本コラムでは、中国のドローンビジネスを巡る状況を紹介していきます。現在筆者は深圳大学に滞在しており、今回はそのなかで感じたことを紹介したいと思います。

ドローン業界関係者との距離が世界一近い都市・深圳

 深圳大学のキャンパス内や市内の公園では、とくに休日にはドローンを飛ばしている光景を普通に見ることができます。中国では一般に機体重量4kg以下のドローンの場合には、空港や政府機関周辺などの飛行禁止区域を除き、目視内での飛行に申請が必要ありません。このため、大学内の広場や、公園ではPhantomクラスのドローンを飛ばしている光景が頻繁にみられます。下の写真は、深圳大学のキャンパス内でPhantom3 Proを飛ばし、空撮しながらカメラのチェックをしている方々でした。また繁華街・華強北ではPhantomは日常的に飛んでおり、時にはInspireを飛ばしている光景を見ることもできます。

深圳大学キャンパス内でPhantomを飛ばす風景。彼らは中国の大手ドローンメディア「焦点」の従業員で、空撮写真のコミュニティの一員でした。

 筆者は日本ドローンレース協会(JDRA)の川ノ上和文氏と深圳のドローンパイロットスクールに通っていますが、そこではさらにディープな業界関係者と接することができます。ある週末のこと、ドローンスクールのメンバーで駅近くの空き地でドローンを飛ばしていたところ、レクチャーをしてくれている先生の知り合いが来たのですが、彼は小型ドローンDobbyで著名なZerotech社のエンジニアでした。彼らはDJIの大型ドローンSpreading Wings S1000 にいくつかのフライトコントローラーを積み替え、その飛行の安定性をチェックしていました。深圳はドローンを現場で開発しているエンジニアと直接、しかも日常的に接することができる街なのです。他にも、ある日、公園を歩いていたら、いまだ公にはリリースされていない小型ドローンを飛ばして、外国人モデルを雇って撮影しているグループがいたります。ともかく、ドローン業界関係者との距離が極めて近い都市、それが深圳なのです。

QualcommのSoCからセルフィードローン用基板を作る専門業者

 その極め付きとも言える体験があったので、紹介します。
ある日、私は深圳市のなかでも最も今後発展が期待されている南山区のソフトウェア産業基地エリアで、Zerotech社のDobbyを飛ばして空撮をしていました。すると、近くでラーメンを食べていた男性が声をかけてきました。曰く、「Dobbyよりもいい物があるから見に来ないか」。当然ついていったわけですが、彼はQualcommのSoC(システムオンチップ)であるSnapdragon801を使い、ドローン用のプリント板ユニット、ドローンの外観およびメカニックデザイン、そして操作アプリケーションを包括的に提供するいわゆる工業デザインハウスの社長でした。

 Qualcommのチップセットはもともとスマートフォン向けに開発されたもののため、すでに画像処理、データ処理、通信の機能が実装されていますが、ドローンに搭載するためには飛行関連の機能を拡充する必要があります。現在中国国内では、Qualcommのチップセットを用いたドローンプロジェクトは10ほど進行しており、そのうちの7プロジェクトは、彼の会社(思路名揚通詢技術有限公司, IDEA International Development Limited)が基板とアプリケーションを提供しているそうです。残りの3つのプロジェクトは北京の設計会社を通して開発され、最終的にはZerotech社のDobbyや、Hoverとなって市場にリリースされています。

 彼らが基板設計を手掛けたドローンには、日本では無名ですが、深圳ではDobbyと並んで販売されている深圳曼塔智能科技有限公司のWingsland Manta S6(http://www.szsungreen.com/)があり、さらに新作のドローンにはFollow(中国語名:随行無人機)があります。基本スペックは下記の表のとおりですが、特徴的としては、まず航続時間が20分となっており、現状のセルフィードローンよりも大幅に長い飛行時間を実現しています。またこの他に、スペックには現れませんが、①柔軟性のある素材を機体とプロペラに使用することによる耐衝突性能や振動吸収機能を持たせたり、②外側のカバーを入れ替えられるため、ユーザーがドローンの「着せ替え」をできるようにしたり、そして③電池は市販されている18650電池を使用するため安価かつ入手容易にしたり等々、飛行性能以外の面でも様々なアイデアが持ち込まれています。実際に飛行し、空撮もしてみましたが、率直に言って、まだホバリングの安定性、カメラ焦点のコントロール、撮影画像のブレ補正といった面では改善が必要な点も少なくありません。

Followのスペック
サイズ160mm×160mm×50mm
重量275g(電池込)
飛行時間20分
チップSnapdragon801(CPU:4コアKrait 画像処理:Adreno デジタル信号処理:Hexagon DSP)
カメラSONY IMX214 (1300万画素)
その他センサー下方向に超音波センサー2つ、画像認識用カメラ。その他GPSおよび気圧センサー。
ジンバル非搭載
価格中国国内予定価格2,699元(約43,200円)※中国国内のクラウドファンディングの先行予約では割引価格

