西田宗千佳のイマトミライ

第53回

「Disney+」とはなにか。ディズニーの中核サービス日本上陸

(c)2020 Disney and its related entities

ウォルト・ディズニー・ジャパンは、6月11日より、映像配信サービス「Disney+」をスタートすると発表した。海外で急速に利用者を伸ばしているサービスだが、そもそもDisney+とはどんなサービスかなのか? その実情はあまり認識されていないように思う。

Disney+」6月11日開始。月額700円でアベンジャーズ

また、日本ではすでに独自の「Disney DELUXE」をNTTドコモとの協業の形で進めている。それとの関わりはどうなるのだろうか? 改めて解説してみよう。

スタートはESPN立て直しから。「コンテンツを直接届ける」中核サービス

Disney+は、ウォルト・ディズニー・グループが、同社の持つコンテンツをまとめて提供するためのものとしてスタートした経緯を持つ。アメリカなどでは2019年11月からサービスを開始した。ディズニーの作品はもちろん、傘下のレーベルであるマーベル・スターウォーズなどの作品が見られる……といえばわかりやすいのだけれど、同サービスが成立した背景はもうすこし複雑だ。

ディズニーというとアニメ作品がすぐに思い浮かぶが、実際には、世界有数のメディアコングロマリットである。

ピクサーやルーカスフィルム、マーベル・エンターテインメントなどのコンテンツ的にディズニーと類似性・共通性がある企業だけでなく、アメリカ3大ネットワークの一つであるABCや、スポーツ専門局であるESPNを傘下に持つ2017年には旧21世紀フォックスのテレビ・映画部門を買収し「20世紀スタジオ」とした。また、米国法人であるHulu(日本のHulu Japanは別法人で、経営体制も別)も、現在はディズニーの子会社 になっている。提携・合弁企業にナショナル・ジオグラフィックやA&Eネットワークス(「ヒストリーチャンネル」の提供で知られるヒストリー社を傘下にもつ。メディアコングロマリットのハーストとディズニーの合弁会社)があり、カバーする範囲はとても広い。

海外のDisney+

ディズニーがネット配信に力を入れ始めたのは、そもそも、スポーツ専門局ESPNの立て直しが目的だった。ケーブルTVが強く、スポーツの人気が極めて高いアメリカでは、ESPNは長くドル箱事業だった。だが、ケーブルTVの価格競争力が落ち、ネット配信との競合が注目されるようになると、ディズニー本体の影響にも大きな影響がで始める。一時は「本体から切り離さねばいけないのではないか」という声まであがるほどだった。

そこで、「定額制のスポーツ映像配信サービス」として2018年にアメリカで登場したのが「ESPN+」である。月額4.99ドルで見放題、という価格帯も功を奏してか、ESPN+は、アメリカ国内で760万契約(2020年2月段階)を集めるまでに成長した。

この成功を見てディズニーは、「コンテンツを他に出すのではなく、すべて自分がゲートウェイになって顧客に提供する」という「ダイレクト・トゥ・コンシューマ」戦略を拡大する。

その中核になったのが「Disney+」だ。ディズニーとその傘下のスタジオ群、ナショナル・ジオグラフィックのコンテンツを一挙に提供し、月額6.99ドルと価格を抑えたサービスとした。内容がわかりやすいので、契約する側のハードルも低い。

アメリカの場合にはここに、ESPN+およびHuluとのバンドルパックが追加される。Huluは主に大人向け(アダルトという意味ではなく、レーティング上大人を対象としたドラマやバラエティ、ドキュメンタリーを含むという意味)のコンテンツを持った映像配信であり、3者をセットにするとおおむねコンテンツを全方位にカバーできる。これで月額12.99ドルだ。

特にアメリカでのDisney+を考える場合には、この「全方位でのダイレクト・トゥ・コンシューマ戦略」という視点が重要になる。このパッケージだけ入っていれば多くのコンテンツをお手軽に得られて、しかもディズニーと顧客の関係は強化される。

