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監督: 市川準
製作: パグポイント
ざわざわ下北沢製作委員会

2000年7月7日より
シネマ・下北沢にて公開

下北沢という街にはなにか不思議な存在感がある。
古いものと新しいものが入り混じって、老若男女、色んな人々が狭い街で肩を触れ合いながら過ごしている。

「ざわざわ下北沢」は
下北沢で生きている人々の息づかいが聞こえる映画であり、下北沢の街をライブ感覚あふれる映像で、生きている人々を真ん中に据えて描いている映画である。

序 章
『下北沢に呼び出されてはみたものの』の巻


第2章
『映画監督の真の演出する姿とは?』の巻

第3章
『ビリヤードと小田急線とワッフルと私』の巻


第4章
日曜日、下北沢の夜空の下で
』の巻

第5章
編集作業は根気がいるなり』の巻



 


文:佐藤ろまん
写真:YOKOX

第5章 『編集作業は根気がいるナリ』 の巻
 2000年2月2日、午後2時。快晴。
「調布駅改札、2時間後」
 またである。またYOKOXからの素っ気ない取材の要請の電話である。
 さて、調布? チョーフ? 下北沢を舞台にした映画なのに、なぜに調布。第一、撮影はすでに終了したと聞いている。そんな疑問を抱きつつ、調布へと向かう。
 調布駅に到着し、YOKOXと合流すると、目的地は日活撮影所だというではないか。
ここで撮影の続きが行われるのか? いや、撮影所の中で市川組が編集しているらしい。

 駅からさらにタクシーで10分のところにそれはあった。周辺にはお店などまばらな住宅地に撮影所はあり、ずいぶんと閑散とした印象を受ける。門をくぐって中に入ると、さすがに人は多い。学生風の若い人もいれば、そうでない人もいて、ガテン系とも言うべきか、ガッシリした人もいれば、そうでない人もいる。つまり、いろんな人が混在している(まるで下北沢……なんてことを言いたくなったりもする)。活気は伝わるが、目に入ってくるひとつひとつの建物は、改築・増築を繰り返した跡が多く見受けられ、歴史の深さというよりは、哀愁を感じる場所だ。
 我々は編集室という部屋に向かった。これまた、古めかしい建物の2階に編集室はあり、人に訊きながら、いざ2階に進もうとした。すると、次の瞬間土足厳禁だと注意される。確かに、その注意書きが目の前にあった……嗚呼。  

撮影所入口。
前方にセットらしき蔵造り風の建物が見える。
中へ入ると、入口での印象とは一変、資材置場のような光景がずらり続く。 編集室へ続く階段。

 市川監督他、録音、編集、スクリプターら各スタッフが閉じこもり、連日編集作業に追われているという編集室。我々取材班は恐る恐る扉を開ける。  


編集室に足を踏み入れると…
暗くてわかりづらいが、左奥に市川監督、 さらに左端に録音の橋本さん、 右奥から編集の三条さん、スクリプターの石山さん
 

 8畳くらいの薄暗い部屋の中、監督はいた。編集用の装置を操作し、ひたすらOKカットとそのつなぎ目を探しては、フィルムに印を付け、また別のカットを探す……端的に言えばこれの繰り返しだが、スタッフ間の絶妙な連携プレーの上で行われている確かだ。ゆえに単調だが緊張感漂う空間で時間は流れていく。

監督の「あれ、撮ってなかったっけ?」の声に、瞬時に応答するスクリプターさん。
映画の仕事の中でも、スクリプターという職業は、名前は知られていても、仕事内容までは知られてない方ではなかろうか。かく言う筆者もぼんやりとしか知らなかった。
スクリプターとは、ロケ現場に同行し、どのカメラのどのフィルムに何が撮影されたかをこと細かく記録する。「そんなの台本さえあればカンペキ」……なはずはなく、台本通りに撮影されることはまずありえない。撮影される順番も違えば、セリフや描写も、ストーリーさえ異なることが少なくないのだ。編集作業に入ると、スクリプターの記録により、必要なカット、必要なテイクというのが瞬時に頭出し出来るという仕組み。
監督の矢継ぎ早な問いかけにも→
てきぱき答える石山さん
←石山さんの台本。
シーンの追加・変更など、撮影現場でのこみ入ったやりとりがびっしり書きこまれている。
つまり、ロケでも編集でも、終始監督につきっきりなのだ。助監督よりも誰よりも監督と長い時間、付き添っているのではなかろうか。そういう意味では、スクリプターとしての手腕も重要だが、人柄も重要かも知れない。

 編集作業は我々の前で淡々と行われていく。この後加工するカットもあるかもしれないが、コンピュータを駆使した、CGだSFXだ謳ってる昨今の作品とは、おそらく正反対のアナログな作業のように筆者の目に映った。『ざわざわ下北沢』は、ヘンな言い方だが低予算がひとつウリのようになっている。デジタル編集の場合、膨大なフィルムをビデオに落とし込むのに、時間とコストがかかるそうで、さらには監督がチラっと「デジタルで長時間の作業は目が疲れますよ。CMくらいならいいけど……」と笑いながら言っていた。

使うカットを切り取り、つないでいく作業は三条さんが担当 三条さんの手元の機材。中央のモニターで映像をチェックしながら慎重かつスピーディーにすすめられる。

こういう編集作業をしている現場を見るのも初めてなので、どのように見ていればいいのか戸惑うのも確か。別にその場で録音してるわけでもないのに、咳ひとつしてはいけないような気さえしてくる。フィルムのロールを回す際、機械からビックリするほど大きな音がするのにも関わらずだ。
監督の前にある機材。→
大きなフィルムロールを回して頭出し。
スマートなレコーダーとはほど遠い
ごつい形相を見れば、スゴイ音を
発するのもナットク。

 休憩時間となると、各自お茶を飲んだりタバコを吸ったりするが、それ以外は画面に見入っている。その休憩時、監督やスタッフと軽い雑談程度が出来たのだが、みなさん重苦しい雰囲気は全くなく、気さくなのが印象的だった。



←休憩中の市川監督。しばしリラックス。

 結局、前出したような作業の繰り返しなので、我々取材班は編集室に入り浸りではなく、撮影所の外観を撮影しに行ったりもした。外は突き抜けるような青空で、薄暗い編集室に閉じこもっているのはもったいないようにも思えてくる。
 だが、人だかりの中を決行するロケだけではなく、こういう少人数で地道な作業こそが映画作りの真骨頂ではないかと感じた。ジグソーパズルのように、コツコツと組み立て、完成へと向かっている過程こそが。

 それから、編集室を訪れたことで、映画作りの過程を実感できたり、カメラに何が映っているのかをいち早く確認できたことは、ラッキーだったと言えよう。そう、我々取材班は確かに『ざわざわ下北沢』誕生の瞬間に居合わせたのだ。

CAST老若 シネマ下北沢の想い スタッフ撮影日誌



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