 ただ、より多くの選択肢を消費者に提供しつつあることには注目が必要でしょう。Followは、DobbyやHover、そしてManta S6続く、クアルコムチップ搭載の小型ドローンということになりますが、興味深い点は、こうしたドローンの背後に楊氏のような基板設計に特化したデザインハウスが存在していることです。このような基板とアプリケーション制作に特化した企業の存在により、最終的なブランドメーカーは、外観のデザイン、そして販路に特化したビジネスモデルを構築することができ、深圳では携帯電話産業で生じてきた現象です。ドローン業界でもより多くのブランドメーカーが登場するその条件が整いつつあることを感じさせます。

Followと基板。左下がQualcomm Snapdragonを実装した基板、左上がモーターをコントロールする基盤。この二つにセンサー、モーター、フレームを付ければ4K カメラでの撮影が可能なドローンが出来上がってしまうソリューションを提供している。
社内のドローンの飛行テスト室
今後アップデートによる実装が見込まれる航路設定機能

DJIのSPARKリリース、そしてそれも深圳では見られる

 しかしFollowのような、DJI以外の小型セルフィードローンメーカーが今後も活躍する市場が確保されていくのかどうかは不透明な状況です。なぜならDJIが小型ドローンSPARKを、2017年5月24日に発表したからです(出荷は6月中旬以降)。すでに一部メディアではリーク情報からDJIの小型ドローン開発の情報が流れていましたが、結果的にみると予想されていたデザインのドローンが登場しました。

 SPARKについてはすでに多くのメディアに記事が掲載されています(例えばImpress Watchの「DJI、同社最小ドローン「Spark」を日本で披露。スマホも使わずジェスチャーで飛行」を参照)。その要点を挙げるとすれば二軸ジンバルとブレ補正技術を搭載することによる高品質な写真・映像の撮影、ジェスチャーによるコントロールの実現、といった点を挙げられます。単体では65,800円(税込)、送信機や追加バッテリーを含めたフルセットでの価格は91,800円(税込み)となっています。

 そしてリリース翌日の5月25日に、深圳市内でドローンユーザーが比較的集まりやすいとこに行ってみたところ、SPARKやその他のドローンを飛ばしている方がいました。まだ発売前なので、テスト版を入手していた業界関係者のようですが、いくら聞いても「僕はドローンの愛好者だよ!」と言うばかりでした。実は深圳の電子街・華強北には一部店舗ですでにSPARKが販売されており、その性能を確認することもできます。小型セルフィードローンの競争は、昨年リリースされたDobbyで一気に加速し、現時点では操作性に加えて、多少の風が吹く環境のなかでの安定性や、ブレに対する対処に焦点が移りつつあります。さらにその先には小型ドローンでのセンサリングや航路指定といった新たなレベルが待っているでしょう。

SPARK
ジンバル部分
深圳の空を飛ぶSPARK

「空飛ぶスマホ」市場はスマホ市場のようにならない?

 DJIのSPARKのリリースは、小型の入門用ドローン市場を拡張していく可能性を秘めています。同時に、こうした小型のドローン市場のプレーヤーが淘汰されていく可能性も指摘されています。ウォールストリートジャーナルの記事「ドローン市場急拡大も利益上がらず大半のメーカーが苦戦するなか、DJIは新製品でさらに独走か」が指摘するように、多くのドローンメーカーは昨年来、事業縮小やレイオフを実施してきています。民間用ドローンの主要市場をDJIが押さえる寡占的市場になるのか、それともスマホのように複数の有力企業が群雄割拠する競争的市場になるのか、その分かれ目に来ているようです。ドローンは「空飛ぶスマホ」とも俗称されてきましたが、その市場構造はスマホ市場とは全く異なる方向に向かうのでしょうか?この点については業界関係者の見方も大きく分かれているところです。そしてその際に、DJIが戦っているのは、小型ドローンメーカーというよりも、より川上に存在するクアルコムのような半導体大手や、その他の要因(規制当局など)になってきている、このように筆者は観察しています。

 しかし、市場構造がどのようになるにしても、小型で、十分な航続時間を持ち、そして画像処理やセンサリング能力も高いドローンが登場しつつあることは事実です。つまり、現在Phantomクラス以上のドローンによって担われている、あるいはそれによって解決が目指されている産業用ドローンの一部が、より低価格なこのような小型ドローンによって担われる可能性があります。無論、物流や農薬散布用ドローンは小型のものには代替不能ですが、「小型・産業用ドローン」という新たなソリューションが、提案される日も遠くないのかもしれません。

伊藤亜聖

東京大学社会科学研究所 准教授
深圳大学中国経済特区研究中心訪問研究員
専門は中国経済論。著書に『中国ドローン産業報告書2017 動き出した「新興国発の新興産業」』(東京大学社会科学研究所現代中国研究拠点、2017年3月)、『現代中国の産業集積――「世界の工場」とボトムアップ型経済発展』(名古屋大学出版会、2015年12月)、『東大塾 社会人のための現代中国講義』(高原明生・丸川知雄共編、東京大学出版会、2014年11月)等。
Email: asei@iss.u-tokyo.ac.jp