西田宗千佳のイマトミライ

第18回

楽天モバイル、「5,000名テスト」からサービス開始への期待と不安

9月6日、楽天はMNO事業などに関する記者説明会を開催した

この秋は、携帯電話事業に大きな変化が訪れる。いわゆる「分離プラン」の導入を軸とした料金体系の変更が行なわれるからだ。なにより注目されるのが、自前回線を持つ携帯電話事業者(MNO)としては新規参入となる楽天の動向だ。

9月6日、楽天はMNOとしての携帯電話事業者での事業プランを発表した。いや、正確には「今は詳細を発表しない」とし、当面は「無料サポータープログラム」と呼ぶテストサービスを行なうことを発表した。

発表会には楽天・三木谷浩史社長も登壇

楽天MNO事業発表会、「無料サポータープログラム」の開始を発表

これはどういう意味を持つのか? そして、我々の携帯電話料金はどうなるのかを考察した。

10月から「無料サポータープログラム」と言う名のテストサービス

楽天は本来、この10月からMNOとしてサービスを開始し、いわゆる「第4のキャリア」になるはずだった。

だが実際問題、そうはならない。10月から始まるのは、実質的なテストサービスにあたる「無料サポータープログラム」だ。募集人員は5,000名。10月1日から募集が開始され、抽選の後、10月6日以降順次、利用者への案内が始まる。実際に通信が使えるようになるのは10月13日頃からと見られている。

10月1日から「無料サポータープログラム」という、実質的なテストサービスの利用者を募集。募集人員は5,000名

「無料サポータープログラム」は、音声通話・データ容量ともに無制限に使えて、利用料はゼロ円。海外からのローミングも無制限に使えてゼロ円だ。実施期間は「最長の場合」2020年3月31日まで。参加条件は、東京23区・大阪市・名古屋市・神戸市に在住の満18歳以上で、品質テスト・アンケートに回答できること……とされている。

「無料サポータープログラム」の参加条件

ただし同社サイトによれば、データ通信については「100GB+データチャージ」と付記されており、「実質的に無制限」というのが正しいようだ。

楽天モバイル、10月1日から「無料サポータープログラム」

ネットワークの革新性を強調する三木谷氏、「縛りなし」を基本方針に

会見で楽天 代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏は、「サービスが半年遅れるわけではない」と強調した。「ネットワークが安定的に稼働することを確信しているが、確信には確信を入れる」(三木谷氏)ために、ネットワークを実運用してテストをする、ということである。そのため、「無料サポータープログラム」の提供期間も定まってはおらず、「(本サービスへの移行は)1カ月後かもしれないし来年の3月かもしれない」と含みをもたせる一方、「半年伸ばすわけではない」と話す。

テストを行なう理由を同社は、これまでにない「完全仮想化」による携帯電話ネットワークを構築したため、と説明している。

携帯電話ネットワークは、携帯電話ネットワークのための専用機器で構築するのが基本だが、楽天モバイルは「アンテナ以外汎用機にソフトを組み合わせて」(三木谷氏)ネットワークを構成する。こうすることで、機器コストが安く、携帯電話基地局設置工事がシンプルで、ネットワークサービスを実装する上での無駄が減る。「結果として他社には真似のできないほどの低価格が実現できる」と三木谷氏は自信を見せる。

楽天モバイルが構築する「完全仮想化技術」による携帯電話ネットワークの利点

完全仮想化技術による携帯電話ネットワーク構築の例はこれまでにない。「携帯電話業界版『アポロ計画』のような、過去にないネットワーク」(三木谷氏)であるために、テストをしたい……ということなのだ。

結果として、同社はMNOとしての携帯電話事業の料金体系を発表していない。

だが基本方針として、楽天モバイルの山田善久社長は「縛りなし」を挙げた。

携帯電話事業者では一般的だった「最低利用期間」「契約解除に伴う違約金」といったものを設定せず、全機種をSIMロックフリーで販売する。移行にかかるハードルをなくすことで、気軽に携帯電話事業者の間を乗り移ってもらいたい……という狙いが見える。

楽天モバイルのMNO事業では、「最低利用期間」「契約解除に伴う違約金」といった縛りを設けない

同日、MVNO(仮想移動体通信事業者)としての楽天モバイルも、新料金プラン「スーパーホーダイ」を発表している。こちらはあくまでMNVOとしての料金体系であり、MNOとしてのものではないのだが、MNOでの方針と同様、「最低利用期間」「契約解除に伴う違約金」を定めていない。

MVNOプランでも「縛りなし」に

楽天モバイル、MVNOサービスで最低利用期間や契約解除料を撤廃した新料金プラン

疑問だらけの「基地局計画」「つながりやすさ」

MNOとして新規参入になるので、ネットワークのテストは必要だろう。その上で、縛りがなく「他社には真似のできない安さ」が実現できる、ということなら誠に結構……なのだが、楽天モバイルの計画には、どうにも不明確な点がつきまとう。

なにより大きいのは、MNOとしての独自網での「つながりやすさ」を軸にした品質が、どこまで担保されるのかわからない、ということだ。

楽天モバイルは、MNOとして独自に基地局などを設置してネットワークを作る。ただし、スタート段階では日本全国をカバーするには至らず、東名阪地域に限定される。それ以外のエリアや、東名阪地域の地下鉄などでは、KDDIの回線をローミングする形でサービスを行なう。

