清水理史の R2のツボ 第三回 | 日本人による日本人のためのローカライズ 清水理史の R2のツボ 第三回 | 日本人による日本人のためのローカライズ
Windows Server開発の裏舞台

■マイクロソフトディベロップメント株式会社 ウィンドウズ開発統括部 シニアテストリード 安田永智氏に、Windows Serverの日本語ローカライズの実際についてうかがった

 突然だが、皆さん、Windows Server 2008 R2に代表されるWindows Server製品。その日本語版がどのように開発されているのかをご存じだろうか?

 英語版をベースに日本で開発? かつてはそうであったため、そう答える人も少なくないかもしれないが、最近では興味深い方法での取り組みが行われている。

 マイクロソフトディベロップメント株式会社 ウィンドウズ開発統括部 シニアテストリード 安田永智氏によると、「Windows 2000 Serverまでの時代のように、国内でコーディングをしていたこともありましたが、開発の効率化や開発期間の短縮などの目的で、最近では別のアプローチでの開発が行われています。具体的には、疑似ローカライズ版(Pseudo Localization)という人工言語版がまず米国で作成され、それを元にローカライズが行われるようになりました」という。

 疑似ローカライズ版とは、Windows 7の開発ブログでも画面付きで紹介されているので見たことがある人もいるかもしれないが、基本的には英語によく似ているものの、マルチバイトの別の言語を意識した人口言語を使ったバージョンとなっている。

 このような疑似ローカライズ版を米国であらかじめ開発することによって、各国言語への対応を容易にすることができるうえ、ローカライズ版で発生しうる可能性がある問題なども開発の非常に早い段階で発見することが可能となるというわけだ。

 言わば、グローバリゼーションを前提としたローカライゼーションとでも言ったところであろうか。そういえば、最近は日本語版だけでなく、さまざまな言語のバージョンが登場するまでほとんどタイムラグがないことにあらためて気づかされるかもしれないが、その秘密はこのような手法にあったというわけだ。

■マルチバイトの文字で作られた疑似ローカライズの例

日本ならではの仕様をどう盛り込むか

 このように言語としてのローカライゼーションはグローバルな仕組みの中で行われるようになったわけだが、それだけでは本当の意味でのローカライズは実現できない。なぜなら、言語以外の部分でも、それぞれの国に合わせた仕様をOSに盛り込む必要があるからだ。

 安田氏のチームでは、このような日本人でなければわからないような表現や日本ならではの習慣などに合わせた仕様を米国の開発チームにフィードバックするという重要な役割を担っている。たとえば、日本語を利用するには、単に画面上のメッセージなどを翻訳するだけでなく、入力のためのIMEを実装しなければならない。

 「見た目のローカライズなどは疑似ローカライズ版をベースに米国でもテストが行われていますが、IMEや言語バーといったユーザーインターフェイスの部分までは、米国では十分にテストされない場合があります。このような日本人の視点での機能的な部分のチェックは、日本にある私たちのチームで行っています(安田氏)」という。

 ダブルバイトのフォルダ名やユーザー名といった点は、疑似ローカライズ版でもカバーできるが、実際に日本語を入力するなどの操作は日本人でなければ細かな部分までチェックできない。こういった点が日本でチェックされ、米国へとフィードバックされているというわけだ。

■代表的な日本語版独自機能であるActive Directoryのふりがな。
ソートする際などに有用

 また、ユーザーの声を製品に反映するのも日本における開発チームの重要な役割となっている。「たとえば、1つ前のバージョンとなるWindows Server 2008から、Active Directoryにおけるふりがなのサポートが実装されました。この機能は、ロケールを日本語にしないと機能しない日本独自の機能となっていますが、日本で作成した仕様を米国にフィードバックすることで実装してもらうことができました。今回のR2でも、引き続きふりがなのサポートが強化されていて、Active Directory管理センターというPower Shellベースのツールでふりがなを使えるようになっています」とのことだ。

 このようなフィードバックをする際には、もちろん苦労も少なくない。前述したふりがななどが良い例だ。「日本ならではの仕様というのは米国の開発チームに理解してもらうのに苦労することもあります。英語にはないふりがなを実装するということは手間もコストもかかりますから。ユーザーの声がどれだけ強いか、ユーザーがどれだけ喜び、どれだけメリットがあるかなどという点を常に考慮しながら米国とやり取りするように心がけています」と安田氏は言う。

 ふりがなのサポートというのは、グローバルな視点で見ればさほど重要度が高い機能とは言えない。しかし、日本のユーザーにとってみれば、同じ読みで異なる漢字のユーザーをふりがなで一括検索できたり、特殊な読みをする姓名の判断に欠かせない機能と言える。こういった日本ならではの独自仕様がきちんと取り込まれているのも、ユーザーからの声をきちんとフィードバックするしくみができているおかげと言えるだろう。

