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日本科学未来館、新館長が開発中の「AIスーツケース」をデモ

東京・お台場にある日本科学未来館は8月25日、4月に第2代の館長に就任した浅川智恵子氏による初めての記者説明会を開催し、今後の運営方針を解説した。障害や年齢、国籍といった違いに左右されることなく、誰にとっても利用しやすいミュージアムにするアクセシビリティ向上や、様々な新しい科学技術を社会に実装するための仕組みづくりに取り組む。

運営する科学技術振興機構(JST)が、2021年度から浅川氏が日本科学未来館館長に就任すると発表したのは2020年5月。就任は今年4月だが、コロナ禍の影響で、研究活動をしてきた米国からの帰国が遅れていた。就任決定後、浅川新館長とスタッフらはリモートでオンライン・ミーティングを繰り返し、今後進むべき方向性として「Miraikan Vision 2030」をまとめ、「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」として、多様なステークホルダーとともにアイデアやイノベーションを生み出すプラットフォームとなることを目標に掲げた。

記者説明会では、浅川氏が前職であるIBM時代から開発を手掛け、未来館でも実装を目指す、視覚障害者向けナビゲーションロボット「AIスーツケース」のデモンストレーションも行なわれた。

情報とモビリティのアクセスブル向上へ

日本科学未来館 館長 浅川智恵子氏

浅川智恵子氏は現在は全盲。小学生時代のプールでの事故により徐々に視力を失い、14歳で失明した。しかしもともと積極的だった浅川氏は、その後も果敢にスポーツや料理などに挑戦した。視力を失ってもできることがあることを自ら示してきた。

いっぽう、辛かったことは2つあると述べた。1つ目は情報へのアクセシビリティ。2つ目はモビリティ。将来自立できるのか不安だったという。その後、紆余曲折を経て、IBMで点字プロジェクトや音声によるWebアクセス技術を研究。自身もその成果によって様々な情報にアクセスできるようになった。

情報とモビリティに関する困難
浅川氏が開発を手がけて来たアクセシビリティ向上技術

浅川氏は「アクセシビリティ技術は障害者を主に対象としてきた。だが情報へのアクセシビリティ技術が多くのイノベーションを生み出してきたことがわかる。電話、キーボード、音声合成や文字認識技術などだ。自動運転技術も視覚障害者の夢が牽引してきたと言われている」と語った。

館長就任の話が来たときには悩んだが、SDGs(持続可能な開発目標)の理念である「誰一人取り残さない(leave no one behind)」世界の実現を考えて引き受けたという。そして未来館をプラットフォームとする「Miraikan Vison 2030」を紹介。「これからの活動を通して新しい未来館を示していきたい」と語った。

これまでのアクセシビリティ技術の進展
Miraikan Vison 2030

ロボットを使った「未来の町歩き」を未来館で見せる

ナビゲーションロボット「AIスーツケース」

浅川氏ら次世代移動支援技術開発コンソーシアム(https://caamp.jp/)が開発中で、未来館でも検証する予定の「AIスーツケース」は、行きたい場所をスマホアプリから指示することでナビゲーションしてくれるスーツケース型の移動ロボット。目的地だけではなく、途中経路の周囲の案内も音声で行なう。また、カメラ・センサーからの情報を使って障害物を認識し回避する機能や、コミュニケーション支援機能などを持つ。

浅川氏は「将来はこういった風景が街で見られるようになると思う。ロボットによる街歩きの楽しさを体験してもらいたい。一般来館者にはロボットが人を支援する未来の風景をいちはやく知ってもらい、いまの自分に何ができるのか考えていただくきっかけになればと願っている。みなさんの声を集めて研究活動にフィードバックしていき社会実装を近づけたい」と語った。

指定した場所までのナビを音声で行なうスーツケース型ロボット
白杖代わりにもなっている。本体内部にはバッテリーを内蔵
各種カメラやLiDARを搭載
今回、デモはなかったが単独での自走も可能

日本科学未来館は「AIスーツケースコンソーシアム」の賛助会員になっている。開発が進み、使える状況が整ったら、未来館にも導入するかもしれないという。ユーザーや来館者からのフィードバックは、アンケートのほか、今後実装予定の「未来館アプリ」などを活用する。また、画像認識技術などを使うことで、人の行動や視線などを自動でデータ解析できるのではないかと述べた。

