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目標は鬼滅超え。大ヒットを生み出す「少年ジャンプ+」 SPY×FAMILY・怪獣8号

「少年ジャンプ+」アプリ版

コミック単行本が6巻で累計800万部を突破、別の作品は第2巻の発売と同時に累計100万部を突破――これらはアニメ化された話題作の話ではなく、スマホアプリ「少年ジャンプ+」に連載されている“未アニメ化”作品で起きていることだ。これら人気オリジナル作品は、紙の単行本を待つまでもなく、各話が掲載されると瞬く間に閲覧数が100万PV(ページビュー)を超える人気ぶりで、Web媒体のオリジナル作品でも大ヒットが出せるということを示した。

「少年ジャンプ+」は、集英社がデジタル領域で取り組むWeb媒体のマンガ連載誌。スマートフォンアプリとWebサイトで提供されており、2014年9月のサービス開始から6年半が経過している。

その「少年ジャンプ+」で最近、無料で読めるオリジナル作品に大きなヒット作が登場している。それが冒頭に挙げた「SPY×FAMILY」と「怪獣8号」だ。「SPY×FAMILY」と「怪獣8号」は最新エピソードが150万PVを超えるなど、アプリ上でも大ヒット記録を更新中。さらに紙の単行本は、「SPY×FAMILY」は6巻までで累計発行部数800万部、「怪獣8号」に至っては第2巻の発売時点で累計発行部数100万部を突破し「少年ジャンプ+」史上最速ペースと、アニメなどのメディア化されていない作品の中では、今最も勢いのあるタイトルといっても過言ではない。

大ヒットを記録している「SPY×FAMILY」と「怪獣8号」。(C)遠藤達哉/集英社 (C)松本直也/集英社

「少年ジャンプ+」では知名度抜群の「週刊少年ジャンプ」など紙のマンガ雑誌の電子版を有料配信(サイマル配信)し、定期購読も可能な一方で、サービス開始当初からオリジナル作品の掲載にも強くこだわってきた経緯がある。そうしたWeb媒体から今、書店で単行本が大きく平積みになるような、アニメ化せずに単発行部数巻100万部を超えるようなヒット作が生まれていることは、偶然なのか、必然なのか。「少年ジャンプ+」編集長の細野修平氏に話を伺いながら、サービスのコンセプトや経緯を辿り、ヒットの秘訣を探った。

人気作品の登場と「誰でも初回は全話無料」の相乗効果

「少年ジャンプ+」は、いくつかのアプリ・サービスを経て2014年9月に今の形でサービスを開始しており、競合他社と比較してもかなり早い段階でWeb媒体に取り組んだサービスだ。

その現在の規模は、アプリの累計ダウンロード数が1,700万件。編集部で最も重要視しているというWAU(週間アクティブユーザー)は280万人に上る。またDAU(1日あたりのアクティブユーザー)は140万人、MAU(月間アクティブユーザー)は390万人。ユーザーの平均年齢は26~27歳、男女比は男性65~70%、女性30~35%という。

細野:ユーザー数は基本的には右肩上がりで、好調に推移してきました。2019年3月の「SPY×FAMILY」という作品の連載開始と同時期に、サービスの大規模なリニューアルを実施したのですが、そこでさらに規模が一段階大きくなりました。

この時のリニューアルで、「少年ジャンプ+」のオリジナル作品については「初回の閲覧は全話無料」という施策も始めました。この効果や、「SPY×FAMILY」との相乗効果も大きかったと思います。

過去のエピソードが蓄積されていくWeb媒体の連載では、最新の数話を無料にして、それ以前のアーカイブは、コインやポイントの消費で閲覧できるようにするのが一般的になっている。また、ポイント消費ではなく、1日弱など時間の経過で次のエピソードを読めるようにする「待てば無料」といった施策もある。

しかしこうした仕組みは問題点もある。サービス開始当初から利用している人は、すべての無料連載を最新話として有料化される前に読める一方、後からサービスを利用する人は、最新話以外はすでに有料でしか読めないという状況に置かれるからだ。アプリ版「少年ジャンプ+」の「初回の閲覧は全話無料」という施策は、いつサービスを利用し始めても、かつて無料だった連載は誰でも初回は無料で読めるため、公平感や納得感が非常に高い、ユーザー本位の取り組みといえる。

そうしたユーザーフレンドリーな取り組みは、参考にしたものがあるのだろうか? 細野氏は「あまりよそは見ていない」と明かし、まずはたくさんの人に読んでもらうことが重要とする。