全社員が参加するローカライズ

 また、マイクロソフトではOSのローカライズの取り組みとして、なかなか面白い手法も採られている。

 安田氏によると、「OSのメッセージなどを日本語に翻訳する際の問題には大きく2つのものがあります。1つは翻訳した日本語が画面に入りきらないこと、もう一つは、意味のわからない日本語になっている場合です。前者は、ビットマップ形式で保存した画面のキャプチャを自動チェックするツールを利用することで、ほぼ自動的に見つけ出すことが可能となりましたが、後者は人の目によって確認するしかないのが現状です」。

 確かに、意味はあっているものの、言い回しがおかしい、表現がしっくり来ない、意味がわかりにくいというメッセージは、現状はシステマチックに発見、改善することは非常に難しい。かといって、すべのメッセージをチェックするのに、安田氏のチームだけではマンパワーが足りるはずもない。

 「そこで、Windows Server 2008 R2では『Language Quality Game』というゲーム形式のチェックを社内で実施しました。社員のPCに、開発中のWindows Server 2008 R2の画面を表示し、その中のメッセージが正しいかどうかを判断してもらうわけです」と安田氏は続ける。

 同社では、社内で開発中のベータ版を普段の業務などに使ってテストすることが頻繁に行われているが(ドッグフードと言うそうだ)、さすがにWindows Server 2008 R2を社員にテストしてもらうことは難しい。よって、画面をチェックするというゲーム形式で参加してもらっているというわけだ。同様の開発手法はWindows 7でも一部取り入れられていたそうだ。

 この方法のメリットについて安田氏は次のように語った。「たくさんの社員に参加してもらうことは、作業の効率化を図るという意味もありますが、翻訳を検討する際の裏付けとして社員の意見が参考になると言うメリットもあります。たとえば、何か変だ、意味がわかりにくいと感じるメッセージがあったとしても、一人でチェックしていると個人的な感覚の問題かもしれません。しかし、Language Quality Gameで、そのメッセージに複数の社員が正しくないと投票すれば、それは変更に値するものとはっきりと判断することができます。このようにして品質を向上させることができるわけです(安田氏)」。

 確かにこの方法であれば、あいまいでわかりにくい表現なども、見逃さずにきちんとチェックすることができる。こういった取り組みによって、質の高いローカライズが行われているというわけだ。

■間違ってはいないけど、どこかおかしい日本語」をゲーム形式で判別する「Language Quality Game」

さまざまなケースを想定した動作チェック

 もちろん、言語だけでなく、機能や動作の検証も安田氏のチームによって徹底的に行われている。

 たとえば、安田氏によると、以前のバージョンとなるWindows Server 2008の際は、リリースの間近のタイミングで、Active Directoryのドメイン間の複製が、非常に特殊な環境(日本語ロケールを設定した場合に限り、かつADのスキーマを拡張している場合)で失敗することがあるという不具合が発見され、迅速に修正が行われたということがあったという。

 「OSの機能については、事前に不具合を見つけてリリース前に修正しなければなりません。このため、各国のテストが行われていますが、日本でも日本ならではの使い方を想定したシナリオを用意して、実際にさまざまなテストを行っています。また、事前評価という形でお客様やパートナー様のご協力を得て、実際の環境で不具合がないかをチェックするという取り組みをしています」と、安田氏は機能のチェックについての取り組みを紹介してくれた。

 実際、OSのバージョンが上がれば、追加された機能だけテストシナリオが増えるうえ、たとえばWAN回線の利用などユーザーの使い方が多様化すれば、それもテストシナリオとして取り込んでいかなければならない。安田氏いわく、実際のお客様の使用を想定したテストを実施するそうだが、その工程を考えただけでも気が遠くなりそうだ。

日本ならではの機能の実装を目指す

■安田氏は、ユーザーのブログなどもチェックしているそうで、「ふりがな」がサポートされたことに対するユーザーの声などを目にしたときは、やはりやりがいとうれしさを感じたそうだ

 このように、最近では英語版とほぼ同時にリリースされ、何気なく使っている日本語版のOSだが、そのローカライズにはさまざまな工夫と苦労が隠されていることがわかった。

 人の目で見る翻訳の整合性、世界的にはレアケースかもしれないが日本での利用に欠かせない機能や環境のテストなど、品質へのこだわりは徹底したものと言えるだろう。

 実際、このような努力によって、Server CoreインストールでIMEが利用可能になるなどの機能的な改善も次々に行われている。安田氏によると、「例えば、もし、Active Directoryドメイン名に対して日本語使用が増加する傾向が把握できたならば、その対応のための機能強化も必要になってくると思われます」とのことなので、今後も日本人の手によって、日本ならではの機能が製品に反映されていくことも大いに期待できそうだ。

 最後に安田氏からこんなメッセージも頂いた。「不具合の発見や機能の要望などは、やはりお客様やパートナー企業の方々などの協力が不可欠です。これまでのご協力に感謝するとともに、今後もさらに製品を改善していくために、さまざまな形でその声を参考にさせていただければ幸いです」とのことだ。

 良きにせよ、悪しきにせよ、さまざまな形で我々が声を上げることも、製品の改善へと少なからず繋がっていくことだろう。

清水理史写真 清水理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。 最新刊「できるWindows 7」ほか多数の著書がある。