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これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

縄文を愛する男の「お金」を否定しないモノづくり論 【縄文ZINE インタビュー後編】

根岸達朗 2018年1月18日 08:00
争いが少なく、人々が平和に暮らしていたとされる縄文時代。お金の概念が存在しなかったこの時代の交換は「尊敬によって成り立っていた」と語るのは、都会の縄文人のためのフリーペーパー『縄文ZINE』編集長の望月昭秀さん。

冊子の制作に加えて、イベントで「物々交換マーケット」も実践している望月さんは、縄文的価値観をどのように捉えて、フリーペーパーを制作しているのだろうか。縄文人の価値観、そして現代に生きる“都会の縄文人”である望月さん自身の価値観を紐解くべく、前回の記事に引き続き話を聞いた。

循環型社会から考える「資源としてのお金」

望月さんは物々交換マーケットの実践などを通じて、縄文時代の交換のあり方について考えを深めているそうですね。縄文に関心を持つようになって、ご自身のお金の使い方や考え方に何か変化はありましたか?

縄文ZINE編集長 望月昭秀(以下、望月):もともとそんなにお金をたくさん使うようなタイプでもないんですが、何をするにもお金がかかる時代であることをあらためて考えるようになりました。フリーペーパーを出すのにもお金がかかりますよね。そういう点ではちゃんとマネタイズしないと循環しないなとは思ってます。


循環というのは。

望月:これは縄文の思想に通じるのですが、縄文時代のいいところって、すごく循環していたところなんです。縄文人はあらゆる自然、つまり人間を超越した神的な存在が自分たちを取り巻いていていると考えていました。

その神は縄文人が食料とする獲物や木の実、資源としての石や木などすべてのものに宿っていました。自分たちはその自然の神によって生かされているという考え方なので、自然から受けた恩恵は自然に還すことを良しとしたし、死者の魂を神のもとに還す「送り」の儀式というのもあったんです。

縄文人はそうやって命はぐるぐるとめぐるというような循環思想でずっとやっていたので、一万年間、安定して平和な時代が続けたと言われています。

その思想を現代に持ってきて、モノづくりをするとどうなるか。そのひとつに、フリーペーパーというものがあります。フリーペーパーは、金銭を介さずに受け渡す点や、ローカル的な横のつながりで広がっていく感じがとても縄文的。

ただ、それをつくるためにはお金がかかります。お金がすべてではないのですが、そこを無視するわけにもいかない。そこで僕は、お金を資源と考えることにしました。


資源というと、自然界にあるような鉱物やエネルギーなど、人間が生活していくために必要なあらゆるものを想像しますね。

望月:はい、それと同じですよ。たとえば、縄文人は狩りをするために黒曜石を使って鏃(やじり)をつくっていました。黒曜石という資源を利用するのは、それが生きていくために必要だからで、その黒曜石が現代ではお金になったという風に考えてもいいんじゃないか、ということなんです。

お金を否定するのではなくて、お金は自分が生きていくために必要なものをつくるための資源みたいなものだと思えば、納得感もでてくるじゃないですか。


なるほど。縄文的発想でいいですねー。

望月:そこで、というわけでもないんですが、近頃ふたつの新しい取り組みを始めまして。ひとつは、縄文ZINEの1〜4号をまとめた合本の販売ですね。この合本を熱意を持って販売してくれる「直販集落」の募集を現在行っています。

それともうひとつは、著書『縄文人に相談だ』(国書刊行会)の出版。僕が現代のお悩みに対して縄文的に回答するという内容になっています。どちらも応援していただけたらとてもうれしいです。

ストーリーの価値にお金を使う

結局、何のためにその資源を求めるのかということですよね。

望月:そうですね。お金をお金で買って増やすということになると、もう何のためにやっているのかわからなくなると思うんですけど、目的のための手段であれば、それを得ることには意味があるじゃないですか。

それにちゃんと熱意を持って取り組んでいれば、それを応援しようと思ってくれる人も出てくる。それはその人や、その人がつくったモノの背景にあるストーリーの価値だと思います。

たとえば、文様が特徴的な縄文土器もその背景には脈々と続くストーリーがあるんです。そういう歴史があることを知って、人はそこに魅力を感じる。現代でもそういうストーリーの価値に対して、資源としてのお金を使うことができたら、それは非常に縄文的でいいなって思うんですよ。

ウェットで無駄なものが世の中をおもしろくする

望月:でも、そういうストーリーに対する敬意とか、それによって生まれる連帯感とか、そういうことに対してしかお金を使うべきではないとか、ある意味縄文的なお金の使い方が正義だというような感じで押し付けられると、人によってはいやだなあと感じる人もいるんじゃないかと思っていて。


ああ。田舎のコミュニティの人間関係みたいな感じで、濃すぎておなかいっぱいになっちゃうというような。

望月:人付き合いがウェットすぎてしまうんでしょう。そこにはもちろんいい面もあるし、今の時代はそれが大切だという視点もよくわかります。でも、その一方でやっぱりドライでいたいという気持ちもあるのが現代を生きる僕たちじゃないですか。

今の時代っていうのは、とても効率的でドライな価値を突き詰めすぎているからおもしろくないんだと思います。効率化って、たとえば食べ物だったら、サプリで栄養補給しておけばいいという話に行き着くわけでしょう。でもそれは何だか味気ないし、おもしろみがない。

そういうことではなくて、むしろ僕たちがおもしろく生きられるのは、無駄があるからなんですよね。僕はそこをちゃんと見たいと思っているんです。


確かに無駄がまったくない社会だと、どこで一息ついていいかわからない感じがありますよね。

望月:はい。縄文の後に続く弥生時代とか、古墳時代からの大きな流れっていうのは、ひたすら無駄を省いて、効率化を突き詰めていく歴史なんです。それは僕からしてみれば、どんどん社会がつまらなくなっていく歴史なんですが、これはもう止めようがない流れでもあるのはわかっていて。

だからこそ、もうひとつの可能性として、無駄なものがあるから世の中はおもしろいし、それがあるからおもしろく生きられるというベクトルは、本当に忘れちゃいけないと思う。そういう無駄のひとつとしての『縄文ZINE』が、みなさんの生活を少しでも彩ってくれたら僕はうれしいんです。



悩みなんて、全部まとめて貝塚にポイ! 望月さんの著書、1月26日発売予定!

望月昭秀(もちづき・あきひで)
縄文ZINE」編集長。縄文好きが高じて、2015年に同誌を創刊。昨今の“縄文ブーム”をリードする存在として注目を集めている。株式会社ニルソンデザイン事務所代表。

聞き手:根岸達朗
1981年生まれのライター。文章を書いて生きています。東京・多摩地域在住。
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撮影:岡村大輔