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これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

「お金を払えばアクセスできるところに、素晴らしい情報はあるのでしょうか」 #わたしのサブスク BRUTUS編集長 西田善太

今井雄紀(株式会社ツドイ) 2018年4月10日 08:00
Amazonプライム、日経新聞、Netflix、Apple Music……わたしたちの日常に欠かせないものとなりつつある、サブスクリプション(定額課金)サービス。なにをサブスクしているかでその人がなににお金を払い、なにに時間を使っているか、その姿勢が見えてくる。連載第2回目は、マガジンハウスの雑誌『BRUTUS』の編集長 西田善太さんです。

編集部がお邪魔したのは、マガジンハウス本社内にある『BRUTUS』編集部。いつか見た表紙がたくさん並ぶフロアに降り立ち、興奮を抑えることができません。「ちゃんと淹れてるので、おいしいですよ」とマグカップを差し出してくれる西田さん。淹れ立てのホットコーヒーをごちそうになりながらの取材がはじまりました。

今日はよろしくお願い致します。

ふふふ。今回、質問が面白いと思ってインタビュー受けたんですけど、最初に「サブスクリプション」の意味は擦り合わせておきたいです。例えばラジオって、課金はしないですけど、続けて聴く、という意味では“購読”するコンテンツですよね。下手なメルマガより面白いと思うんですけど、ラジオはこの企画でいう、「サブスクリプション」に入りますか?


ラジオは入らないです。ただ、ラジオアプリ「radiko」のエリアフリー機能のためにお金を払っていらっしゃったら、それは入ります。「時間とお金をどう配分されているのか」を尋ねる連載です。

なるほどそういうことですね。了解しました。


ご理解いただきありがとうございます。事前にお答えいただいたものを見ながらインタビューさせてください。

Netflix、Hulu、Amazonプライムと、主要映像配信サービスにすべてご入会なのが印象的でした。

この3つがないと効率が悪いんですよ。それぞれ、そこでしか観られない作品があるでしょう。Amazonプライムでは『MR.ROBOT』。Huluでは『ウエストワールド』がそうですね。Netflixも、オリジナルドラマが面白いので観ています。『ブレイキング・バッド』も、今は他でも観られますけど、最初はHuluのみでしたし。


「スタンドアップコメディ」を観るためのNetflix

それに加えてNetflixがいいのは、スタンドアップコメディ(ひとり漫談。アメリカで人気があり、内容も過激なものが多い)をオリジナルで作っていて、それを月に何本も配信していることです。例えば2月のショーが3月にはもう字幕付きで配信されてたりするので、よく観ています。この点、Netflixは本当にありがたいですね。

ぼくは90年代からスタンドアップコメディが好きで観ていて、アメリカで放送された『サタデー・ナイト・ライブ』(アメリカで40年以上続く公開コメディ番組)を毎週録画して送ってもらっていました。それくらい、のめり込んでいたんです。


数年前からNBC(アメリカのテレビメディア)のネットでも番組の一部が観られるようになったけど、今はNetflixが最新のスタンダップを届けてくれます。ぼくにとってはそれだけでも月1000円払う価値はありますよね。


スタンドアップコメディを好きになったきっかけは何だったんでしょうか?

70年代後半から80年代のコメディ映画で活躍してる人にスタンドアップ出身者が多いと知って興味を持ちました。例えば『ブルース・ブラザーズ』のジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、『48時間』『ビバリーヒルズコップ』のエディー・マーフィーも。結局、映画で活躍するコメディアンがほとんどNBCの『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』出身だってことからですね。

1995年が『サタデー・ナイト・ライブ』の20周年記念で、それがどんなショーになるのか、予測記事を作ったこともありました。当時、豪華版のSNLレーザーディスクが出るっていうから、記事を作るために写真を借りに行ったら全くの未整理だったんで、ぼくと、ぼくの親友のスタンドアップ好きで映画会社の資料を全部整理したり。名前と写真が全然合ってなかったから直してあげてね。それぐらい、好きなんです。


正直ちゃんと拝見したことがないんですが、スタンドアップコメディはどのへんが魅力なんでしょうか?

