鈴木淳也のPay Attention

第67回

境界がなくなりつつある「オンライン」「リアル」。競合するShopfiyとSquare

現在新型コロナウイルス感染者急増でロックダウン下にあるスペインのマドリード。中心部のマヨール広場にて2019年に撮影

9月末から10月上旬にかけて、ShopifyそしてSquareと中小の小売事業者を対象に決済やオンラインコマースのプラットフォームを提供する大手グローバル企業2社が日本での新サービスを発表している。こうした動きは偶然ではなく、新型コロナウイルスの感染拡大が再び懸念されるなかにおいて、新規市場開拓に向けた同分野での争いが激化していることを意味する。

ECプラットフォーム「Shopify」がリアル店舗も対応。POSアプリやJCB

Square、ネットショップを無料で作れる新サービス。実店舗+オンライン

例えば興味深いデータとして、カナダのShopifyが7月29日(現地時間)に発表した2020年第2四半期(4-6月期)決算において、同社は前年同期比の売上が97%増加とほぼ倍増したことを報告している。

Shopifyは2015年にニューヨーク証券取引所(NYSE)とトロント証券取引所(TSE)にダブル上場しているが、上場企業としてこの成長率は驚異的な水準だ。同社によれば、同四半期だけでオンライン上に新店舗を開業した事業者の数は71%増加しているとのことで、「90日間の無料トライアル」キャンペーン提供の影響を差し引いたとしても、それだけ多くの小売事業者がオンラインに駆け込んだことを意味している。

Shopifyの2020年第2四半期(4-6月期)決算の抜粋

日本戦略強化を発表した今年2月時点ではコロナの影響はそれほど認識されていなかったと思うが、9月末の「Shopify POS」発表では明確にこの点を意識している。

つまり、コロナ以前は「オンラインにも販売チャネルを持とうか(あるいはオンラインショップを開業しよう)」程度の認識だったものが、コロナの影響で人の流れが大きく変わり、それまでオンラインを意識していなかったリアル店舗でさえ販売チャネル拡大の必要性に急遽迫られたことが大きい。

この場合、リアル店舗とオンラインで販売管理を一元化する必要性が生じ、Shopify POSはオンラインでの販売管理の仕組みをリアル店舗でのPOSとしても利用できることから、日本市場へのサービス展開へと至ったのだと考える。

Shopifyは2017年からBluetooth接続型のリアル店舗向け決済ソリューションの提供を日本国外では開始しており、「POS+決済ソリューションで先行するSquare対抗」といわれていた。

一方のSquareは2013年にオンラインのマーケットプレイスである「Square Market」をリリースしており、これをさらに発展させた「Squareオンラインビジネス」を10月中旬に日本でリリースしている。

オンラインからオフラインを攻めるShopfiyとオフラインからオンラインを狙うSquare。オンラインとリアルが交差する形で競合が始まっているという流れだ。

顧客ニーズに応えることで囲い込みへ

Shopifyの決算報告からも分かるように、2020年の第2四半期はリアル店舗のオンライン駆け込みが相次いだ時期だった。特に米国ではShelter-in-place Order(一時退避令)が発令されて主要都市などでスーパーマーケットやドラッグストアを除いて客の店内入店が不可能になってしまったため、実質的にリアル店舗を閉めざるを得ない状態が長く続いていた。そこで、急遽オンラインストアを開業したり、テイクアウトやデリバリーを受け付ける店舗が多数出現することになった。

サンフランシスコ(SF)ベイエリアでの3-4月のロックダウンの様子を紹介したレポートにおいて、Foggy NotionというセレクトショップがSquare Market(Online)の仕組みを使って急遽オンラインストアを立ち上げたことを報告している。Shelter-in-place Orderが出た3月中旬時点では、駆け込みで商品の一部をオンライン登録したのみで留まっていたが、7月15日のタイミングでオンラインストアがリニューアルされ、取り扱い商品が一通りラインナップされていることが確認できる。

また、3月時点ではSquareドメイン上での簡易サービス展開だったものが、現在では独自ドメインへと移行しており、傍目からはSquareのサービス上で稼働しているとは分からない。サイトのアイコンがSquareのママであったり、ソースを解析するとサイト構築にWeeblyを活用していることから、Squareのサービス上で動作していることがなんとなく分かる程度だ。

Foggy Notionの現在のオンラインストア。独自ドメインに移行してデザインも一新されており、Squareプラットフォーム上で動作していることは一見して分からない

