こどもとIT

「基礎学力は高いがAIに代替されるリスク」OECD幹部が指摘する日本人材の強みと弱み

―― Adobe Education Forum Online 2020 (前編)

新型コロナウイルスの拡大で、社会のあらゆるシステムが抜本的な変革を迫られている。教育、人材育成もそのひとつだ。これまでは人手不足を理由に自動化・機械化が進んできたが、コロナ禍によって非対面・非接触が新たなキーワードとなり、機械化はさらに加速するだろう。機械が代替できないクリエイティビティは、どのように育成していくべきか。

高等教育機関の教職員が直面する課題をテーマに、PhotoshopやIllustratorなどのデザインツールを提供するAdobe(アドビ)は2020年8月4~6日の3日間で、オンラインセミナー「Adobe Education Forum Online 2020 New Normalの社会で活躍する力を育てる大学・専門学校教育~ProductivityからCreativityへ ~」を実施した。前編では、基調講演に登壇したOECD(経済協力開発機構)東京センター所長の村上由美子氏の講演を取り上げ、グローバルの視点から見た日本の人的資源や、他国と比較した日本の若者の強みと弱みなどを掘り下げる。

Adobe Education Forumは、今年が8回目。初日は1200名が視聴した(スケッチノート:ももこ | グラフィックレコーダー @mmk_english)

AIが代替するのはマニュアル化できる「中レベル」のスキル

米国、日本、欧州など先進国を中心に37カ国が加盟するOECDは「世界最大のシンクタンク」という役割を担い、さまざまな調査を行っている。

テクノロジーや人工知能(AI)が人間の仕事を奪うという不安が世界中で共有される中、村上氏は、「テクノロジーに仕事を奪われるよりも、仕事の内容ややり方が変わる人の方が多い」と指摘した。また、具体的にスキルを「高」「中」「低」に分けた場合、最も影響を受けるのは、中レベルのスキルが必要な仕事だという。

仕事のスキルレベルを「高」「中」「低」の3段階別に示し、シェア変化率を国別に比較したもの。日本は「中」レベルの仕事が多く、テクノロジーに代替されやすいと村上氏

「アイロンがけやトイレの細かい部分の掃除は、ロボットが得意ではない。こうした低スキルの仕事は、今後も手、足を動かして作業する人間が必要とされます」(村上氏)

では、機械化の影響が最も大きい「中スキル」の仕事とはどのようなものか。村上氏は「問題設定が既になされ、作業のステップがあり、決められた手順通りにやれば回答にたどり着く、つまりマニュアル化できる仕事」だと説明した。

周囲を見渡してみれば、既に機械に置き換わりつつある仕事が見えてくる。最近、企業訪問でよく見かけるのが、人の代わりに受付手続きを済ませてくれるタブレット端末だ。コールセンターをAIのチャットボットが代替する取り組みも進む。受け付けやコールセンターは、人間が行うと密が起きやすい業務でもあり、コロナを機に機械に任せる企業はさらに増えるだろう。

村上氏は「マニュアル通りにきっちりやると成果が出せる仕事は、テクノロジーの方がもっときっちりできる」と語る一方、「課題の設定や創造性の発揮は人間にしかできない」と強調した。大量生産、高度成長時代はマニュアル通りに業務を遂行できる人材が大量に必要だったが、今後は「中スキルの人材を高スキルに移行させるための教育を行わなければならない」(村上氏)わけだ。

写真左より)モデレーターを務めた東洋学園大学准教授 フリーアナウンサー八塩圭子氏。OECD(経済協力開発機構)東京センター所長の村上由美子氏

若年者の失業率が低い日本はスキルが向上しやすい

今後の教育の方向性を考える前提として、村上氏は日本における人材のスキルがどのようなポジションにあるのかも提示した。

新型コロナウイルスの拡大で雇用情勢の悪化は必至だが、「コロナ前」を見る限り日本の若年層(15歳~24歳)の失業率は主要国の中で最も低い。欧州国家ではリーマン・ショック以後も若者の雇用が回復せず失業率が30~40%台で高止まりしているのに対し、日本は少子高齢化で人手不足が続き、若者の売り手市場が続いてきた。

若年層(15歳~24歳)の失業率の推移を表したもの。日本は人手不足も影響し、若年層の失業率がOECDの中で最も低い

村上氏によると、若年層の失業率が低いと、雇用の心配をすることなく、スキルアップのトレーニングに投資ができるため、テクノロジー化を推進するうえで大きなメリットだという。さらに日本は他国に比べて読解力と数的思考力が高く、スキルをアップグレードするための基礎力も整っている。

低い失業率は社会の安定にもつながる。実際に、スーパーでセルフレジの導入が加速しても、「機械が雇用を奪う」という反発はあまり聞かない。人手不足という課題を国民が共有していたからだ。

とはいえ、今後テクノロジー化が進むと、人手不足ではない「中レベル」のスキルが必要な分野で雇用が減るリスクがある。そのため村上氏は、高レベルのスキルへの移行と、そうしたスキルを育成する教育の必要性を訴えるのだ。