ひとりであることですね。ひとりで1000人を笑わせる人が一番偉いというか、漫才は掛け合いじゃないですか。フリとあしらい、ボケとツッコミみたいにやるのは“雰囲気”だと思ってるので。ひとりの喋りだけで場をつかんで笑わせるって、すごいことですよ。

例えば、落語も立川流をずっと追いかけていたくらい好きで、ひとりで演じるという意味では同じなんだけど、笑いがドカン! じゃないんですよ。落語は芸だからね。


具体的にこの番組が好きっていうのはありますか?

(作り込まれた)番組というよりは、ライブショーの収録なんですよ。例えば、仮に「今井雄紀」(本取材を担当したライターの名前)というスタンドアップコメディアンがいるとするじゃないですか。そうすると、Netflixがお金を出して特別公演をするんです。「今井雄紀の、奴らをブッ倒せ」とか「今井雄紀の、◯◯で3回イっちゃう」みたいな品のないタイトルをつけて(笑)。

どれも会場満杯。あえて小さい小屋でって人もいますけど、NYのマディソンスクエアガーデン(2万人収容)をいっぱいにできるコメディアンがいますからね。そしてやっぱり、マディソンスクエアガーデンをいっぱいにできる人は、マディソンスクエアガーデンをいっぱいにできるクオリティでやってる。そして小さい劇場には観客が少ないゆえの、きわどい面白さがある。


なるほど。

スタンドアップコメディの豊富さが、Netflixのいいところですね。夜中にハイボールを飲みながら寝るまでの1時間で何観ようかなという時、スタンドアップコメディはちょうどいいんです。


100人に薦めた『ブレイキングバッド』、完走したのはたった10人、打率一割。

海外ドラマもご覧になるんですよね?

ドラマも好きですね。海外ドラマは昔から好きで、90年代なかばに『ER 緊急救命室』の特集を雑誌の『GINZA』で組んだこともあるくらいだし、『ER』の第1シーズンに飛びついてジョージ・クルーニーを1番最初に紹介した雑誌は『BRUTUS』だと思ってる。ぼくの海外ドラマ好きはだから、90年代のERから始まってるね。

クルーニーは角川映画『汚れた英雄』の主題歌を歌ったローズマリー・クルーニーの甥っ子だったりとか、『リターン・オブ・ザ・キラートマト』という超カルトムービーがあるんですけど、その中で最初にでっかなキラートマトに食い殺される役者がクルーニーだったり。


ただ、ドラマはスタンドアップコメディと比べてハードル高いなと思いますね。例えば『ブレイキング・バッド』と自分の出会いを話しましょうか。


はい。

ぼく、『ブレイキング・バッド』4回挫折してるんですよ。第1話で。


へー!

うん。最初は伊集院光のラジオで知って、面白そうだから観たんだけどだめ。そのあとも、時々トライしても一話でめげちゃう。50才、中年の悲哀、病気、家族の中でも孤立……寂しすぎるから(笑)。その向こうにあるブラックコメディの面白さに気づくのに、しばらくかかったわけ。結果的にむちゃくちゃはまった。何時間でも話せるくらい好きになった。で、ぼくは100人を超える人に『ブレイキングバッド』を勧めたんですけど、最後まで観たのが10人行かないんじゃないかな……。

ぼく、人に勧めるのはそこまで下手じゃないはずなんです。ただのドラマ好きだけれど、『BRUTUS』の看板も背負ってるし、ネタバレしないでうまく説明もできてるはずだし。でも、実際に最後まで観たのは10人程度、打率一割……。少し前だけど、飲み仲間の書き手や編集者と2ヶ月後に最終回を観る日を決めて、ぼく以外全員がその日までに全作観ておく。最終日に集まって飲みながら、ぼくにとっては3回目の最終回を観ながら宴会をした。そこまでイベントにして、やっと4人が観てくれた。21世紀に作られたドラマでいちばん視聴率を稼いだと言われる作品でさえ、こうなんです。みんな忙しい、時間がないんです。


たしかに、完走するのが大変な作品だとは思います。50話以上ありますし。

お、観ました? あなたは生き残りますよ(笑)。つまり何が言いたいかというと、やっぱりドラマって入り込むまで時間がかかるってことなんです。しかも、今のドラマはどんどん複雑になっているし、これからもっとそうなっていくでしょう。