細野:「少年ジャンプ+」のコンセプトは、ここでしか読めないオリジナルマンガでヒットを出していく、それによって読者を獲得としていく、というものです。

そうしたことを目指している他社のアプリがどれぐらいあるのかと考えたとき、今でこそ増えてきましたが、「少年ジャンプ+」のサービス開始時は、そう多くはありませんでした。あまりよそを見ているわけではないです。

また、「少年ジャンプ+」のコンセプトがほかのアプリと違うのは、「待てば無料」といった仕組みを導入していないことです。最新話で課金してもらうことは考えていません。それよりも、やっぱりたくさんの人に読まれたいと思っています。その意味でも、コイン施策はほかと違うのかなと思います。

新連載の第1話を読むとボーナスコインが貰えるというのも、最初にまずは読んでもらわないと、という考えからです。この施策もほかではあまり見かけませんね。

具体的に、「少年ジャンプ+」発の大ヒット作品になっている「SPY×FAMILY」「怪獣8号」は、どのようにしてヒットに至ったのだろうか。Web媒体ならではの要素があるとすれば、どのようなものだろうか。細野氏は、前述の「初回は全話無料」の効果に加えて、面白いマンガが載っている場所だという認識や信頼感が広がっていると話す。

細野:「SPY×FAMILY」の場合は、サービスのリニューアルと連載開始が同時期で、「初回は全話無料」という施策が同時に始まりました。面白いと評判になって読みに来たときに、過去の話が全部無料で読めるというのは、人気の追い風になったのではないかと思います。「最新の3話だけ無料」や「待てば無料」といった形では、今ほどの人気にはならなかったと考えています。この形式はやはり、導入してよかったと思います。

最近では「怪獣8号」という作品がヒットしていますが、「少年ジャンプ+」という媒体の力、メディアのブランド力のようなものがついてきたと感じます。

「怪獣8号」は1話目から人気でしたが、話題の拡散力も高く、「少年ジャンプ+」が面白いマンガが生まれる場所だという認知が広がってきているのかなと思います。「少年ジャンプ+」で評判なら読んでみようか、という読者のモチベーションにも繋がっているのではないのでしょうか。

また、「SPY×FAMILY」のヒットの早さよりも、「怪獣8号」のヒットまでのスピードのほうが早くなっています。「SPY×FAMILY」の前例があって「少年ジャンプ+」の規模が大きくなり、信頼感も増したことが、「怪獣8号」のヒットの早さに繋がっていると思います。

我々が「ヒット」とする条件ですが、1話あたりの閲覧数が100万PVを超えることが「大ヒット」の指標です。我々の目標でもあります。現在のところ、単話で毎回100万PVを超えるのは「SPY×FAMILY」と「怪獣8号」だけです。

「ONE PIECE」「鬼滅の刃」を超えるヒットが最終目標

大ヒットの例が出てきた今、作家にとってのゴール、そして「少年ジャンプ+」の最終目標はどこにあるのだろうか。

細野:何がゴールなのかは、作家によって全然違うと思います。

例えば、「ジャンプルーキー!」という新人のマンガ家が作品を投稿・公開できるサイトを運営していますが、そこのアンケートで、何が目標で投稿しているのかと聞くと、「少年ジャンプ+」や「ジャンプルーキー!」ならたくさんの人に読まれる可能性があるから、という回答が一番多いですね。

では、編集部として何が最終目標なのか。今ならシンプルに、「ONE PIECE」「鬼滅の刃」を超えるヒットを出す、ということです。ああいうふうな社会現象になるところまでいくのが、最終的なゴールです。

「少年ジャンプ+」でヒットしている「SPY×FAMILY」でトピックを挙げるなら、まったくメディア化(アニメ化など)していない段階で、単行本の発行部数が単巻で100万部を突破していることです。これは過去あまり例がありません。仮にこれからメディア化された場合、もっと売れるでしょうし、そういうポテンシャルがあると思います。

「怪獣8号」も同様で、「SPY×FAMILY」よりもさらに単行本の部数の増え方が激しいです。単行本は2巻しか出ていないですし、メディア化もまだです。2作品とも、高いポテンシャルを持っていると思います。

「少年ジャンプ+」編集長の細野修平氏

印象的なできごと、コロナ禍の影響

2014年9月にサービスを開始し6年半が経過しているが、今までで想定外だったことや、印象に残っていること、コロナ禍の影響はどうなっているのだろうか。また、課題と感じている部分とは?

