鈴木淳也のPay Attention

第45回

キャッシュレス化するほどに重くなる手数料負担のパラドックス

大阪方面で知る人ぞ知る「スーパー玉出」だが、同店に限らずスーパーの激安販売の裏には苦労が……

本連載でも何度も取り上げているが、世界はキャッシュレスに向かいつつあり、サービス事業者らは普及のためのさまざまな施策を進めている。

小売事業者にとってのキャッシュレスのメリットはさまざまだが、1つには現金管理の手間から解放されるということが挙げられる。ロイヤルホールディングスが展開する完全キャッシュレスレストラン「Gathering Table Pantry」では、従業員の事務管理にかかる時間が大幅に短縮され、その分本来の業務である接客や調理業務に集中できたり、あるいはレジ締め作業から解放されたことで閉店後の退店が容易になるなどのメリットが出ている。

また、昨今の新型コロナウイルスの件では不衛生な現金に触れることを避けられるという理由から、キャッシュレス決済やセミセルフレジの導入に関心が高まっており、小売における「決済」の場面で大きな変化が起きつつある。

一方で、キャッシュレス化と同時についてまわるのが「決済手数料」の問題だ。現金とは異なり、利用者との決済の仲介を他のサービス事業者を通して行なうため、その中間マージンとしての手数料が発生する。

よく「日本では決済手数料が高い」という話も聞かれるが、これはある意味で正しく、ある意味で間違っている。例えば単純な比較になるが、mPOS(エムポス)で有名な米Squareの決済サービスでは、米国のカード決済手数料が1トランザクションごとに2.6%+10セントとなっているが、これが日本では「対面決済時3.25%(2020年6月末以降、JCBは3.95%)」「手入力またはブラウザ決済時3.75%」。米国ではミニマムチャージがあるという違いはあるが、おおよそ全体に0.5-1.0%前後ほど高くなっている。

米Squareの決済サービスを利用した際の手数料。本稿執筆時点では政府のキャッシュレス普及施策対象により手数料が一時的に頭揃えになっている

一方でこの差は両国でのビジネス習慣やシステム上の違いに起因している面があり、例えば米国ではイシュアの手数料収入を多くするショッピングリボの利用が多いのに対し、日本ではマンスリークリアと呼ばれる月1回払いが主流であり、イシュアの収益源が限定されている。

また決済ネットワークで仲介を行なうNTTデータのCAFISなどは、その構造上少額決済ほど手数料負担が大きくなる問題があり、これが決済手数料全体を押し上げる要因の1つになっているとされる。

後者については、三井住友カードが「stera」でCAFISを採用しなかったように回避策も模索されているが、前者については構造上の問題であり、すぐに状況が変わることはないだろう。また手数料自体も決まった水準があるわけではなく、国内で3-6%程度といわれる数値もあくまで“目安"でしかない。手数料は個々の契約によって決定され、単純明快な解はないからだ。

手数料は1つじゃない

筆者は決済まわりの分野で10年近く取材を続けているが、いまだ手数料については謎なことが多い。おおよその傾向は見えるものの、決め手となる数字がない。

傾向としては、物販系が3-5%前後、飲食やサービス系が5-8%(過去には10%などの数字もあったようだ)という数字が多く、規模の大小によっても変わってくる。小規模で資本力が弱い小売店ほどリスクがあると判断されやすく、手数料が上がる傾向がある。また同じ小売(加盟店)であっても、契約内容によって手数料は変化する。

対面販売の場合はリスクが低いとして手数料が引き下げられたとしても、Webサイトでの決済(あるいは対面であってもスマートフォンを使ったオンライン決済)では手数料が引き上げられる傾向がある。

このほか、手数料はすべてのトランザクションの決済金額に一律に課されるため、仮に100万円近いカード決済が一度に行なわれるケースがあった場合、数万単位の手数料が引かれることになる。これでは加盟店の利益へのインパクトが大きいため、高額決済ではあえて別の条件での契約を別途持っておくという回避手段が用いられることもある。聞いたことのあるケースではホテルなどでの複数契約で、契約ごとに決済照会端末(CCT)が用意されるため、カウンター裏に何台ものCCTが並んでいることがあるようだ。

このほかにも、リスク判断や導入形態によっても変化する。近年ではIC対応が必須となったことから、導入時にリスクの低いIC対応の有無で手数料の決定判断に影響を及ぼす可能性が出ている。そもそもリスクが高いと判断された加盟店には「磁気ストライプのカードは取り扱えず、ICのみ対応させる」と条件を突きつけるケースもある。また意図的にキャンペーンを仕掛け、例えば「タッチ決済に対応すれば手数料引き下げに応じる」という形で、アクワイアラが自身の意図する形に加盟店を誘導する手段として手数料を持ち出すという話もある。決済端末の無料レンタル条件として手数料上乗せを提案するケースもあり、この場合は全体に手数料が高くなる。

