本コラムでは、中国のドローンビジネスを巡る状況を紹介していきます。現在筆者は深圳大学に滞在しており、今回はそのなかで感じたことを紹介したいと思います。

1.空の戦いの激化と水中ソリューションへの注目

 この5年ほどで、「ドローン」と言えば複数のプロペラで空中を飛ぶ機体、いわゆるマルチコプターが想像されるようになりました。空を飛ぶドローンはUAV(Unmanned Aerial Vehicle)またはUAS(Unmanned Aerial System)と呼ばれる機器であり、社会への普及が進んでいます。

 コンシューマードローン市場を切り拓いてきたのがDJI社であることはすでに周知の事実でしょう。DJI社のバイス・プレジデント、徐華濱(Paul XU)氏が6月に行ったプレゼンテーションによれば、同社の開発は第一段階でドローンが安全に飛ぶこと、つまりフライトコントローラーの作りこみによる飛行性能の向上でした。多くのセンサーの搭載によって飛行の安定性を向上させるのと並行して、第二段階として新たな課題となったのは、空撮に耐えうるカメラおよびジンバル(ブレ防止)機構の開発と実装でした。そして第三段階は画像認識を応用した衝突回避、追跡、ジェスチャーコントロールといった機能を実現するドローンのスマート化でした。徐華濱氏によると今後は産業用途への応用を進めるために悪天候への耐久性や信頼性の向上、そしてカスタマイズ需要への対応が課題となるとのことでした。

 同社のPhantomシリーズがとりわけ空撮やドローンスクール業界でデファクトスタンダード化したこともあり、飛行ドローンの市場、とりわけコンシューマー向けのセグメントでは他のメーカーが経営上厳しい状況に置かれてきたことも、すでに周知の事実と言ってよいでしょう(インプレス『ドローンビジネス調査報告書』参照)。

 こうした空での競争の激化を一因として、2015年以降、水中を潜水する小型ドローンを開発製造するベンチャー企業が、各国で登場しつつあります。水中で活動する無人探査機はいくつかの名称があり、ROV(Remotely Operated Vehicle)、UUV(Unmanned Underwater Vehicle)、AUV(Autonomous Underwater Vehicle)などと呼ばれ、深海を調査する目的の機体が想定されてきました。しかし近年、1万ドルや、さらには1000ドルを切るような低価格機のリリースも見られています。

 米国のBlue Robotics社のBlueROV2は2,784ドルから機体キットを提供しており、6つのスラスター(プロペラによる推進システム)を持ち、最大水深100mとなっています。日本でも、株式会社キュー・アイのように多くの納入実績を持つ特殊カメラおよび水中カメラ・ロボットメーカーがありますし、ゼネコン大手の大林組が2017年5月に点検ロボット、ディアグを開発したことをリリースしています。加えて、ベンチャー企業としては、筑波大学発ベンチャーである空間知能化研究所が水深300メートルでオペレーション可能な機体を開発したことが注目を集めています。さらに海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2017年10月に水中100mの距離でリモートデスクトップ接続の試験を成功させており(「光水中Wi-Fi」と呼称しているそうです)、水中そして空と水中の間の通信技術の研究も進んでいます。水中ドローン(ROV)はレジャーと撮影用途に加えて、海洋・河川の研究、ダムや港湾といったインフラの点検、そして養殖業者の生育環境の検査にも応用の可能性があるでしょう。

 空を飛ぶドローンが空撮や農薬散布といった新たなソリューションを提供し始めているのと同様に、今後、水中でサービスを提供するソリューションビジネスが立ち上がることになるでしょう。

2.中国発の水中ドローンベンチャー

 そして水中ドローンのとくに水深100メートル以浅での活動を行う比較的安価なコンシューマー向けセグメントにおいては、中国企業がすでに存在感を見せつつあります。以下では、ROV市場のなかでも、とくに中国の飛行系ドローン産業との連関において急速に立ち上がりつつあるコンシューマー向け製品に注目して紹介をします。なお、以下で登場する機体の多くは、これまでROVとして呼称されてきた本格的機体とは大きく異なる市場セグメントであり、また飛行ドローンとの関わりも見られるため、本稿では「水中ドローン」と呼んで紹介をします。

 下の表は中国発の水中ドローンの企業の情報をまとめたものです。2017年11月時点で出荷を開始しているモデルはPowervision Robot (北京臻迪机器人有限公司)のPowerRay、博雅工道(北京)机器人科技有限公司のBIKI、Chasing Innovation(深圳潜行创新科技有限公司)のGladiusです。PowerRayを提供するPowervision Robot社は、2010年にコンシューマー向けスマートロボットの開発製造で創業し、PowerEggという卵型の飛行ドローンを開発製造しています。同社の水中ドローンPowerRayは、水深30mまでの活動水域となっていますが、「とりあえず飛ばせて空撮できる」というDJIのPhantomのパッケージに似た位置づけとも言えそうです。さらに魚群探知センターを搭載可能であり、拡張性もあります。クラウドファンディングの最大手、Kickstarterで話題となったRoboseaのBIKIは魚型のドローンで、プールでのレジャー用途を想定した製品ですが、同社はこれに加えてより本格的な水中ドローンの開発も進めており、障害物回避機能や無線での操作にも取り組んでいることが公表されています。