全国がカバーエリアではあるが、東名阪地域以外ではKDDIの回線網にローミングする形となる

事前の報道では、楽天モバイル独自エリアの基地局設置は難航している、と伝えられていた。総務省も工事の遅れについて、3月・7月・8月と、3度に渡って行政指導を行なっている。

会見にて楽天モバイル側は「基地局の設置は遅れを取り戻しており、問題ない」と主張している。

しかし、これは額面通りに信じるのが難しい。筆者にも複数のソースから、遅れの具体的な情報が寄せられている。またなにより、楽天が必要な情報を提示していない。

「エリア」として示されたのは、単に地図上で地域区分をベタ塗りした図に過ぎない。設置済みの基地局数や計画についても具体的な内容を示していない。携帯電話の電波は非常に複雑な挙動を示すため、建物の奥やビルの影などで「エリアの抜け」が発生する。他社はそこを地道な努力とコストでカバーしてきたが、現在の楽天モバイルがそこでどのような方針なのか、あの「ざっくりエリア図」からは読み解けない。

エリアマップとして示されたのは単なる地域区分図で、本当にどのくらい漏れなく「つながる」のかは読み解けない

そもそも楽天は、4Gにおいて、他社に比べて周波数帯の高い1.7GHz帯の40MHz分だけを割り当てられている。それに対し、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの3社は、電波が届きやすい700MHz帯から3.5GHz帯までを使い、各社それぞれ200MHz以上の帯域を確保している。「つながりやすさ」「通信速度」の面で、そもそも不利な条件なのだ。

楽天モバイルは、MNOとしての「無料サポータープログラム」でのサービススペックとして、「速度は最大400Mbps、遅延は20msから30ms」という値を示した。これは4Gとしては優秀なものだが、理論値であって実効値がどうなるかはわからない。

楽天モバイルがMNOサービスとして示した値はあくまで「理論値」で、実環境でどうなるかがわからない

現状では、携帯電話サービスにおいてもっとも重要な要素でもある「つながりやすさ」を評価する術がない。むしろ聞こえてくるのは不安ばかりだし、それを払拭する情報も、楽天からは提供されていない。

「これはフタをあけてみるまで判断はできないな」というのが正直なところだ。そして、携帯電話サービスのような生活インフラにおいて、「フタをあけるまでわからない」というのは、望ましい状況ではない。

少なくとも、過去に携帯電話事業に参入した企業は、開業の半年以上前から詳しい情報を公開し、消費者に判断基準を公開していた。今の楽天モバイルにはそれが欠けている。

「契約解除料」が無くなっていくと、既存事業者に有利?!

もうひとつ懸念点がある。楽天が方向性をギリギリまで公開してこなかったこともあり、分離プランという、消費者の懐に大きなインパクトを与える施策の導入直前にも関わらず、携帯電話事業者は、まだすべてのカードをオープンにした状況ではない、ということだ。正直判断に困る。

とはいうものの、8月末になって「にらみ合い」の状況からは一歩前に出た。

最初に動いたのはKDDIだ。8月28日に「au UNLIMITED WORLD」を開催し、5G時代を見据えた世界観を強調しつつ、新しい料金プランのひとつである「auデータMAXプラン Netflixパック」を発表した。

5Gは「UNLIMITED WORLD」、KDDIが描く制約のない世界

「auデータMAXプラン Netflixパック」では、2年契約に伴う契約解除料を「1,000円」と定め、解約・事業者移行が圧倒的に容易になった。

9月5日には、ソフトバンクが、9月13日より、2年縛りや解除料のない新料金プランを導入すると発表している。

ソフトバンクが9月13日より月額980円の新料金プラン。2年縛りや解除料なし

こちらは楽天モバイルの発表前日の公開。この記事が掲載される9月9日午前には、ソフトバンクの新サービス発表も予定されており、なにか新しい情報があれば追記したい。

NTTドコモは6月に新料金プランへと移行した後、他社対抗については明言を避けている。だが契約解除料が1,000円以下になることだけは間違いない。

総務省の施策に伴い、契約解除料の問題は解決に向かった。楽天モバイルが競争に参加できるよう、MNPしやすい環境は整ったといえる。

だが、既存3事業者が契約解除料を下げたのは、「ネットワーク品質に自信があるから」でもある。楽天モバイルのネットワークが3社並のつながりやすさになるには相当の時間がかかる。5Gがメインになる時代になっても、まだしばらくは既存事業者優位だろう。その状況で、そうそう楽天に顧客は奪われない……ということなのだ。

逆に楽天は、本サービス開始後に接続品質を早急に上げないと、他社に顧客がまた逃げる可能性がある。なにしろ、事業者移動のリスクがないのだから。

MNOとしての楽天モバイルが他の3社に対して不利なことは最初からわかっている。完全仮想化技術の利点も、特に4Gから5Gへの移行期においては面白い要因になるだろう。その上で、価格やネットワーク品質、サービスで勝負するのは正しい。消費者は色々な要素を加味して携帯電話事業者を選びたいし、そうなるのが理想だ。

だが現状、三木谷氏の自信は別にして、条件を客観的に判断する条件に欠けている。既存事業者は当面そこを攻撃するだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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