細野:「週刊少年ジャンプ」デジタル版の定期購読(「少年ジャンプ+」上で契約・閲覧できる)の売上が大きくなったことです。サービス開始当時、コミック誌のサイマル配信は一部に限られていたこともあってか、好評をもって迎えられましたし、定期購読の加入者は右肩上がりで推移しています。この収益が大きくなったのは、狙っていたこととはいえ、驚きでもありました。

もうひとつは、アクティブユーザーが増える要因が、ちゃんとマンガ作品だったということです。例えば「SPY×FAMILY」の前なら、「ファイアパンチ」「終末のハーレム」という2つの作品でアクティブユーザーが大きく伸びました。いいマンガ、面白いマンガが出ることで、大きく伸びたという実感があります。

コロナ禍については、一般に巣ごもり需要と言われるものの影響はあったと思います。2020年に最初の緊急事態宣言が出された頃は、「鬼滅の刃」が最終話に向かっているところで、「週刊少年ジャンプ」のデジタル版を「少年ジャンプ+」で購入する人が増え、定期購読の数は過去最高を記録しました。最終話を迎えたことで定期購読の数は少し落ちたのですが、その後にまた右肩上がりとなり、現在はこの時の最高記録を更新しています。こうした動向は巣ごもり需要なのかなと考えていますし、「少年ジャンプ+」全体でもアクティブユーザーは増加傾向にあります。

課題についてですが、オリジナルマンガでヒットを出すという意味では、「SPY×FAMILY」や、最近だと「怪獣8号」という作品が出てきて、うまくいきつつあるのかなと思います。

ただ運営側の実感としては、「マンガの力でうまくいっているだけだな」と思う部分もあります。

もう少し、アプリ側の工夫でヒットを作っていくことはできないかと考えているところです。例えば、アプリの中でのレコメンドやサジェストで人気を押し上げて、中位ぐらいの人気の作品を上位に上げるといったことが、もう少しできてもいいのではないかと考えています。作品のヒットで喜ぶだけではなく、ヒットを作り出すサイクル、仕組みを作っていかなければいけない段階だと思います。

閲覧数の表示で生まれる「競争環境」

「少年ジャンプ+」のアプリを開くと、各作品名の横に、閲覧数(PV)とコメント数が表示されていることに気がつく。YouTubeの動画の再生数のように、人気を計る客観的な数字が、目立つ場所に公開されているのだ。これは些細なことのようだが、「少年ジャンプ+」の内部の構造を考える上で、重要な取り組みになっている。

作家にとっては、人気の度合いが客観的な数字で公開される「競争の場」にもなっているが、それを意識した取り組みなのだろうか?

細野:もちろん意識しています。「SPY×FAMILY」の連載開始と同時期に行なったリニューアルで導入したもので、閲覧数などの数字を目に見える形にしています。閲覧数で曜日ごとの順位が変わり、順位により表示される場所やサムネイルの大きさが変わります。競争を促すためです。

作家にとって、まずは曜日で1番を取ることが目標になりますし、ほかの曜日の作品と比べてどうなのかということも閲覧数で分かります。そういうことを意識せざるをえない仕組みにしています。競争をすることで切磋琢磨し、いい作品が生まれてくるという取り組みで、「週刊少年ジャンプ」のアンケートハガキの仕組みと同じつもりでやっています。

見開き、スマホで見ても「映える」構成に

アプリの対応デバイスはスマートフォンとタブレットで、PCのWebブラウザで「少年ジャンプ+」のWebサイトにアクセスしても作品を閲覧できる。

作品を具体的に見ていくと、誌面は伝統的なマンガの体裁で、誰でも違和感なく読み進められる。その一方で、多くのユーザーが使うスマートフォンの縦長のディスプレイを意識した取り組みもあるという。左右の2ページを1枚の絵として描き、大胆な演出が可能な「見開き」ページは、画面が縦長のスマートフォンには向かないと言われてきたが、作品が描かれる現場ではどう扱われているのだろうか。

細野氏によれば、「少年ジャンプ+」にはWeb連載ならではという誌面の決め事はないものの、スマートフォンで読まれることだけでなく、紙のコミックスで読まれることも意識した“ハイブリッド”な描き方が各自で模索されているという。

細野:編集部として決め事は特にありませんが、作家もいろいろと考えています。

一般的な意見として、スマートフォンは見開きを一度に見られないので、見開きはやめたほうがいいとか、見開きをちゃんと見られないのでスマートフォンで読むのは好きになれないといった意見があると思います。

