを可能にしている。この、空間支配することのできるVR「Unlimited Corridor」が発案された経緯とこれからの可能性について、開発者である東京大学院講師の鳴海拓志氏、Unity Technologies Japan 合同会社の簗瀬洋平氏に話を聞いた。

(左)東京大学大学院 情報理工学系研究科 講師 鳴海拓志氏 (右)Unity Technologies Japan 合同会社 簗瀬洋平氏

――まず発案するに至った経緯を教えてください。

鳴海 もともと、私たちの研究室では「触覚を騙す」というテーマで研究をしていました。作っていたのは、自分の好きな形のものに触れた感覚を与えてあげる、「触覚」のディスプレイ。触れる人によって形を変えるのではなく、円筒状のものがあって、タッチするとCGに映っているものが膨らんだりへこんだりして、姿を変えるという仕組みです。それを人のスケールまで大きくしてあげると、曲がった道を歩いているつもりが、まっすぐに感じられるんじゃないかと思ったのがきっかけです。

簗瀬 私の方でも、もともと「日吉ジャンプ」というものをやっていました。ヘッドマウントディスプレイを被って、その場でジャンプすると、ドローンで撮影した全天球の映像が流れる。そうすると非常に高い上昇感と落下感があるんですね。CEDEC(日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス)で日吉ジャンプを展示していた時に、鳴海さんの研究室でも「触覚で錯覚を与えるコンテンツ」を出されていたのを見つけました。その時に、リダイレクテッド・ウォーキングに触覚を加えたらまったく別のものができるのでは? という話をしました。そこから2年くらいを経て、実現しました。

――最初の時点で「Unlimited Corridor」のコンセプトはありましたか?

簗瀬 そうですね。ただ最初に考えていたのは、「触覚も」騙せるんじゃないかということでした。しかし、やってみたら触覚という要素を外さない方が、より視覚を騙すことができた。

鳴海 今回での触覚というのは、「壁に触る」「指にフィードバックがある」ということです。

――今後どういった活用が見込めそうですか?

鳴海 今回、触覚という要素を打ち出すと、リダイレクテッド・ウォーキングが強められると分かったので、そこはエッセンスとして残そうと。ただ、壁はやっぱり物理的に邪魔なので、それを無くすという方法も考えています。例えば、色々な触覚を感じられるインターフェースが最近増えているのでそれを取り入れたり、ロボットみたいなものに手を引かれて一緒に歩いて、右に進むんだけれども実は左に進む、ということをやったら面白いのかなと。そうすると、もっとフレキシブルに色んなVRの空間を出すことができると思うんです。ただ、「Unlimited Corridor」でもやり残していることがいくつかある。

――というと。

鳴海 体感的に、現状のサイズが一番小さいと考えてやっているんですけど、適正なサイズを数字的に明らかにすると、もっと違う場所で使いやすくなるのかなと。

簗瀬 あとは、コンテンツの内容が明らかに主観に影響するので、どういったものが合っているのかを考えなくてはいけません。なぜ今回、こういった設(しつら)えになっているかというと、早足で歩くとどうしても差に気付かれやすくなってしまうので、ゆっくり歩いてもらう必要があるという理由から。壁に触ってもらいやすいシチュエーションの方が、この技術の良いところを引き出しやすいということで、高いところで怖がりながらゆっくり進んでもらって壁に手をつく必然性もあるみたいなコンテンツになったんですけど。

――認知心理学的な要素もある?

鳴海 もともと人間の感覚って、コンテキストに影響されてしまいます。例えば、止まっているエスカレーターに乗った時って、すごく変な感じがしますよね。体が自然にエスカレーターに適応しているので、止まっていた場合は視覚とうまく合致しない。また、電車に乗っていて駅のホームで止まっている時に、正面の電車が動き出すと自分が乗っている電車が動いているような錯覚があるんですけれども、電車のホームに立っているとき、それは絶対に起きませんよね。なので、自分が今何をしているのか、どこにいるのかというのは、そういった「感覚」にすごく影響されるんです。高所恐怖症とおっしゃっていましたが、そういう方は高いところにいるとクラクラしてしまうはずですよね。

――はい、その通りです。

鳴海 今回、真っすぐ歩いていないので、もちろん違和感はあるんですが、「高いところにいてクラクラしている」となると、違和感の方向があまりそちらに向かない。なので、このコンテンツ自体が、今やっていることにちょうど合っているんです。

 高所恐怖症という立場から「Unlimited Corridor」を体験したが、鳴海氏の言う通り「まっすぐ歩き続けている」ということについては、全く違和感がなかった。しかし裏を返せば、高所でも問題がないという人にとっては改善の余地を残しているのかもしれない。ともあれ、「触れることのできるもの」の信頼性がどれだけ脆弱かを、ぜひ実際に体感して学びとって欲しい。