また村上氏によると、日本の現在の問題は、「スキルを仕事に活用できていない」点にもある。日本が先進国の中で生産性が低いことは、この数年さまざまな指標で指摘されている。村上氏も「特許の数は世界で最も多く、知識、テクノロジーの水準はトップレベル。ただ、それを商品や利益として具現化している企業が少ないのではないか」という意見や、「ICTのインフラ、人的資源も平均より上。社会が安定し、研究開発体制も、教育を受けた人もそろっている。高級食材がそろっているのに、溶け合っていない」と問題提起した。

課題解決力やICTスキル、数学的知識、ライティングや読解力など、仕事における情報処理・活用に関するスキルの使用を表したもの。日本は課題解決とICTスキルを仕事で発揮できていない

日本の子どもたち、学力以上に足りないのは「自信」と「大志」

OECDが世界各国の15歳を対象に実施している学習到達度調査(PISA)でも、日本の教育のチャンスと課題が示されている。

2018年に実施したPISAでは、日本は読解力が前回(2015年調査)の8位から15位に大きく後退し、数学的応用力が前回の5位から6位に、科学的応用力も2位から5位に順位を落とした。と数字だけを見ると、「子どもの学力低下」が問題のように感じるが、2018年のPISAには79の国や地域が参加しており、村上氏は「加盟国の中では上位に位置している」と説明した。

村上氏がむしろ問題視するのは、子どもの学力は高いのに、「自己肯定力」や「大きなことをやろうという大志」が世界平均より低いことだという。

赤丸は科学リテラシーに関するテストの結果が高い国、紫は自己肯定感の高い国、青は将来に対して大志を持つ子どもが多い国。3つの丸が重なる部分に入ることが望ましいが、日本の子どもは自己肯定感や大志が低いことがわかった

IT社会が幕を開け、さまざまなイノベーションが既存の枠組みを破壊している。一方で、村上氏はグローバルで見るとイノベーションの広がり方が一部のセクター、産業、企業にとどまり、社会全体には広がっていないと指摘した。「GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)」や中国のメガIT企業はその象徴的な存在と言えるだろう。そしてスマートフォンやSNSなど21世紀に誕生した産業セクターで、日本企業はかつてのような輝きを見せられていない。

日本の組織、そして人材に足りないものは何か。村上氏は「つながる力」を数値化すると、日本は世界的に見ても下の方に位置すると説明し、「多様性のあるネットワーク」「多様性を認める社会」がイノベーションを生むために必要だと指摘した。

日本からイノベーションを生むために必要な環境条件を他国と比較したもの。黒線がOECD平均。黒丸が日本の位置。左から順に「ICT環境」「異業種間、多様なつながり」「人的資源」を表す。日本はつながる力が弱いと村上氏は指摘

5日に登壇したソニークリエイティブセンターのクリエイティブディレクター川鯉卓也氏も、ニューノーマル時代に求められる人材を問われ、「個を尊重し、ユニークさを追求してほしい」と答えた。クリエイティブやデザインには高いスキルが求められるが、川鯉氏は「スキルは武器になるが、スキルを串刺しする自由な考え方や発想力の方が貴重」と強調した。

多くの日本人がPISAの順位の変動に一喜一憂し、就職やキャリアアップに必要なスキルの取得に励んでいる。グローバル化がキーワードになるとTOEICのスコアの価値が高まり、デジタル化が叫ばれるとプログラミングを学ぶ機運が高まる。

確かにスキルは必要だが、ツールで解決できるスキルも多く、また、スキルそのものがツールであるとも言える。川鯉氏はコロナ禍を念頭に、「予測困難な社会で輝くために、前例ではなくその人ならではの強みを発揮してほしい」と語り、教育関係者に向かって「型にはめないでください」と呼びかけた。その言葉は村上氏が提示した「多様性を認める社会」とも重なる。

イベント2日目に登壇したソニークリエイティブセンターのクリエイティブディレクター川鯉卓也氏。多様な人材を認めることが創造性を生み出す土壌に重要だと語った

進学・就職実績が学生募集の武器になる学校側も、社会に求められるスキルを知り、生徒・学生に提供しようと努力している。しかし、教育を受ける側も提供する側も、目先の試験や就職活動を超えて、スキルから価値を生み出すべくマインドを転換する必要がある。

村上氏が質疑応答の中で「関係のない分野に足を突っ込んでみる」ことを勧めたのは、それがマインド転換や新たな発見の助けとなるからだろう。

日本の若い人材の基礎学力の高さは、クリエイティビティを発揮し、イノベーションを起こす基礎となる。村上氏はそのメリットに再三言及しつつ、未来に向けて子どもが大志を持てず、自己肯定力が育っていない教育には足りない部分がある、と率直に語った。

「そこにメスを入れられないと、人材を輝かせるのはむずかしい」

教育機関はどのような学びが求められているのか。中編では、デザインスキルの育成に取り組む高等教育機関の事例を取り上げる

浦上早苗

経済ジャーナリスト。法政大学イノベーションマネジメント研究科(MBA)兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に小学生の息子を連れて国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。日本語教師と通訳案内士の資格も保有。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。