ここでWeeblyについて補足しておく。Squareが2018年4月に買収したWebサイト構築サービスであり、「Squareオンラインビジネス」で利用されるサイトデザインツールもWeeblyベースのものだ。

この分野で先行するShopifyやSquarespace対抗を考えての買収といえる。日本の10月の発表会でも言及された「Square オンラインチェックアウト」だが、これは金額や支払先を含んだリンクを生成してSNSのタイムライン上に放流したり、あるいはメールやチャットで直リンクを顧客に送付することで購入と決済を促す仕組み。これはPayPalが提供する同様のサービスへの対抗となる。レストランなどでテーブルからオーダーや決済が可能になるSquareの「Self-serve ordering」の日本での提供も予告されているが、米国ではOpenTableなど複数の競合がすでに存在している。

こうした形で、本来の強みであるPOS+決済ソリューションを軸に周囲を固めていくことで市場でのシェアを広げていくのが現在のSquareだ。前述のFoggy Notionがオンラインストア構築にSquareを選択した理由として挙げていたのが「すでに店舗決済と販売管理でSquareを利用していたから」というもので、既存顧客が必要としているものを次々と用意していくことで囲い込む戦略であることは確かだ。

既存のSquare POSと連動する形でオンラインデリバリーやテイクアウト管理も可能に(写真提供:Square)

激化する競争

他方でShopifyだが、短期間に売上が倍増するなど業績が非常に好調に見える一方で、競合がますます激しくなっているという見方もある。

Shopifyはもともと2015年から2017年にかけて、Amazon.comが中小企業向けのオンラインストア構築サービス撤退に合わせて同社とのパートナーシップを強化してシェアを拡大させてきた背景があり、業界でも抜きん出た存在にある。

北米における競合としてはSquarespaceの存在が知られているが、コーディングなしのサイトデザインツールを出自とするSquarespaceが「サイト構築の自由度とデザイン性」「中小企業に向いた料金プラン」で評価されているのに対し、オンラインストア構築を出自とするShopifyでは「小規模から大規模なサイトまでオンラインストア構築に向いている」という点で評価される傾向にある。

Squarespaceのサイト。デザイン性で評価されることが多い

だがZDNetのMary Jo Foley氏によれば、現在この分野にMicrosoftが参入を検討しており、Shopifyの直接の競合となるサービスの準備を進めているという。筆者の別誌の記事でも触れているが、Microsoftはリテール分野でAmazon.comが顧客獲得に苦戦している点を突き、パートナーシップ強化や顧客開拓に非常に力を注いでいる。

こうした流れの中で「月額29ドル」という非常に安価なプランながらもShopifyが勢力を急拡大させている現状は見過ごせず、同社としてできることを探しているのかもしれない。

Shopify側も単に手をこまねいているだけでなく、積極的な市場拡大でこうした動きに対応する。冒頭でのPOS対応がその典型だが、Squareとは逆のパターンで「オンラインストア構築に強みをもつ企業が、POSを使ったストアのデジタル化を含めてあなたのビジネスをお手伝い」というパターンでリアル店舗への売り込みを強化している。

POSの基本プランは無料ということで、この点は(決済手数料のみ徴収という)Squareにも通ずるが、実際にはオンライン側の有料プランと組み合わせることが前提でもあり、将来的にオンラインストアでの収益を通じてマネタイズするという流れになる。Shopifyは今年の第2四半期決算発表で「(90日間)無料トライアルから有料プランへのコンバージョン率は悪化している」と説明しているが、駆け込み需要で利用する企業が増えた反面、有料サービスへの誘導にやや苦心しているようだ。

Shopify POSの2種類の料金プラン

もう1つ、興味深いと思ったのは「オンラインストア移行ツールの提供」だ。

クラウドサービスの特徴として「始めるのは簡単だが、サービスを抜け出して移行するのは面倒」というのが挙げられるが、「BASE」をターゲットにした移行ツールを提供することで顧客のShopifyへの誘導を狙っている。BASEは2012年にスタートした日本のオンラインストア構築サービスだが、無料プランの提供やショッピングカートの使いやすさから人気がある。

Shopifyがよりライト層向けのBASEを明確にターゲットにしてきたのは、昨今のコロナ禍で顧客の求めるニーズが多様化して企業が販売チャネルの拡充や機能拡張に迫られているという背景があり、機能面での優位性を武器にそれらを一気に奪ってしまおうという考えなのかもしれない。

いずれにせよ、市場拡大だけでなく同業者同士の競合も激しくなりつつあるというのがオンラインストア構築サービス業界の現状なのだろう。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)