今後の情報技術の発展については、10年前、20年前には不可能だと考えていたことが可能になったと捉えているという。「家電やスマートフォンの進化は想像もしなかった。発展はまだまだ無限大に続くと思う。たとえば、以前は視覚障害者が洗濯機を操作するには『ボタンを5回押す』といった操作を全て覚える必要があった。いまではWi-FiやBluetooth経由ですべてコントロールできる。ハードウェア自身がアクセシブルでなくてもソフトウェア経由で操作できるデバイスが増えてきた。さらにスマホが加わって、今後どうなるのか。とても楽しみ」と述べた。

いっぽう、「モビリティのアクセスに関してはまだまだ」とし、「AIスーツケースを一つのきっかけとしてテクノロジーがここまで変えていくことができるということを示し、新たな技術にアンテナを張っていきたい」と語った。

コロナ禍でのオンラインコミュニケーションは新たな研究課題

時差を乗り越えリモートで毎日議論を行なったとのこと

浅川氏は、未来館館長に就任して5カ月間、新しい企画をスタッフとリモートで議論し、いくつかの方向性を定めたと述べた。個人、社会、地球、宇宙の各領域だ。個人の領域では人生100年時代に自分に何ができるのか。社会の領域ではロボットと街。地球の領域では環境に対して何ができるか。そして宇宙の領域では宇宙開発と少し先の未来を探求する。「これらスケールの異なるトピックの探求を今後も続けていきたい。小さなステップが今後社会を変革する大きなうねりとなるはず。未来館をプラットフォームとして、チーム一丸となって進んでいきたい」と語った。そして浅川氏自身のモットー「Make impossible possible by never give up.(あきらめなければ道はひらける)」を紹介した。

異なるスケール4領域を探求
浅川氏自身のモットー

未来館に来館する主な対象である子供たちに対しては「これまでにも来場したことがある子供たちには、これからも新しい未来館を見て欲しい。これまで来館の機会がなかった人には身近に科学技術を感じてもらう展示を増やしていきたい。日本は研究力が欧米に比べて弱いと言われているが、子供時代から科学技術に興味を持ってもらえるきっかけを作ることが重要だと思う。難しい科学技術をわかりやすく伝えられる取り組みを行なっていきたい」と語った。

新型コロナ禍によって、浅川氏もリモートコラボレーションを最大限に利用しなければならない、また利用すべき必要性に直面し、それを実践してきたという。だが、オンラインでは現場の雰囲気がなかなか伝わらない。たとえば「音で臨場感をつける」など、現在のオンラインへで感じる不便さを新たな研究課題として、取り組みたいと考えているという。

未来館に来館したくても来れない子供たちも少なくない。彼らへの発信については、「オンラインで様々なイベントを行なっている。実際に来館する人、オンライン参加する人のハイブリッドで科学技術を伝えていきたい。オンラインの一方通行さ、物足りなさを今後、どうやって臨場感あふれるコミュニケーションとしていくか。そのあり方を探っていきたい」と語った。

目標は人と人とが繋がるアクセシブルなミュージアム

人と人とが繋がり合う場にしたいと語った

浅川氏の任期は10年とされている。10年後に未来館をどんなところにしたいかという質問に対し、「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」という「2030ビジョンに全ての思いが詰まっている」と答えた。「あらゆる多様性の人々が未来館に来て科学技術を知り、議論して持ち帰る。フロアに出ると、いろんな方々がいろんな展示を見て話し合っている。そんなコミュニティができるようになればいい。来館者同士が展示を見ながら議論をしながら、気軽にコミュニケーターと話したり、シャイな方にはこちらから話しかけるのにもテクノロジーを活用したい。人と人が繋がっていける、そんな場になっているといいなと思う」。

そして、「いま世界中に色々なミュージアムがある。博物館をどうすればアクセシブルにできるか、世界のロールモデルにしたい。世界中のミュージアム関係者が来る、アクセシブルなミュージアムにしたい」と語った。