表 中国の水中ドローンベンチャーの概況
企業名概要
Powervision Robot (北京臻迪机器人有限公司)2010年創業、北京に本社。創業者は鄭衛峰氏(中欧国际工商学院EMBA卒)。クラウドファンディングで卵型の飛行ドローンPowerEggをリリース、飛行ドローンに加えて水中にも展開、水中ドローンのPowerRayをリリース。
Robosea(博雅工道(北京)机器人科技有限公司)2015年9月登記、北京に本社。創業者は熊明磊氏(北京大学工学院博士課程在籍)。水中ドローンBIKI、RoboLab-Edu、RoboFish-Plusをリリース。無線操作も一部可、障害物回避機能も短距離では実装。
Charpie(上海查湃智能科技有限公司)2016年2月創業、上海に本社。創業者は付斌氏(東京海洋大学工学博士)。産業用水中ドローンSTRAIT-X1707、水中用カメラSEA-GULL1708をリリース。
Tianjin Sublue Ocean Science & Technology (天津深之蓝海洋设备科技有限公司)2013年1月創業、天津に本社。創業者は魏建倉氏(国防科技大学卒業、軍関係研究所で勤務経験)。White Shark Miniをはじめ水中ドローンをリリース。軍向け納品実績あり。
Chasing Innovation (深圳潜行创新科技有限公司)2016年6月創業、深圳に本社。創業者は張洵氏(吉林大学卒、華為科技勤務経験)。Gladiusをリリース、Indiegogoにてクラウドファンディング、2017年10月末時点で200台を出荷。
Qiyuan Technology (QYsea, 深圳鳍源科技有限公司)2016年7月創業、深圳に本社。創業者は張翀氏(寧夏大学工学部卒、FOXCONNにて勤務経験)。水中ドローンFifish P3をリリース、2017年12月出荷開始。
Shenzhen VxFly Intelligent Information Technology (深圳微孚智能信息科技有限公司)2015年創業、本社は深圳。創業者は(西北工業大学修士課程卒、専門はミサイル設計)。画像転送モジュールの開発で創業し、2016年水中ドローンCCROVをリリース。

出所:各社HP、The Bridge記事「中国の優れた水中ドローン4選」ロボスタ「夏だ!海だ!水中ドローンだ!ロボスタが選ぶ注目の「水中ドローン」14選」および中国メディア報道より作成。

3.バラエティ溢れる創業パターン~ドローンからの展開、基礎研究、エレクトロニクス産業からのスピンアウト~

 中国の水中ドローンベンチャーの創業パターンを見ると、いくつかの傾向を指摘できます。

 第一は、飛行ドローンセグメントからの展開あるいは転業というパターンです。Powervision社は飛行ドローンの開発製造から始まり、水中ドローンに展開していますし、Chasing Innovationの創業者ももともとは2015年頃に飛行ドローンの開発を行っていました。Chasing Innovationは華為科技(HUAWEI)のエンジニアがスピンアウトして創業したスタートアップですが、飛行ドローン市場の競争の激化にともない、わずか1年あまりで事業は頓挫し、そのタイミングで再起をかけて開発されたのが水中ドローンGladiusです。Gladiusはコンシューマーセグメントで現状、世界でも先駆けて出荷されている製品ですが、Chasing Innovationの周長根氏(財務、オペレーション担当)へのインタビューによると、このスピーディーな製品供給の背景には創業者たちが経験した「飛行ドローン市場での苦い思い出」があるそうです。クラウドファンディングサイトIndiegogoを活用し、世界にリリースするスタイルは、深圳をはじめとしたハードウェアスタートアップの一つの王道となりつつある営業方法で、Chasing Innovationは出荷をしながら製品のアップグレードを目指しています。「空の戦い」の激化は、「水中の戦い」をもたらしているのです。

Chasing Innovation社のGladius。シンプルな作りだ。2017年10月27日、Chasing Innovation社にて筆者撮影。
ドローンは有線で発信機に接続され、そこからWifiでスマートフォーンに接続します。機体内のジャイロセンサーのデータをもとにスマホ画面には姿勢が表示されます。2017年10月27日、Chasing Innovation社にて筆者撮影。
Chasing Innovationの周氏。華為科技の出身。失敗を謙虚に語り、そこからの教訓を生かそうとしていることを教えてくれました。

