Owlly
これからのお金と暮らしを立ち止まって考える

お金を使った交換には縄文的な「尊敬」が大切 【縄文ZINE インタビュー前編】

根岸達朗 2018年1月11日 15:00
お金の概念が存在しなかった縄文時代。争いが少なく、人々が平和に暮らしていたとされるこの時代で、人々はお金という交換ツールを介さずに、どのようにものをやりとりしていたのだろうか。

縄文人の価値観を紐解くべく、都会の縄文人のためのフリーペーパー「縄文ZINE」編集長の望月昭秀さんに話を聞いた。冊子の制作に加えて、ものを持ち寄って交換する「物々交換マーケット」も開催している望月さんは、現代の交換の背景にもあるが見えにくくなっている、ある重要なキーワードを指摘した。

都会の縄文人のためのフリーペーパー「縄文ZINE」

フリーペーパー「縄文ZINE」は現在7号まで発行されている

望月さん、今日はよろしくお願いします。まずは縄文時代とはどういう時代なのか教えてもらえますか?

縄文ZINE編集長 望月昭秀(以下、望月):縄文時代というのは、日本人のルーツとされる人々が食料を求めて移動を繰り返す遊動生活から、竪穴式住居を拠点とする定住生活に移行した時代です。1万年以上にわたって平和な狩猟採集社会が築かれたといわれています。

縄文時代の遺跡からは土器や土偶などの考古学的な証拠が多く出土していますが、この時代の人々は文字を持たなかったので、記録が残っていません。だから、その時代が具体的にどういうものだったのかということについては、実は誰もよくわかっていないという特異な時代なんです。

でも、わからないなりによくよくこの時代の暮らしを観察してみると、その時代に生きた人たちがどういうことを考えていたのか、実は現代の私たちが考えていることと、そんなに変わらない部分もあるのかもしれないということに気付きます。

そういう僕なりの気付きとか、僕が魅力的だなと思う縄文のことを「縄文ZINE」のなかに詰め込んでいるんです。

「縄文ZINE」には行き詰まった現代社会を問い直すヒントがたくさん詰まっていますよね。近年は狩猟ブームなどもありましたが、縄文的な狩猟採集社会に憧れる人も増えている印象です。

望月:そうですね。縄文を理解しようとして、たとえば鹿を解体してみたり、土器を自分でつくってみたりという人がいますよね。とてもいいと思います。いいと思うんですが、僕はインドア派なので、そういうのはちょっと苦手で……。


あ、そうなんですか。

望月:はい、血を見るのとか怖いんです。そこで代わりに、といってはなんですが、ひとつの縄文体験として、最近は友人とのイベントなどで「物々交換マーケット」をやっています。土器とかアンティークの小物とか、自分たちが持っているものを並べて、それをお客さんたちが持ってきてくれた何かと物々交換する。

縄文人の気持ちを理解するためのちょっとした実験だったんですが、やってみるとこれがとてもおもしろかったんですよ。


「物々交換」という実験から見えたもの

望月:まず、物々交換をする人たちのタイプは、いくつかのパターンに分類されるんだなと。交換することを目的とする人もいれば、交換することでその場に参加したいと考えている人もいる。欲しいものがあってそれを得るために自分は損をしたくないと考える人もいるし、逆に自分は得したくないという人もいる。


なるほど。みんな物々交換に対する向き合い方が違うんですね。

望月:そうですね。特に印象的だったのは、あるときの物々交換で、そのときの目玉だったインドのアンティークの真鍮の壺を交換した人。その人はその場で紙をちぎって、自分の絵を描き、それを交換財としました。貧乏くさい星の王子様みたいな絵だったんですが……それ、どう思いますか?


