インタビュー

人とペットのシアワセ生活(後編)
『オキシトシン』で幸福な社会を築こう!

犬や猫と一緒だと、幸せな気分になるのはなぜ?

犬や猫と一緒に暮らしていると、なんともいえない幸福感に包まれることがよくあります。そのキーワードのひとつとなるのが「オキシトシン」です。太田先生は、人と動物の関係性や絆、人と動物が共生することで互いにどのようなことが起こるのかなどを研究され、オキシトシンの働き、そして人と動物が結ぶ絆について、さまざまな場面で情報を発信しています。まず先生に、オキシトシンとはどんなものなのかをうかがってみましょう。

東京農業大学 農学部バイオセラピー学科
太田光明先生
東京大学畜産獣医学科卒。農学博士。東京大学、大阪府立大学、麻布大学等で教鞭を執り、現在は東京農業大学在職。人と動物の関係学に関する研究をはじめ、関連書籍多数。幸せホルモン「オキシトシン」の研究でも広く知られる。

WHO(世界保健機関)は2000年、「ペットは人の心身の健康にいい影響を与える」との発表を行いました。ペットと暮らしている方なら、本当にそのとおりだ、とヒザを打つことでしょう。しかし、「なぜいい影響を与えるのか」という理由はわかっていませんでした。太田先生は、そのメカニズムを研究するなかで、人と動物の関係においても、オキシトシンが大きく関わっているという事実にたどり着きました。

太田先生「オキシトシンは、“幸せホルモン”とも呼ばれるホルモンの一種で、母親が分娩する際や子どもに母乳を与える際に多く分泌されるホルモンです。女性にとって、妊娠や子育てに重要なホルモンは"オキシトシン(分娩、哺乳)"、"プロラクチン(哺乳)"、"プロゲステロン(妊娠)"の3つで、これらのホルモンは男性にもあります。20世紀の初頭に発見されたオキシトシンが、男女を問わず、人と人の『愛着(アタッチメント・attachment)』に重要であることは、いまや誰も疑問は持ちません。その『愛着』が人と動物にもあることが証明されたのです。これは、人と動物の関係学では大発見になります」

母となる女性にとって重要なホルモンがオキシトシンです

人と動物の間にも、人の母と子と同じように「愛着」があるのではないかと予言したのは、南アフリカの生物学者・オデンダールです。太田先生は1997年、ブエノスアイレスでオデンダールに偶然出会い、この言葉を聞いたことから研究を開始。太田先生の教え子である永澤美保さんが行った実験により、これが事実であることがわかりました。この話題は注目を集め、永澤さんはこの研究論文で博士号を取得しています。

実験では、飼い主の男性と愛犬55組に、それぞれ30分間ずつ愛犬と触れ合ってもらい、触れ合う前後で、尿中のオキシトシン濃度がどう変化するかを調べました。その結果、55組中13組で、オキシトシン濃度が高まることがわかりました。つまり、人の母と子の「愛着」と同様のことが、人と犬との間でも起きることが証明されたわけです。

実験の結果では、犬と触れ合う男性からも幸せホルモンが分泌されることがわかりました

この実験結果を見て私がなるほどと感じた点があります。オキシトシンが増えた13組は、いずれも飼い主とペットとの関係が事前のアンケートで「良好」と判断されたペアなのだそうです。これは本当に大切なお話だと思います。

たとえば犬は、私たち飼い主の命令に忠実に従います。きちんとトレーニングをしていれば、「お座り!」と言えば座りますし、「待て」といえば待つでしょう。愛犬がしっかり応えてくれたら、飼い主ならうれしいはずです。しかしその喜びは、愛犬が命令に従ったから生まれたのでしょうか? もしそれだけなら、プログラミングされたロボットが命令に従っても、同じような喜びを感じるのでしょうか?

私は、絶対に違う! と信じていました。読者のみなさんもそうではないでしょうか。自分の子だからうれしいんです。自分の子だから楽しいんです。愛犬が私たち飼い主の言うことを理解し、気持ちが通じ合っていることが確認できて、よろこびを感じるからでしょう。家に帰ってくると尻尾をふってよろこび、一緒にいる時間は遊んでほしくそばに寄ってくる。愛犬たちのそんな姿を見て、やさしく触れ合うことで、さらなる愛着が生まれるのではないでしょうか。

ほかの犬や猫ももちろんかわいいですが、その子たちがどんなにいい子であっても、自分の子ほど幸福感には包まれないはずです。そうか、オキシトシンの量が増加していたんだ、愛着がより深まっていたんだ、と納得できました。

ちなみに、この人と動物の愛着にまつわるお話について、太田先生が監訳に携わった書籍が発売されています。書名は「ペットへの愛着 人と動物のかかわりのメカニズムと動物介在介入」(緑書房刊 3800円+税)。専門的な話も多そうなのでハードルが高いかもしれませんが、興味がある方は一読してみてはいかがでしょうか。

オキシトシンを増やそう!