Dinsey+は5月4日の段階で、全世界での加入者数が5,450万人に達した。このうち大半を占めるアメリカでは、前出のような「お得なトータルパッケージ戦略」が効いている。そもそも、EPSN+やHuluがなくても、Disney+自体が「トータルパッケージ」的といえる。「とりあえずここに入っておけばお得だし安心」という意味では、他とは違う強い立場にいる。

実質Disney DELUXEの看板替え。ナショジオ、20世紀スタジオは魅力

さて、日本でのDisney+はどのようなものになるのだろうか? すでに「Disney DELUXE」ユーザーには、6月11日からDisney+が始まることが告知されている。

Disney DELUXEの視聴アプリを開くと、このような通知が。移行はカウントダウンに入った

すでに述べたように、Huluは日本では別法人・別経営だし、ESPNもアメリカほど強くない。そうした関係もあり、それらのサービスとの連携は行なわれておらず、「Disney+という単独のサービス」という意味合いが強い。

というよりも、日本のDisney+は、アメリカのDisney+とは違うものであり、「枠組みもシステムもあまり変えずに、Disney DELUXEから移行するもの」と考えた方が適切だ。

そうした部分は、Disney DELUXE利用者に向けたQ&Aをつぶさに見ていくとよくわかる。

Disney DELUXE利用者に向けたQ&Aページ。新サービスの詳細はここに一番詳しく記載されている

まず、サービスアカウントはそのままDisney+でも使える。契約の変更や追加料金は一切ない。

現状、Disney DELUXEは主に「ディズニーシアター」という視聴アプリを使って見る形になっている。これは6月11日以降、Disney+でもそのまま使われるが、UIなどは変更される。Disney DELUXEでは、ディズニー・マーベル・スターウォーズなどのコンテンツを別々に楽しむアプリもあり、それぞれでは着せ替えデータなどの専用コンテンツも用意されていた。その辺には大きな手は入らず、そのまま利用できる。

一方で、制約もDisney DELUXEと同じだ。アメリカのDisney+は4K/HDRに対応しているのだが、Disney DELUXEは対応していなかった。同様に、(少なくとも当初は)日本のDisney+も4Kに対応しない。

また、「UIは日本向けに特化した形」とされており、海外とは異なっている。アカウントも国ごとの管理で、日本のDisney+アカウントで映像が見られるのは「日本国内にいる時だけ」。他国ではその国のアカウントを取得しないと視聴できない。そしてその場合、言語には日本語が含まれない可能性も高い。

これらの条件から考えれば、「日本ではDisney DELUXEをDisney+に実質的に改称し、サービスインフラや会員基盤は引き継ぐ」と見ていいだろう。

実際、Disney+開始前から独自に映像配信をやっていた国々では、それを改称する形でDisney+への巻き取りが行なわれている。日本の場合も同様だろう。

動画配信の拡販やサービスサポート、そして課金システム提供の点で、ディズニーにとってドコモは重要なパートナーだ。またドコモにとっても、誰にでもわかりやすいディズニーの動画配信は、4G・5Gで大容量プランを売っていくには欠かせないパートナーである。ここで枠組みを解消するのは、どちらにとっても意味がないし、顧客にも混乱を招く。

というわけで、日本のDisney+は「落ち着くべきところに落ち着いた」と言えるだろう。

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ただ、これまでのサービスと違うのは、本格的に「ディズニーが作ったコンテンツが幅広く入ってくる体制ができた」ことにある。Disney+ブランドであることは変わりないので、Disney+向けのオリジナルコンテンツは、ローカライズのタイムラグなどはあるかもしれないが、多くが配信されることになるだろう。おそらく、Netflixなどの競合状況を考え、タイムラグがどんどん短くなっていくはずだ。

また、「ナショナル・ジオグラフィック」と「20世紀スタジオ」のコンテンツが正式に入ってくることが大きい。特にナショジオのコンテンツは、ドキュメンタリーは派手さこそないものの、ケーブルTVや定額制映像配信にとって重要な存在だ。個人的にも楽しみである。

(c)2020 Disney and its related entities

それだけに、次は4K・HDR対応が求められるところだ。そうなると、オーディオビジュアルファンにとってさらに「解約できないサービス」になっていくのだけれど。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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