 第二のパターンは、基礎研究者も動員した創業パターンです。QYsea(深圳鳍源科技有限公司)の創業者である張翀氏は、製造請負大手のFOXCONNで働いた経験を持つエンジニア兼マーケターです。同社の創業メンバーには中国の国家プロジェクトで深海7000mの潜水に成功した有人潜水機・蛟竜(Jiaolong)の開発チームに在籍していたメンバーも含まれています。QYseaのプロダクトは高いデザイン性と操作性を評価され、2017年のCES Innovation Awardを取得、すでに2018年のCESでも受賞が公表されています。より産業用途寄りのTianjin Sublue Ocean Science & Technology Co, Ltdの魏建倉氏は国防科技大学での軍事関連技術の研究から出発しており、中国国内で育成された基礎研究者の中から、こうした新興市場の開拓者が生まれていることを示しています。

 このように中国の水中ドローンベンチャーの創業パターンは、飛行ドローン市場ですでに観察されてきた状況に近いと言えます。「基礎研究人材+成熟したサプライチェーンと有力メーカーからのスピンアウト+豊富なベンチャー資金+さらに実験・実装試験地域の存在」という発展パターンが水中ドローンでも再現されつつあります(中国の飛行ドローン産業の発展パターンについては『中国ドローン産業報告書2017 動き出した「新興国発の新興産業」』を参照)。

Fifish P3。デザイン性に優れ、また強い前方ライトによる視野の確保、そして操作性の高さを感じました。2017年6月26日、QYsea本社にて筆者撮影。
飛行ドローンのプロポから有線の接続で操作します。無線モジュールの開発も研究機関と共同で進めており、短距離では無線操作が実現しつつあります。(同上)
オフィスの隅にはプロトタイプが数多く並んでいます。企業の登記以前の準備段階を含めても2年で少なくとも数世代のモデルを実現している事実は、この深圳のラピッドプロトタイピングの速度を感じさせます。(同上)
QYseaのメンバー(一部)。最前列右の女性がCEOの張氏です。HPではエンジニア、マーケターを募集中。(同上)

4.水中ドローン市場は飛行ドローン市場の再現(デジャブ)になるのか?

 水中ドローン市場の潜在的市場規模は諸説ありますが、2022年までに50億ドルという予測もでています。Gartnerによる2017年の飛行ドローンのハードウェア市場の規模が約60億ドルとの予測がでていることを想定すると、多少楽観的に言えば、今後10年の間に水中ドローンスタートアップのいずれかが「水中のDJI」、「水中ソリューションのユニコーン企業」となる可能性は否定できないでしょう。そのセグメントが飛行ドローンのように、強力な中国のベンチャー企業によってけん引されるのか、それとも長期にわたり国際的な競争的市場になるのか、まだまだ予測は難しい段階にあります。

 またPowervisionのように、飛行ドローンを開発している会社が水中ドローンを開発する事例も見られています。各種センサーデータに基づくモーター制御という基礎技術が共通する点を考慮すると、もしかするとDJI自身が水中ドローン市場に参入することもありえるのかもしれません。GPSで水中に浮かぶ基地局の位置を判断し、音響で現在地を判定し、加えて水圧センサーで水深を、加速度センサーで移動を、ジャイロセンサーで姿勢を把握し、カメラと音波で得られるデータから外界の情報を得る…。これらの機体制御とデータ処理は飛行ドローンと共通する点が多いためです。

 このように考えると、今後水中ドローンの普及が見込まれるなか、利用に関わるルール作りをどのように進めるべきか、またベンチャー企業はどのセグメントで戦うかがすでに問われなければならない段階にあります。飛行ドローンの普及が進む中で、事故もたびたび発生していることを念頭に置くと、水中ドローンが一般社会からも理解され、何よりも安全運用の原則の上に立ちながら普及が進むことが期待されます。海洋国家として日本がどのように小型水中ドローンを開発し、そして利活用していくかが問われることになるでしょう。各種センサーを活用して飛行し、カメラで撮影し、通信する飛行ドローンが「空飛ぶスマホ」と俗称されていることを考えると、近い将来、水中ドローンは「水中を泳ぐスマホ」になるかもしれません。空では「空飛ぶセンサー」が飛び、海では「泳ぐセンサー」が活躍する時代に入りつつあるとすれば、その端末、そのインフラ(地図データを含む)、その通信、そしてその運用のあり方に今後注目が必要でしょう。

※本投稿に関わる調査と執筆に際して、トーマツベンチャーサポート株式会社の瀬川友史氏と海洋研究開発機構(JAMSTEC)・海底資源研究開発センターの山北剛久氏から得たアドバイスに感謝いたします。

伊藤亜聖

東京大学社会科学研究所 准教授
深圳大学中国経済特区研究中心訪問研究員
専門は中国経済論。著書に『中国ドローン産業報告書2017 動き出した「新興国発の新興産業」』(東京大学社会科学研究所現代中国研究拠点、2017年3月)、『現代中国の産業集積――「世界の工場」とボトムアップ型経済発展』(名古屋大学出版会、2015年12月)、『東大塾 社会人のための現代中国講義』(高原明生・丸川知雄共編、東京大学出版会、2014年11月)等。
Email: asei@iss.u-tokyo.ac.jp