ところで、ペットとの愛着がいま一歩の人も、心がけ次第で愛着を深めることができるのでしょうか? じつは、できるのだそうです。先の実験でも、オキシトシン濃度が増えなかったペアから12組を選び、アイコンタクトとスキンシップを1カ月間続けてもらったところ、12組中8組でオキシトシン濃度の上昇が見られました。つまり、うちの子は何となくよそよそしいかなあ、と感じているなら、目を合わせてやさしく声をかけ、撫でたり抱っこしたりとスキンシップをとりながら、大好きという気持ちを思い切り注げばいいのです。

太田先生「ただし、人が自分勝手に触るだけでは効果がないこともあります。特に猫は、人に追いかけられることを嫌いますから、向こうから撫でてくれと寄って来るまで、人が受け身になって待っているべきです。待っていれば必ずやって来ます。猫はせっかちで騒々しいオジサンが嫌い、もの静かで優しいお婆さんが好き、という話は、猫の特徴をよく表わしていると言えるでしょう」

たしかに、自分の都合でいじくり回したらますます嫌われてしまいますよね。猫に好かれる撫で方のコツはあるのでしょうか?

太田先生「猫はヒゲを触られるのが苦手ですが、頭やアゴの下を撫でると喜びます。子猫のころに母猫がくわえて運んでくれた首元のあたりを撫でてあげるのもいいですね」

もちろん、ペットたちはその子だけの性格を持っています。相手が何をしてほしいと思っているのかをいつも考えて感じ取り、焦らずじっくり愛着を育んでいきましょう。

猫を飼っている人はご存じかもしれませんが、母親が加えて運んでくれた首元あたりを撫でると喜ぶ猫は多いといいます

ところで、動物が嫌いだったり怖かったりする人は、誰の身近にもいることでしょう。動物が好きか嫌いかは個人の感じ方ですから、動物嫌いが悪いということはないのですが、こういう人は動物に愛着を覚えるようにはなれないのでしょうか。

太田先生「犬が嫌い、怖いという人は、子どものころに犬に噛まれた、追いかけられたなどがあったのかもしれません。そういった恐怖心を持ったまま大人になってしまうと、いくら理屈で説得されても恐怖心が消えることはありません。残念ですが、本人に動物を好きになろうという気がなければ、動物嫌いは克服できないものなのです」

ただし、動物を怖がる子どもでも、子どものうちにペットを飼うなどすれば恐怖心はなくなるのだそうです。犬に噛まれたのは運が悪かったとも言えますが、実際には、噛むような犬を野放しにしていた飼い主の責任が非常に大きいと言えます。基本的なトレーニングを行わず、愛着も育まずにペットを育ててしまうと、他の人の心に消えない傷を残す悲劇を引き起こすことにもつながるわけです。

太田先生「イギリスやアメリカなどでは、犬や猫に幸せになってもらうために、人同士が仲良くしなくてはならないという意識を持っています。日本ではそういったことを考え学ぶ機会がほとんどないのが残念なところです」

私たちが動物を飼う際には、ただ単に可愛がるだけではなく、飼うことによる社会的な影響まで考えて責任を果たさなくてはならないようです。オキシトシンをたっぷり出して幸せに包まれながら、人とペットのよりよい共生社会を築いていきましょう。

オキシトシンをもっと知りたい
ペットともっとよい関係を築きたい人にオススメ

本記事で取り上げたオキシトシンをはじめ、ペットとよりよい関係を築くために役立つ一冊が発売中です。太田先生が監訳をされています。ペットを飼っている人や動物が好きな人は、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。

「ペットへの愛着 人と動物のかかわりのメカニズムと動物介在介入」

監訳:太田光明 大谷伸代
B5判 184頁 3800円+税
ISBN978-4-89531-243-1

主要目次
第1章 人と動物の不思議な関係
第2章 なぜ人は動物とかかわろうとする意志と能力があるのか~進化生物学の観点から~
第3章 人と動物のかかわりによる健康、社会的交流、気分、自律神経系、およびホルモンへの効果
第4章 関係性の生理学~オキシトシンの統合機能~
第5章 対人関係~愛着と養育~
第6章 愛着および養育とその生理学的基礎とのつながり
第7章 人と動物との関係~愛着と養育~
第8章 要素を結びつける~人と動物の関係における愛着と養育の生理学~
第9章 治療への実用的意義

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