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これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

「お金は怖くて、面白い」と娘に伝えたかった

【「おカネの教室」出版記念! 高井浩章 特別インタビュー前編】

「しごとのわ」編集部 2018年3月16日 07:00
ミシマ社とインプレスによるレーベル「しごとのわ」の新刊「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」の作者、高井浩章さんは3人の娘を持つ現役の新聞記者だ。「おカネの教室」は、中学校の「そろばん勘定クラブ」という奇妙な経済・金融講座を舞台とした青春小説というユニークな作品になっています。異色作はどうして生まれたのか。7年も続けた家庭内連載で娘に伝えたかったメッセージは何か。本日3月16日の発売を記念して、父親として、本が生まれた背景や、ベテラン記者としてのお金の考え方を聞きました。

「良い本がない…もう自分で書くかって」

「おカネの教室」は、ご自身の娘さんに「お金や経済のことが楽しくわかるような本を読ませたい」と思って書かれた本なんですよね。

高井浩章氏(以下、高井):ええ、そうです。書き始めたのが2010年の5月で、ちょうど三姉妹の長女が小学5年生になったころでした。当時は2008年のリーマンショックの余波で、「世の中がどうなっていくかがわからない」という雰囲気が漂ってました。そんな時代に、子供に少しでも今起きていることの原因や意味を知ってほしかった。それと、小5になって娘が自分でお小遣いの管理をするようになったんですね。そろそろお金の使い方、付き合い方といった教育がいるよな、と思った時期でもありました。

高井:初めは「なにか良い本はないかな」と探したんです。学習系の漫画みたいなヤツとか。でも、ひとことで言うと、どれも物足りない。みんな、どこか「上から目線」で、中身も教科書的。「お金の基本的な役割は価値の交換・尺度・貯蔵の3つです」とかね。これではお腹にドスンとこないし、娘は絶対に読まないな、と思ったんです。「金持ち父さん貧乏父さん』みたいな柔らかい読み物も探したけど子供向けは良いものがない。それで、まぁいいか、もう自分で書くか、となって。


そこで「書くか」となるのがすごいです。

高井:実は、長女が低学年のときに、すでに家庭内連載を1本終えていて(Kindleで個人出版した童話「ポドモド」)、前例はあったんです。その前には、子供を寝かしつけるときに、魔女の女の子の話や冒険モノなんかを連載みたいな感じでやっていたり。その延長上で「次はお金をテーマでやろう」と。本業が新聞記者ですから、文章を書くのは抵抗がない。むしろ、いつもお堅い記事ばかり書いているので、自分がもともと持っている軽い文体で物語を書くのはストレス発散にもなりましたね(笑)


小説仕立てにしたのはなぜですか。

高井:飽きっぽい我が娘に読み通してもらうためですね。面白い物語になっていないと、他の本に逃げられてしまうので。

「これで行ける」と思ったのは、構想を練っていたある晩、布団のなかで「お金を手に入れる方法は6つあるのか」と気づいた時でした。5つ目まではわりと簡単だけど、6つ目は意外で、なかなか気づかない。これを最後の謎として引っ張っていけるな、と。あとは、舞台設定だけ決めて、細かいことはあまり考えずに書きはじめました。
家庭内連載のオリジナル版は、もっとギャグや話の筋と関係ないウンチク、内輪ネタがたくさん入ってました。これも涙ぐましい読者引き留め策です。そのあたりは本ではバッサリ削ってます。

物語の登場人物たち。左から「サッチョウ」さん、「ビャッコ」さん、「カイシュウ」さん

娘さんのウケはどうだったんでしょうか。

高井:初めから長女に「早く続きを書いて」と言われたので、「つかみはOKだな」と。そのうち、3歳違いの次女も読むようになって、この子が「次の、まだ?」とせっついてくれましたね。休みの日にお父さんが続きを書いていると、「えらい、えらい」とアタマをなでてくれたりして(笑)。原稿は当初は月1本くらい、悪くても3カ月に1本くらいのペースで書いて娘に渡していました。ただ、本業の記者稼業が忙しくなると止まっちゃうわけです。2013年からはかなりペースが落ちて、2014年は丸1年書いてないんじゃないかな。


休載を挟んで通算7年、よく最後まで書き切りましたよね。

高井:サボっていると、主要キャラの3人が夢に出てきたり、考え事をしているとアタマの中に割り込んできて、催促するんですよ、「続きを書け!」って。カイシュウ先生は「言いたいことあるんだけど!」とウズウズしてるし、ビャッコさんは「わたしの悩みはどうなるんですか」と迫ってくる。これは最後まで書かないと3人に悪いなと思いました。かっちり構想を決めてなかったので、物語がどう決着するか、自分でも書いてみないと分からなくて、「この人たち、どうするんだろう」と気になったのもあります。

