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これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

松浦弥太郎の考えるお金の本質【松浦弥太郎 インタビュー前編】

中沢明子 2018年2月15日 07:00
2002年に中目黒に誕生した書店「COW BOOKS」は、その後に各地に増えた個性的な個人書店の先駆けとなった店だ。厳選された本が丁寧に並べられた本棚に強い意志と美意識が感じられる書店の登場は新鮮だった。当時、松浦弥太郎さんは店主として、いつも店の奥に座っていて、その凛とした姿を記憶している人も少なくない。それから松浦さんは雑誌『暮しの手帖』の編集長を務め、上質な暮らしを提示する人として、自身にも注目が集まるようになった。今や「松浦弥太郎」は「ブランド」である。本だけではなく、暮らしにまつわるあらゆるものを、意志を持って選択する松浦さんに、お金と暮らしについて訊ねた。

「後悔という“積み残し”が重要なんです」

松浦さんはご自身が良いと思うさまざまなモノをさまざまな媒体で紹介されてきました。松浦さんのモノ選びの基準がどのように培われたのかを教えていただけませんか。

松浦弥太郎(以下、松浦):今の時代と僕が若かった時代とでは状況が少し違うかもしれませんね。若い人に限らないと思いますが、今はいろいろなツールを利用して、「道に迷うことがない」。さらに「失敗をしたくない」という気持ちが強くなっているように感じます。ちょっと検索すれば、どこよりも安く買うことができるし、多くの人が良いというモノにも、すぐにたどり着ける。便利な世の中になりました。

だけど、失敗から学ぶことも大切です。これはお金の問題に限らないですが、百発百中で成功するわけがない。全く後悔しないなんてこともあり得ない。

ツールにまみれていると、失敗をせずに、ある種の結果を出し続けることができる。「自分にとって間違えたものを買っちゃった」という失敗をなかなか体験できません。でもそうすると自分で考える能力が後退するのではないでしょうか。GoogleMapをとりあげられたら、どこにもたどり着けなくなる、みたいな(笑)。


他人の推奨を参考にして考えるのは悪くはない。ただ、多くの人が良いと言っているモノを手に入れたあと、本当に買って良かったと自分で判断できたならいいですが、自分にとっても良いモノだったような気がする、となんとなく納得する感じでいると、自分の基準が作れないですよね。

松浦:そうそう。でもそんなことでは、いつまでも自立できないでしょう? 自分の力で選び取る力が身につかない。だから、お金を使うたびに、そこにどんな学びがあるのかを常に意識することが大切だと思います。

無駄になってしまうことはある。後悔することもある。だけど、その後悔が重要なんだと思う。なぜ後悔したのか。「Why?」と自分に問うことで学びが生まれると思います。モノを選ぶ目を養うためには、失敗や後悔という“積み残し”が必要です。良いモノを選ぶための近道はないんですよ。

僕もたくさんの「失敗」をしてきました。良いと思って買ったのに、あまり使わなかったモノがいっぱいあります。ただ、失敗から学び、後悔という積み残しを少しずつ回収できるようになって、若い頃よりは失敗の数は少なくなりました。ですから、自分のモノ選びの基準を培うために必要なものは「失敗からの学び」だと僕は考えています。


正解と不正解と「正解に近いこと」がある。

現代が「失敗」をことさらに恐れる時代だとすれば、そうした時代に求められることは何だとお考えですか。

松浦:「自分で考える力」がとても重要になっていると思います。インターネットには商品レビューが溢れていますし、それでなくてもたくさんの情報が手に入る環境で、人は考えることをせずに「何でも知っている」という感覚に陥りやすくなっている。

実際、「正解に近いこと」は巷に溢れる情報が教えてくれるでしょう。でも、本当にその「正解に近いこと」が自分にとっての正解かどうかはわからない。また、自分にとっての正解を勘違いすることだってありますよね。先ほどの失敗や後悔につながりますが、後から考えると不正解だったものを正解としてしまうことも。

他人のレビューなどを参考にしすぎるあまり、バーチャルな判断で正解/不正解を決めるのはもったいないと思います。自分でよく考えて選びとると満足度が高いですし、経験値も上がる。失敗だったらさらに学びが大きいでしょう。

つまり、現代社会では便利さが増え続けることで「経験の価値」が上がっているのではないでしょうか。

それから僕は、結果には〇×の他に△があると思っています。「正解に近いこと」は△でしょうね。△がいけないわけじゃないんですよ。〇か×かしかないのは不自然だと思うんです。