うーん。目玉の商品だったわけですよね。有名なイラストレーターの作品だったらまあという感じもしますけど……。

望月:その絵は「星の貧乏王子様」と呼ぶことにしました。

基本的には断らないようにしていましたし、等価交換じゃなくてもいいなと思っていたし、そうアナウンスしていたので全くルールに反しているわけじゃないのですが、なんとも言えないがっかり感がありましたね。


まあ、わかる気がします。

望月:これはつまり、物々交換というのものが、お金を介さないかわりに信用を介しているということを意味しているんですよね。自分が得したいがために、変なものを出すというのは、その人自身の価値を下げることにつながる。そういうことがこの一件でよくわかりました。

物々交換マーケットではおもちゃや同人誌、CDなどさまざまなものが並ぶ

物々交換の本質が見えてくる感じがあります。

望月:縄文時代というのは、農耕が始まった弥生時代以降に見られるような富の蓄積がなく、誰もが平等に生きていたといわれています。だとすれば、縄文人はその共同体に生きる「みんなのために」動いていたと考えられるし、そこに自分自身の価値を下げるような利己的な交換があったとは思えないんです。

僕はこの物々交換を何度かやってみて、ある程度の顔が見えるコミュニティであれば、今でもこれはすごく有効な物流になると思いました。現代のドライな交換の対極にあるようなウェットさですが、そこに新しい経済のヒントがあるようにも感じています。

ちなみに、星の貧乏王子様は最終的に何と交換されたと思いますか?


あ、交換されたんですね。

望月:はい。枯葉になったんですよ。3つ穴のあいた、ちょっと顔に見える枯葉です。狸に化かされたのかなって思いましたね。


今こそお金を使った交換に「尊敬」を

この信用を介する交換というのは、共同体のためにという考え方もあるでしょうけれど、それとともに自分を知って欲しいとか、認めてほしいというような人の気持ちもありそうですね。

望月:あると思います。それは人間が「尊敬されたい生き物」だからでしょう。縄文時代はお金という概念がなく、お金持ちだから尊敬されたというようなことはありません。だから人は尊敬を得るために、その共同体のなかで自分はちゃんとした人間だし、ほかの人のために与える気持ちを持てる人間であるということを証明しようとしたはず。


とてもまっとうな話ですね。

望月:今の時代のお金を使った交換の背景にあった方がいいのも、実はこの尊敬なんじゃないかと思うんです。

今の時代は仮想通貨の登場によって、お金が国に縛られないというひとつの転換点を迎えています。でも、僕はこの資本主義社会から抜け出すのは無理だと思っていて、だからこそ、そこから無理に抜け出すことを考えるのではなくて、お金を使った交換のなかに縄文的な尊敬みたいなものを少しでも乗せられないかということを考えているんです。


どうやったらそれができるようになると思いますか?

望月:一人ひとりの考え方ひとつではないでしょうか。気持ちをのせてお金を使うということは、実は今もみんなが何気なくやっていることでもあります。

たとえば、すごくお世話になったあの人のためなら損してもいいとか、あいつのためだったら何かをやってあげてもいいとか、あいつはしょうがないやつだけど応援してあげようとか、そういう感覚って誰しもあるはずで。


確かに。日本でいうと、義理人情みたいな感じですね。

望月:それがどうしてもお金が介在しちゃうと見えにくくなるというか、忘れられちゃうというか、すぐに「それって儲かんの?」みたいな話にもなる。儲けるというのはひとつのテクニックです。でも、それが尊敬に値するかといったら話は違ってきますよね。

たとえば儲けるために、現代ではお金をお金で買うというようなこともしますが、それははたして尊敬に価することなのかどうか。結局、お金というのは、ただ儲けるためというようなドライな扱い方を極めていけばいくほど、ほんとにおもしろくない方向に行きがちなメディアなんですよ。

でも一方で、ウェットすぎるとそれはそれでわずらわしいと感じるところもあるのが現代人です。ドライだからこそ便利な部分もあるし、その恩恵もそれなりに受けている。

大切なのは、ドライもウェットも両方の良さをわかった上で、お金との自分なりの向き合い方を築くことだと思うんです。現代の縄文人には必要なのは、きっとそういうバランス感覚なんでしょうね。



望月昭秀(もちづき・あきひで)
縄文ZINE」編集長。縄文好きが高じて、2015年に同誌を創刊。昨今の“縄文ブーム”をリードする存在として注目を集めている。株式会社ニルソンデザイン事務所代表。

聞き手:根岸達朗
1981年生まれのライター。文章を書いて生きています。東京・多摩地域在住。
note:https://note.mu/tatsuronegishi
Twitter:https://twitter.com/onceagain74
Facebook:https://www.facebook.com/tatsuro.negishi

撮影:岡村大輔