2016年に仕事でロンドンに赴任したのも大きかったです。最後の4分の1ほどは、ロンドンに来てから書きました。仕事はそれなりに忙しいんですけど、時差の関係でだいたい夕方ごろに解放されるという、とってもホワイトな労働環境でして(笑)。平日の夜や土日に、まとめて執筆の時間がとれるようになりました。ロンドンの職場の仲間に「娘向けにこんなの書いてるんですよ」と見せたら、「オチが気になるから早く完結させて」と催促されたのもある。


主要キャラ3人のうち、謎の大男・カイシュウ先生が高井さんとかぶってくる印象です。

高井:自分の分身を登場させたつもりはないんですけど、物事の説明の仕方というか語り口なんかは似ているかもしれないですね。価値観も近い、かな。バスケも共通項ですね。私は2メートルに30センチほど足りないので、ポジションはガードでしたが。

高井さんと語り口が似ているという「カイシュウ」さん

「人間の脳は、お金を理解するのに向いてない」

「大枠しか考えずに書き始めた」ということですが、「ここは絶対におさえておきたい」というポイントはどこでしたか。

高井:まず伝えたかったのは「お金っていうのは勝手にわいてくるものじゃないんだよ。誰かが価値を生まないとお金は生まれないんだよ」ということ。作中でいう「かせぐ」ですね。それがないと、世の中は豊かにはならないんだよ、と。「君のお小遣いは、父ちゃんが稼いでるんだよ」、と(笑)。お父さんだけじゃなく、世の中が回っているのは、誰かが働いているから、価値を生んでいるからなんだよ、と。

もうひとつは、お金というのはすごくトリッキーなものなので用心しなきゃいけない、ということです。人間の脳はお金を理解するように進化してないので、簡単にこのトリッキーなものに振り回される。お金や、それに密接に関係する金利や確率という概念は、せいぜいここ数千年で生まれたものです。数十万年、数百万年という人類の歴史と比べるとごく最近の出来事で、要は慣れてないわけですよ。だから賢い人でも、お金ですごく簡単に失敗する。その失敗、お金の落とし穴みたいなものを、娘たちには転ばぬ先の杖でなんとか回避してほしいと思ったんです。だから作中では「安易に借金なんかすると大変なことになるよ」「世の中には悪い奴、盗む奴がいるから気をつけろ」ということを、実感として伝わるように繰り返しています。

はじめはこの、「お金は大事」と「お金は怖い」という2つのメッセージを伝えられれば良いと思ってたんですけど、書いているうちにどんどんテーマが広がってしまいました。
お金というのは世の中の裏側にへばりついているというか、社会と表裏一体なので、「財布の中のお金をどうしたらいいの?」というテーマをきちんと書いていくと、どんどん世の中の仕組みそのものの話になってしまう。「お金は誰かが稼いでいるって言うけど、じゃ、そもそも『かせぐ』っ何なの」となるわけです。うちの長女は疑問があるとドンドン突っ込んでくるやっかいな性格なので、私のアタマの中の『バーチャル長女』に攻め込まれないように、ロジックの穴を埋めたり、全体像を描こうとしたりするうちに、予想より大ぶりな読み物になってしまいました。実際の感想は「面白い」とか「早く続き書いて」とかだったので、わたしの独り相撲だったのかもしれませんが(笑)

書くうえでテーマ以外に気を配ったのはどこですか。

高井:肌感覚で伝える、ということですね。私は亡くなったコラムニストの山本夏彦さんの大ファンなんですが、彼は「ポケットの中の千円札から天下を語る」というようなことを書いてます。自分はそれしか方法を知らない、と。

「おカネの教室」でも、10円玉、100円玉、500円玉、1万円札あたりが地に足のついた議論の主役で、100万円はちょっと別枠なものとして出てきます。肌触りがないような桁の話って、やっぱり人間にはよくわかんなくなっちゃうんですよ。金利が何パーセント、というのも感覚的にどういうことかパッと理解できない。お金の罠ですね。
だから、100円玉や1万円札から考えて、基礎体力をつけないといけない。自分のなかにそういう軸みたいなものを持たないと、話が大きくなったときに、ちゃんとお腹に落ちてこない。大ぶりなテーマについては、ビャッコさんという女の子の悩みという枠組みのなかに位置づけて、感情移入しながら読めるように工夫しました。


「借金は人生最大のトラップ」

「お金は怖い」という実感は20年以上の経済記者としての経験から来ているのですか。

高井:「借金の危うさ」を記者として感じたのは、4年いた関西で商工ローン、企業向けの高利ローン業界の担当をやっていた時です。当時は商工ローンが大きな社会問題になって、連日ワイドショーで取り上げられていた。取材していて「これは地獄だな」と思いました。