1話目からコンテンツを盛り込んで、謎をたくさん残して伸びしろをあちこちに作っておく。『ER』のような集団劇も、コアなメンバーの出入りをなるだけ減らして、外側のメンバーに人気が出てくるとそいつがコアに入って来るし、人気が出なかったら派手な退場、みたいなことをやっている。その手法が最近はさらに激しくなってるから、観る方も楽じゃないんですよ。一方で、いまだに『ウエストワールド』のような作品に出会えたりもするからタチが悪いわけです。『ウエストワールド』は観てないでしょ?

はい。

『ウエストワールド』はね、もともとぼくが1974年に観たトラウマ映画のドラマ化なんです。『ER』や『ジュラシックパーク』で知られる作家マイケル・クライトンが脚本・監督。ユル・ブリンナー主演で、本当に今でも覚えてるくらいショックな映画なんですよ。

アンドロイドが西部開拓時代の生活をしている、大人の遊園地を舞台にしたSFですね。1日数万ドル払って「ゲスト」として入園する。男には春を売る女がいたり、女にも男が付くし、殺し合いもしていいし、でも自分は安全、みたいなそんな環境で、いろんなイベントが起こるのを自由に楽しむ。ゲームでいうと『グランドセフトオート』の世界ですね。

そういう世界で、「キャスト」をやっているアンドロイドがたくさんいて、“殺されたら”記憶を消去され、修理されてまた戻されるのを繰り返すんだけど、なぜか過去の記憶の断片が残るようになってきて、自我が芽生えだす。羽目をはずしまくるゲストたちより、アンドロイドの方が、ひたむきに生きていて、より人間らしく見えてきちゃうみたいな。そういうドラマなんですよ。全10話。今は『ウエストワールド』を勧めてまわっていますね。


めちゃくちゃ面白そうですね!

でしょう? 1本の面白いものに出会うにはつまらないものを100本見ないといけないって誰かが言っていたように、ドラマっていうのはなかなか入り込めないけど、入った時にはすばらしいものを返してくれる、そんな果実みたいなものなんですよね。ぼくの時間は、本とドラマとラジオと雑誌でできているので、その体制を補強するために、動画配信サービスには、3つ入らざるを得ないんです。


若いうちは、Amazonで本を買わない方がいい

「情報収集をするうえで気を付けてることはありますか?」という質問の答えが「そもそも情報に触れないようにすること」だったのが大変印象的でした。意図的に遮断されている情報があるのでしょうか?

というかですね、例えば学生に「若いうちは、Amazonで本を買わないほうがいいよ」ってよく言ってるんですよ。本屋で買って失敗してくれって。


へー! どういう意味ですか?

ぼく今、本買うの失敗しないんですよ。それは10代のころからずっと失敗をしながら、選ぶ訓練をしてきたからなんです。Amazonでそのトレーニングはできないんですよ。人間の代わりにAmazonの方が訓練されているので、リコメンドの精度はどんどん上がっていますよね。

要は、「ネットは検索のメディアで、雑誌は発見のメディアだ」なんてケトルの嶋浩一郎さんもよく言ってますけど、それと同じで、検索するには的確な検索ワードを知らないといけない。探し方のコツや勘を訓練しないままAmazonだけが頭良くなっちゃうと、それってなんていうかな、ブロイラーみたいなもので、口開けて待ってればその日の気分でエサがもらえるみたいな。それは最悪だと思うんですよ。向こうに悪意はないとしても。

なので、少しは抵抗した方がいい。自分で選んでいこう、と。それは会う人についても同じ。ぼくの最大のサブスクは「人に会うこと」かもしれないですね。お金も時間も相当かけてるし。まあ、それぐらいのつもりでね(笑)、少なくとも手先で、誰もがお金を払えば得られる場所に、素晴らしい情報はあるのでしょうか、とは思う。


ストリーミング(流れ)は、身体に「貯まらない」

音楽はどうですかね?