野球選手だって3割打者はすごい選手でしょう? 「正解」なんて3割で十分です。もしかすると3割が3割5分にできるかもしれないし、それくらいがちょうど良い。

どんなことにもゆとりが大切なんじゃないかなあ。「結果的に△だったけど、それはそれで良い。でも、次は〇を選びたい」ぐらいのバランス感覚が持てれば良いと思います。


「明日のためのお金」を稼いで気づいたこと

たとえば、雑誌などでは、お金を稼ぐ方法よりもお金を貯める方法の特集のほうが目につきます。また、日本では若いうちから投資を含めたお金についての知識を学ぶ場がほとんどありませんし、今のミレニアル世代は不況の時代に生まれ育ちました。そうした背景があるかと思いますが、「お金を稼ぐこと」について、松浦さんはどう考えていらっしゃいますか。

松浦:子供の頃は500円とかおこづかいの額が決まっていて、その中でどうにか欲しいモノを買おうとやりくりしますね。必要なモノは親が買ってくれるから。それが十代の終わり頃になり、アルバイトなどを始めると、社会人になる前にある程度のお金を手にして、おこづかい500円時代とは異なる大きな金額を自由に使えるようになる。

でも、自分で稼いだお金ですべてを賄い、生きている若い人は少ないから、「お金の本質」が何かよくわからないまま、ある程度のお金を自由に使い始めます。欲望がすべてに勝ち、その欲望の多くを叶えてくれる最大のモノがお金、という段階で、大人としてのお金とのつきあいがスタートするんです。欲望は悪いものではありません。そのために頑張る、とモチベーションになりますからね。

ただ、自分なりのお金に対する定義を作る前にお金を手に入れちゃう危うさはあると思います。欲望もお金も大切ですが、当然ながら、大切なものはそれだけではありません。


松浦さんは10代でアメリカに渡っていらっしゃいますよね。アメリカで暮らしながら、お金についての考え方に変化はありましたか。

松浦:ありました。僕はアメリカで暮らしてみたかったので、高校を中退し、渡航費用を稼ぐために働きました。アメリカに行ってからも生活するために働きました。それは「明日のためのお金」です。どうしても必要なお金です。そして「明日のためのお金」を稼ぐのは簡単ではなかった。そうやって苦労して稼いだお金を使うとなると、何にいくら使うか、慎重になります。

その後、大人になってから、ふと「人は何にお金を使うのだろう?」と思ったんですが、自分の中に答えがあることに気づいた。人は「自分を助けてくれるモノ」にお金を払う、と。

つまり、世の中の人が困っていることにリーチするとお金を稼げるのではないか。そこから意識的に他人が何にお金を使っているのかが気になり始めました。アイスクリームを食べたらストレス解消できて元気が出るとか、そうした消費も含めて人がお金を消費するものとは、「自分を助けてくれるモノ」なんだと思います。

そうした気づきも「明日のためのお金」を稼ぐ経験によって得られたもの。お金を稼ぎ、お金を使うことで自分のお金に対する定義ができると、どんどん好奇心がわいてきて、選びとったモノの〇×△がよりくっきり浮かび上がるようになりました。

ですから、僕の選択基準はコレというモノに出会って決まったわけではなく、ささいな発見や学びの積み重ねによって決められたんだと思います。わかりやすいきっかけはないんです。今の時代の検索のスピードを求めると、途方もなく時間がかかる方法かもしれませんが、自分の基準や定義はこうした積み重ねによってつくられるものだと、僕は考えています。


松浦弥太郎
1965年東京生まれ。エッセイスト、編集者。2005年から15年3月まで、約9年間、創業者大橋鎭子のもとで『暮しの手帖』の編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。タイガー魔法瓶「GRAND X クラブ」のクリエイティブディレクションを務める。ベストセラーに『今日もていねいに』『しごとのきほん くらしのきほん100』他多数。NHKラジオ第一「かれんスタイル」のパーソナリティとしても活躍。


聞き手:中沢明子

なかざわ・あきこ●1969年、東京生まれ。ライター、出版ディレクター。女性誌、ビジネス誌など幅広い媒体で執筆。延べ2000人以上にインタビューし、雑誌批評にも定評がある。得意分野は消費、流行、小売、音楽。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)、『それでも雑誌は不滅です! 』(朝日新聞出版)、共著に『遠足型消費の時代』(朝日新聞出版)、プロデュース本に『ケチケチ贅沢主義』(mucco/プレジデント社)、『深読みフェルメール』(朽木ゆり子+福岡伸一/朝日新聞出版)などがある。最新の構成本に『「働き方改革」の不都合な真実』(常見陽平+おおたとしまさ/イースト・プレス)。