しかし今の作家は、そうした変化はしっかりと踏まえ、先取りもしています。見開きを使うけれど、スマートフォンで表示しても映えるように、と考えているのです。

一般的に見開きの絵にもいくつかパターンがあり、右から左にアクションが進行していくもののほかに、再度右下に戻ってくるものもあります。スマートフォンで見開きを見ても意味が通じて、そのまま次のページ(見開きの残り)に行くと、驚きがある。最近ではそういう描き方をする作家もいます。

例えば「怪獣8号」は、見開きでそうした描き方をしています。アクションマンガなのでやっぱり見開きは欲しい、ということもありますが、スマートフォンで読んでもちゃんと分かるように配慮されています。今の作家は、スマートフォンで読まれることも、紙の単行本で読まれることも、両方考えながら描いているのです。

これらは、私達が指摘するまでもなく作家側で工夫されている点ですね。編集部として見開きをどうこうという決め事はありませんが、作家と編集者は、読者がどういう形で読んでいるのか、常に考えていますから。

「怪獣8号」第1話にある見開きページ。スマートフォンの縦長の画面で表示すると、最初のページ(右半分)だけでも無理なく理解でき、次のページで全貌が分かるという構成。もちろん横長の画面で見開き2ページを一気に表示してもインパクトがある (C)松本直也/集英社

インディーズ連載を「少年ジャンプ+」に掲載する狙い

前述のように、集英社は「少年ジャンプ+」と同時に「ジャンプルーキー!」という投稿・公開サイトもスタートさせている。ヒット作が生まれる土壌を作る意味でも重要な取り組みといえそうだが、どのような施策が進んでいるのだろうか。細野氏は、これまでの取り組みに加えて、「少年ジャンプ+」上でスタートする「インディーズ連載」について語る。

細野:新人発掘に関しては、「ジャンプルーキー!」というマンガ投稿・公開サイトを「少年ジャンプ+」と同時に開始し、こちらもすでに6年半が経過しています。サービス開始当時は、出版社系のWeb媒体でマンガを投稿できるサイトはありませんでした。いち早く始めたこともあり、信頼感やブランド力を培ってきていると思いますし、投稿してもらう作家の数も増えています。

「少年ジャンプ+」では今度、「ジャンプ+インディーズ連載」という枠を設けました。これは担当編集が付かずに、作家が自由に連載できる、新たな連載形態の取り組みです。「ジャンプルーキー!」に作品を投稿する際にインディーズ連載にも応募するという選択ができ、このチェックが入っている作品は、毎月開催される「連載争奪ランキング」で上位に入ると、「少年ジャンプ+」上に連載枠を持てるようになります。

この連載枠の付与は、編集者が決めるのではなく、読まれた数を集計する「連載争奪ランキング」で決まります。こうした仕組みも、作品を投稿するモチベーションになると思います。

インディーズ連載として掲載される作品は、閲覧数に応じて原稿料やボーナスが変動しますし、編集者とネーム(セリフや構図のラフ)の打ち合わせは行なわず、各話を自由に描くことができます。たくさんの人に見てもらいたいけどあまり指図はされたくないという作家にも向いていますし、人気が出れば原稿料ボーナスも増えます。

すでに「連載争奪ランキング」は始まっており、近々インディーズ連載の枠に掲載する最初の作品を発表します。※3作品の連載権獲得が決定している

「ジャンプルーキー!」ではほかにも、いろんな形のマンガ賞を開催しています。例えば、あえて紙の原稿で投稿してもらうアナログ部門賞は、けっこう若い人から投稿がありました。若い人は全部デジタルで描いているのでは? と思いがちですが、デジタルも描くための機材を揃えるためにお金がかかるので、まず紙とペンで始める人も多いようです。こうしたように、いろんな場所にいるマンガ家志望者を引っ張り上げるという取り組みを行なっています。

「少年ジャンプ+」では、連載形式が比較的に自由だというのもポイントだと思います。通常、紙の雑誌では連載のペースが決まっていて、ページ数も変えられません。「少年ジャンプ+」には両方の規定がありません。週刊連載ですが、3週おきに休載を挟む作品や、隔週、月刊、日刊連載もあります。ページ数も可変で、自由です。作家にとっては、自分に合った形で無理なく連載できるというのも魅力になっていると考えています。紙だと無理だけど「少年ジャンプ+」なら連載できるかも、と考えて来てくれる作家もいると思います。

「ジャンプルーキー!」Webサイト(PCブラウザ版)