『BRUTUS』では去年4月に坂本龍一さんと、今年の2月には山下達郎さんと音楽特集を作りました。音楽との出会いの深め方は、今、すごく難しくなってると思います。それこそ、ストリーミングの世界が始まることで膨大なアーカイブから新旧がごちゃ混ぜになって届くような環境になった時に、ある一定の層が、ある種類の音楽に同じタイミングで夢中になるっていう原体験が無くなってきている。

あの頃、ロジャニコ(ロジャー・ニコルズ)にはまってたよなぁ、という会話ができなくなってきている。そんな会話ができることがいいか悪いかは後の人が考えればいいと思うけど、ぼくらは音楽の同時代体験で楽しい思いをしてると。


なるほど。

「あのライブ、俺も行ったんだ」みたいのが無くなると寂しいですよね。だからこそオールディーズの名作、ソングライターの仕事をもう1度整理しようっていうのが達郎さんの号。坂本さんの号は、音楽の入り口を全然違う言葉から入っていくっていう切り口で。束ね方を変えると整理ができませんか? という提案です。一回立ち止まって整理しようよという。

要は、ストリーミングっていう言葉通り、流れているものを見たり聴いたりしても絶対貯まんないんですよ。それを貯めて、身体に入れて、自分の中で分類して意味付けして、じゃあ自分が次に観たい、聴きたいのはこれだなっていう方向を見極めるのが楽しくて伸びしろがあるのに。

その訓練をして、学習をして面白いものを見つけていくんだけど、今は黙っていても面白いものをどんどん流してくれるから、考えなくなっちゃってて、あなたこれ好きでしょってものをAIがやってくれちゃうから。

そうして全部やってくれる世の中は、ある意味では幸せだけど、ハッて気が付くと、試験管の中に浮いてる脳ですよ、管だけつながっててプカプカ浮いてるみたいな。それでも幸せなら幸せでいいんでしょうけどね。


ふふふ。

自動的に毎月課金されていることの怖さ、自分で選んでない怖さみたいのは感じますね。サブスクってそうじゃないですか。だって、フィットネスジムだって、空いてていいな~とか思う時、その裏にはジムに会費を月8000円払うだけで安心しちゃって、月2回くらい行けばいいやと思ってる人たちがたくさんいるわけですから。

ちゃんと意味があるものにしか、自動課金はしたくないですね。ランダム性のあるもの、思いがけない出会いをもたらしてくれるものには使うかもしれないけど。あなたの嗜好関係なしに、こっちの出す嗜好を信じてくださいみたいな。君の思ってもみなかったような場所に連れて行ってやるよっていう、そういうのがあればいいですね。

つまり雑誌ってことですねそれは(笑)。好きなモノだけに囲まれて生きてたらどんどん狭くなってしまうので。だっていい企画が生まれるのはいつも、思ってもみないことからですから。


そういう意味では、『BRUTUS』も好きな号だけ買ってくれればというお考えなんですか?

そういう本ですね。いつも買ってる人と、号によってその特集だから買う人とで分かれていていいと思います。


『BRUTUS』のサブスクは、PVより滞在時間が大事

あと、こんなサブスクあったらいいなってのはありますか?

うーん。面白いものにきちんとお金を払うっていうのは、これからのネットの世界でちゃんと考えて行かなきゃいけないことですよね。そこについては考えているし、やっと納得のいく考え方とシステムができたので、夏の終わりぐらいから『BRUTUS』のウェブを始めるんですけど。

なんと!

ベータ版を夏にやって、年内にグランドオープン。ニュースサイトじゃないウェブをやります。お金を払って見てもらえるくらいのクオリティをどう作るか、というのをずっと考えています。

ぼくにとっての課金は、そこで有用な情報が得られるかはもちろんだけど、より長い時間を過ごせるか、だから。つまり、『BRUTUS』のウェブないしはメルマガを見ていて、すごく時間使っちゃったよって時に、「気持ちいい時間を過ごせたよ、ありがとう、チャリーン」って思ってもらえる関係性が作れたらいいなって考え方でやってます。


まさに西田さんがNetflixでやってらっしゃることですね。ハイボールを飲みながらずっと見ちゃうみたいな。

そういうことです。贅沢なことですよ。どんなにテクノロジーが進歩しても、時間だけは開発できないんですから。自分の時間を何に使うかっていう意味では、誰かに言われてハッとしたんですけど、今の世の中って、「ぼくは2時間かけて『BRUTUS』を読んであげてるんだけど?」という考え方もできちゃうんですよ。「むしろ逆にお金くれない?」っていう。それが無料の怖さであり、真理でもあると思うんです。

