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これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

そろばん勘定クラブでは、そろばんの出番はありません

おカネの教室~僕らがおかしなクラブで学んだ秘密【1時間目 前編】

高井浩章 2018年2月28日 12:00
「この世には、おカネを手に入れる方法が6つあります」中学2年生になった僕は突然、奇妙なクラブに放り込まれた――謎の大男、大富豪の美少女、平凡な「僕」が、「お金と経済」を通して、世の中の仕組みを知る! 昨年Kindleで個人出版し、累計1万DLを突破したお金の青春小説がパワーアップして書籍化!3月16日の発売を前に、特別連載をスタートします!

1時間目 そろばん勘定クラブへようこそ(前編)

 思った通り、2年6組の教室はがらんとしていた。
 ちょっと迷ってから、僕は真ん中から少し窓寄りの列の、前から3番目の席に着いた。校庭からサッカークラブの声が聞こえる。ため息が出た。

 僕の中学校では毎週月曜の6時間目はクラブの時間だ。部活とは別の種目を選ぶのがルールで、僕は今年もバスケと同じくらい好きなサッカークラブを狙っていた。でも、ラッキーだった1年生のときと違って、人気のサッカーはくじ引きで落ち、第2希望のハンドボールもの落選。残ったのはここだけだった。
 もう6時間目の開始時間を数分過ぎている。でも、誰も来ない。そりゃ、人気ないよな。

 「ようこそ!」
 突然の大きな声に僕は飛び上がった。ドアのほうを見て、今度は目を剝(む)いた。入り口をくぐるように丸眼鏡のおじさんが入ってきた。それは、僕が今まで生で見た中で一番デカい人間だった。鼻が高くて、外国人かハーフっぽい雰囲気だ。

 「では、あらためて、ようこそ!」
 デカいおじさんは体に似合わない几帳面な字で黒板にこう書いた。

 そろばんクラブへようこそ!

 そう。僕が放り込まれたのは、いまどき中学生に「そろばん」を教えようっていう、時代遅れのクラブなのだ。

 「まだそろってないですね。もう一人、来るはずですが……」
 え。二人しかいないのか……。
 「先に自己紹介しちゃいましょう。ワタクシはエモリと言います。江戸を守るでエモリです
 エモリ先生が笑顔で僕をみつめる。あ、僕の番か。

 「2年2組の木戸隼人(はやと)です。木戸は木のドア、隼人はハヤブサに人と書きます」
 「木戸孝允と薩摩隼人の合わせ技で一人薩長連合ですか。なかなかオツですね」
 これ、たまに歴史好きのオジサンに言われるネタだ。正直、反応に困る。

 ここで女の子が一人、ペコリと軽く礼をして教室に入ってきた。
 「おお。どうぞ、好きなところに座ってください」
 僕から一つあけた廊下寄りの席に座ったその子を、僕は知っていた。小学校は別だし、同じクラスになったことはないけど、けっこうな有名人だからだ。
 「さっそく自己紹介をしていたところです。ワタクシがエモリ、彼がキドくん。あなたは?」
 女の子は落ち着いたよく通る声で「2年4組の福島です」と言った。

 「はい、福島さん。下の名前は?」
 「乙女、です」
 エモリ先生が「おお、今度は会津に土佐ですか」と一人で嬉しそうに笑った。
 「福島県が昔は会津藩だったのはご存じでしょう。乙女は土佐の坂本龍馬のお姉さんの名前です。佐幕派と倒幕の大立者の異色のコラボレーションとは、こちらもオツです」
 また歴史ネタか。ハーフっぽい顔なのに、日本史詳しいな。日本語ペラペラだし。
 「幕末つながりでいいですね。せっかくですから、これから木戸くんのことはサッチョウさんと呼ぶことといたしましょう」

 いや、キド、のほうが短いし。
 「で、福島さんは、オトメさん、でいいですか?」
 「いやです」
 「ありゃ。でも、フレンドリーにやりたいので、お二人とも、福島さんのニックネームを考えてみてください。さて、時は金なり。クラブを始めましょうか」

 僕はバッグからそろばんを取り出した。お母さんのお古の年代物だ。
 エモリ先生が「おお。サッチョウさん、用意がいいですね」とニヤニヤしている。
 「あの、わたし、持ってきていません」
 「ああ、安心して。ワタクシもです。しかし、いまどき、そろばんとは」
 なんという言い草だ。いまどき、そろばんクラブを開いておいて。
 「今日だけじゃなく、これからも、そろばんはいりません」

 「え?」
 あ、福島さんとハモッた。
 「福島さん、そろばん勘定(かんじよう)、って言葉、ご存じですか」
 「損か得か、ちゃんと考えるという意味です」
 「パーフェクト!」
 おお。ネイティブみたいな発音だ。

 「そうです。損得、つまりお金の物差しで物事を見極める、ということですね」
 エモリ先生が手早く黒板の文言を書き換えた。

 そろばん勘定クラブへようこそ!

 「このクラブのテーマはそろばん勘定です。残念ですが、それは出番がありません」





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