それ以上に大きいのは個人的な経験です。実は私が小学生のとき、自営業だった親の会社の経営が行き詰まって、けっこうな額の借金を作ってしまったんです。ですから、子供のころの我が家はそれなりに貧乏でした。まあ、住んでいたい地域や時代からして、貧乏な家庭がそれほど珍しかったわけではないし、子どもは暢気なものでしたが、育ち盛り、食べ盛りの男の子を三人も抱えて、両親は大変だったと思います。実際、お金で苦労する姿を見て育ちました。零細自営業の家庭というのは、子供がそういう実社会に早くから触れやすいものです。手伝いで自分を労働者と意識するし、お金に汚い大人や質の悪い下請けイジメなんかを嫌でも目にする。

そんな環境で育って、大学生、社会人となってから我が家のことを振り返る機会ができたりして、借金そのものや金融リテラシーの欠如が招く怖さを痛感しました。「借金ってのは、人生最大のトラップのひとつだな」と。

身近な例だと、たとえばリボ払いなんて簡単に手を出せるけど、残高が許容範囲を超えたら、もうほぼゲームオーバーなわけです。脱出不可能。でも、先ほど言った通り、人類はお金を扱うのが苦手なので、まともな知性がある人でも間違えちゃう。基礎の基礎を身につけてないと、取り返しのつかない間違いをあっさり犯してしまう。

金融関係の本では「どう儲けるか」という視点が多いですが、この本はリテラシーや教養に重点を置いているところが異色ですね。

高井:そもそも娘向けの読み物でしたから、具体的なノウハウじゃなくて、「かせぐ」という行為自体について、つまり自分がどうやって社会の一員として立ち位置を探していくか、職業を選ぶとはどういう意味があるのか、という問題意識が先に来ています。お金が、社会を回す、あるいは経済が成長するうえで果たしている役割といったテーマもその延長線上にあるものです。

本書の中でいうと「ふやす」、つまり資産運用について、ノウハウのようなものを盛り込むという選択肢はありました。今回の書籍化でそこを補足する手もあった。でも、すでに「ふやす」ための本は、どれを読んで良いか分からないくらい世にあふれています。「定石」のようなものもある。無駄遣いしないで地道に積み立てるお金をつくって、低コストで長期運用志向の商品をリスク許容度に応じて組み合わせる、といった感じで。この「定石」を身につけるのはそんなに難しくないし、あえてこの作品で書く必要はないかな、と。3人のキャラの関心からもずれて物語の流れが緩んでしまう恐れもあって、やめました。

もう少し突っ込んだ話をすると、私自身はこの「定石」に何となくすっきりしないモヤモヤ感を持っていることも取り上げるのを見送った理由の1つです。

お金というかマーケットを中心とした金融資本主義っていうのは、本質的に非常に不安定なものなので、リーマンショックのような危機を繰り返しています。最近だとビットコインがバブルのように急騰してその後暴落しましたよね。規模や社会への影響には差がありますが、同じようなことが繰り返されている。
そういう危機に対する「定石」の処方箋は「耐えろ」です。危機は一時的なので、そこはむしろ買い場だ、うろたえるな、という。
この「耐えろ」という手法に対して、「備える」という別のアプローチもある。『反脆弱性』(ダイヤモンド社)などの著者のニコラス・タレブがそうです。不安定で予測不能なことがマーケットを含む人間社会の本質なのだから、そうしたリスクにこそ備えが必要だ、という発想です。私は彼に考えが近いのですけど、それにはかなりの見識と強い自制心がいる。さすがにハードルが高すぎるので、今回の本では見送りました。取り上げるなら、続編ですかね(笑)


高井浩章
1972年、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験をもつ。専門分野は、株式、債券などのマーケットや資産運用ビジネス、国際ニュースなど。三姉妹の父親で、初めての単著となる本書は、娘に向けて7年にわたり家庭内で連載していた小説を改稿したもの。趣味はレゴブロックとスリークッション(ビリヤードの一種)。

聞き手・写真:ミシマ社 新居
「しごとのわ」レーベルでは、本書のほか、『小さな会社でぼくは育つ』『社長の「まわり」の仕事術』などの編集を担当。

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しごとのわレーベルとは
仕事について考えるとき、成果や時間、お金を意識することがあっても、輪を意識することは少ないのではないでしょうか。小さい輪でも大きな輪でも構いません。
会社や家庭、地域、過去と未来、わたしとあなた。切り離さなければ、輪はできます。仕事を考えるときそんな輪を大切にしたいという想いから、ミシマ社とインプレスの2つの出版社で起ち上げたレーベルです。
これまで読み物を中心に『魔法をかける編集』『社長の「まわり」の仕事術』『「かっこいい」の鍛え方 女子プロレスラー里村の報われない22年の日々』など、8冊の本を出版。「おカネの教室」が9冊目。

株式会社ミシマ社について
http://mishimasha.com/
2006年10月に東京・自由が丘に三島邦弘氏が創業したほがらかな出版社。今年で創業11周年を迎え、現在は9名のメンバーとともに「原点回帰」を標榜した出版活動を行っています。一冊入魂の出版活動に全国の書店員に支持者が多く、京都市内にもオフィス兼「ミシマ社の本屋さん」(毎週金曜日のみ開店)を運営しています。
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