「俺忙しいのに、限られた時間の中で『BRUTUS』のために2時間使ってるんだぜ」って。「俺お店にわざわざ来てやったんだからただで食わしてよ」っていうような感覚って、すごく今っぽいなって。ひまをつぶしてるくせに、時間を大事にしていることでもある、というちょっと矛盾した世の中ですよね。


ラジオがいいのは「時代からはぐれている」から

それとは別の話として。どんなサブスクがあったらいいかか……いろんなこと矛盾しててごめんなさいだけど、オスカー・ワイルドは言いました。

「世の中の人間を善と悪で分けるなんて馬鹿げています。世の中の人間はチャーミングか退屈かです」

これは戯曲の台詞なんですけど、その通りだなって思うんですよね。悪い人が好きってわけじゃなくて、退屈な人間になるってことは死に値するわけですよ、特に編集者なんかは。自分が面白いと思うものを他の人にも同じように思って欲しいとか、そういう気持ちでしょ。


はい。

だから面白くあり続けるために、人が触れていないコンテンツを楽しむ。ぼくで言うとそれがラジオです。1時間の番組なら1時間聴かないと分かんない。ラジオは時間モデルなので、時代からはぐれてるわけですよ。早送りもできないし、パラ読みもできない。

あと、永六輔が昔言ったセリフが大好きで、彼がなぜラジオの仕事を断らないかっていうと、「テレビは『観た』と言われる。でも、ラジオは『聴いた』と言ってもらえる」。つまり、聴くっていうのは少なくとも身体に入れている。聴いたよって言われる意味はそこ。テレビだと、喋ってたね、出てたね、な印象だけ。でもラジオは身体に入れてくれてるっていう意味では、ある種、擬似的な肉体接触があるっていう。セックスみたいなもんじゃないですか。

今ぼくは、よく歩く、歩いて考えるのが好きなんで、その時には絶対聴くラジオの番組が決まっていて、あの番組をいつのタイミングで夜歩くときに聴くかって、全部決まってる。だからわざわざ目的地から遠回りして番組の最後まで聴いたりします。で、そのラジオによってネタというか、いろんなことを理解できるようになって。言葉で説明してくれるから、自分も誰かに言葉で説明できるでしょ。


へぇ~。

何でもいいので、情報の取り方で差別化する方法を見つけて、ラクをしないこと。人の渡らない橋を渡って、誰も発見できない果実を持ち帰ってみんなに届ける。それが『BRUTUS』の本の作り方ですね。みんなが渡る橋の向こうにあるものはあまり気にしない。それは誰かがやってくれるから。『BRUTUS』はそういう壊れそうな橋を渡る技術を磨いてるっていう。時々橋が崩れて大けがをしちゃうんですけどね(笑)。


ハハハハ。

じゃあなにがサブスクになるかというと、「危ない橋を渡る」がお金になるといいなと思う。完全なる編集ですよね。「みんなが決めたことは正しいけど面白くない」っていうのをよく言うけど、今の世の中そうなってるでしょ? あなたに似た人がアルゴリズム的にはこういうのを読んでますみたいな。それって多分合ってる、正しいんだと思うんですよ。長期的にはたぶん、あっちが勝つんですよ。でも、短期的にはぼくたちの方が魅力的に見えるみたいなサブスクがあったらいいなって思っているんです。


西田善太(にしだ・ぜんた)
1963 (昭和38) 年生まれ。1987年、早稲田大学卒業。博報堂のコピーライターを経て1991年マガジンハウス入社。『BRUTUS』編集部の後、 『GINZA』『Casa BRUTUS』の立ち上げに関わり、『Casa BRUTUS』では建築・デザインの分野を担当。「安藤忠雄×旅」「住宅案内」シリーズなどを生み出す。 2007年12月より『BRUTUS』 編集長。

取材・文/今井雄紀(株式会社ツドイ
写真/飯本貴子(Twitter
イラスト/中村一般(Twitter