他社からコラボ企画を募集、出資も含めて連携

集英社では、「少年ジャンプ+」を通じたテクノロジーへの取り組みも拡大させている。他社から企画を募集する「マンガテック」を始め、常設の企画募集窓口「デジタルラボ」も開設した。

細野:「マンガテック」という新しい取り組みを行なっています。マンガを使った新しいテクノロジーの企画を募集し、企画を持ってきた会社を支援しながら、一緒企画を育て、場合によっては我々が出資もしていくというものです。2020年の夏に募集を開始したのですが、この3月中旬には最終報告会を開催して、成果などを発表する予定です。

集英社がなぜこの取り組みを始めたかというと、「少年ジャンプ+」を運営していく中で、出版社としてデジタル関連のノウハウがあまりないことを実感し、会社としてもっとデジタル領域に入っていかなければならないと考えたとき、こうしたプログラムを主催すればパートナーを探せるのではないかと考えたからです。このプログラムに応募してくれた企業や、間に入ってくれたメンターの方も、普段はなかなか会う機会のない人たちで、そうした出会いも含めて貴重な機会でした。

これとはまた別に「デジタルラボ」という取り組みも行なっています。以前「少年ジャンプ+」編集部の主導でアプリ開発コンテストを3年ほど開催していたのですが、コンテストではなく常設にして、提案や連絡のあった方に対して、会う機会を設けるという形です。面白い企画があればいつでも連絡してくださいというものです。

「少年ジャンプ+」の挑戦

細野氏は、「少年ジャンプ+」は集英社としてのチャレンジであり、今まさにヒットのサイクルが回り始めた段階であると語っている。「週刊少年ジャンプ」の作品を超えるタイトルを生み出していくとう目標も明確だ。

細野:「少年ジャンプ+」の何が挑戦だったのか。それは、デジタルにおいても、「週刊少年ジャンプ」のような強い媒体を作れるのか、という挑戦でした。では強い媒体とは何か? それは「ONE PIECE」「鬼滅の刃」のようなIP(知財)を生むことができる媒体ということです。

「少年ジャンプ+」はデジタルで新規IPを作っていくチャレンジです。「SPY×FAMILY」や「怪獣8号」がヒットしているように、おかげさまでうまくいき始めています。「週刊少年ジャンプ」のように新規IPの創出サイクルを回していくこと、その仕組みづくりが、次の目標です。どんどん新規IPを生み出していき、「週刊少年ジャンプ」の作品を超えるタイトルを作っていきたいですね。

「少年ジャンプ+」の秘訣

「少年ジャンプ+」の核心は、いくつかに分けられる。それは、「初回は全話無料」の取り組みに代表されるように、可能な限りユーザー本位のストレスフリーな使い勝手を提供する一方で、作家には閲覧数の可視化とランキングという、競争環境とモチベーションの双方を提供していることだ。

インディーズ連載枠の創設も、新人作家には大きなモチベーションになる一方で、「少年ジャンプ+」の連載作家にとっては、新たなライバルの登場である。

そうした競争の場である「少年ジャンプ+」自体も、強大な身内の媒体をライバルとして、それを超えたいという目標を掲げている。

忘れてはならないのは、これらが6年半という短くない期間を経て実現されていることだろう。サービスが短期的な収益性の高さを追求していたら、人気作品が集まる場の醸成は難しかったのではないか。材料開発のごとく、会社が辛抱強く取り組んできたことは想像に難くない。

長期の取り組みになることを恐れず、ユーザーの使い勝手や快適さを見抜いて犠牲にせず、作家には明確な競争環境の中で切磋琢磨を促し、新人作家には平等な機会と大きなモチベーションを提供する――それはさながらコロシアム、こういってよければ「天下一武道会」であり、ジャンプが伝統的に得意としてきた、熱いバトル漫画の縮図のようでもある。まさしく、集英社のジャンプらしい取り組みだ。それでいて、さまざまなビジネスの現場にも通じる、王道的な要素が含まれているのではないだろうか。

取材前には、Web媒体ならではの秘策が隠されているのではという期待があったが、蓋を開けてみれば、それぞれの取り組みはテクノロジーを使いながらも搦め手ではなく真面目で、競争や機会の平等は清々しさすら感じるものだった。たくさんの人に読まれること、という“コア”が維持されている点も、サービス提供期間の長さを考えれば特筆に値する。

ユーザーが楽しく快適に読めること、作家が大きなモチベーションを感じる競争環境を用意できたこと、この両輪が「少年ジャンプ+」の核心であり、ヒット作を育む土壌になっている。