こうした複雑な事情や機材レンタルなどからくる手数料負担の大きさから、最近ではスマートフォンやタブレットと連動して簡単にPOSや決済サービスが導入でき、さらにその手数料も一律で単純明快ということからリクルートのAirペイや楽天ペイ(実店舗決済)などの人気が出ている。前出のSquareは基本的にはPOSの仕組みを提供するサービスだが、同時に安価で簡易な決済サービスも提供しており、中小の小売店はこうした仕組みの活用がキャッシュレス対応ならびに店舗の効率化の近道となる。

リクルートのAirペイ。中小小売店が手軽にキャッシュレス決済を導入することが可能に
Airペイの各決済サービスにおける手数料

実際のところ、手数料は一定のものではなく、つねに交渉を経て改訂されている。例えば、「突然ある加盟店で決済ブランドのうちVisaだけが使えなくなった」ようなニュースがときどき聞こえてくるが、これは手数料交渉などで加盟店とブランドの話し合いが決裂したことに起因する。前出のキャンペーンなどを経て低い手数料を勝ち取った加盟店が、引き上げを狙うブランド側の要求をのまなかったときに発生しうる。また、以前まではAmerican Expressのみを取り扱っていたCostcoは、現在ではMastercardのみでの取り扱いとなっており、これも手数料交渉の結果で排他的条件を受け入れた結果での乗り換えと考えられる。

「たかが数%」にも見える手数料だが、売上が年間数百億円に達しているのであれば、その差分も億単位というわけで、ばかにならない。そのため、売上が大きい小売やサービス事業者ほど交渉にシビアにならざるを得ない。

コンビニエンスストアの決済手数料が全体に低いことが知られているが、これもその背後での熾烈な手数料交渉の結果だ。また、JR東日本が長らくスマートフォンを活用したカード決済の受け入れにシビアだった理由の1つも、「一度カード支払いを解禁して無制限に海外発行のカードまで受け入れるようになると、(イシュアとの)個々の手数料交渉が難しくなる」といった理由もあるようだ。

このほか、すでにサービスは終了してしまったものの、「7pay」がカードをMastercardやVisaのような国際ブランドではなくカードを発行するイシュア単位で受け入れ(アクワイアリング)する仕組みを採用していたが、これも手数料交渉を反映したものではないかと筆者は推測している。

コンビニエンスストアなど大手小売の中には1%程度の低い決済手数料を勝ち取る企業もある(写真はイメージです)

手数料負担がそのまま利益にインパクトを与える

さて前置きが長くなったが、ここからが本題だ。2019年12月に大阪で開催された会見において、スーパー玉出を運営するフライフィッシュの取締役経営企画部部長でコンプライアンス室室長兼広報室室長の國枝尚隆氏が非常に興味深い発言をしていた。

同社はキャッシュレス決済手段として現在PayPayとメルペイを導入しているが、前者がキャンペーン期間中は決済手数料無料、後者の手数料が1.5%と業界競合と比べても低めになっている。本音としては「手数料は支払いたくないからキャッシュレス決済導入の判断はシビアにならざるを得ない」ということだが、メルペイは利用者がメルカリでの売上金をそのまま買い物に利用できることを特徴としており、これをうまく活用して新しい客層を取り込みたいということが会見での趣旨だ。ただ、なぜそこまで手数料にこだわるのかといえば、「スーパーは手数料を支払うほどの余力がない」という懐事情に起因する。

スーパー玉出の運営母体であるフライフィッシュの取締役経営企画部部長でコンプライアンス室室長兼広報室室長の國枝尚隆氏

この事情は、全国のスーパーマーケットが加入する全国スーパーマーケット協会が発行する「スーパーマーケット白書」で一目瞭然だ。まず年度別での指標だが、営業利益率が1%前後と極めて低い。営業利益とは、商品の仕入れや、人件費などを含む販売管理費を売上から差し引いた金額で、売上全体に占める営業利益の割合が営業利益率となる。インターネット系の企業などは60-80%という数字も見られる営業利益率だが、このスーパーマーケットの1%台という数字はなかなか衝撃的だ。つまり、現状のビジネス習慣から“何か"をするための余裕が1%程度しかないというわけで、これには決済における「手数料負担」も含まれている。

2020年版スーパーマーケット白書より年度別財務指標(出典:全国スーパーマーケット協会)

これを店舗規模別にすると、さらに見えてくる。資本力の強い大手スーパーは2%前後の営業利益率があるのに対し、その規模が小さくなるほど営業利益率は1%へと近付いていく。2018年度に至ってはマイナスに振り切れてしまっているケースがみられ、いかにギリギリの状況で運営されているかがわかる。1%の手数料負担でさえ重荷というのが現状だ。

2020年版スーパーマーケット白書より年度別売上高規模別財務指標(出典:全国スーパーマーケット協会)

一連のポイント還元施策により日本全体でキャッシュレス決済比率が上がっているとされているが、それでも多いところで30-40%程度、実際には20%前後という日本でのキャッシュレス普及率に近い数字の小売店が多いと思われる。

20%程度であれば、決済手数料が1%上昇したとしても営業利益に対するインパクトは0.2%。国が2025年までの目標とする40%に達したとしても0.4%だ。ただし、前項でも紹介したようにスーパーなどの小売での一般的な決済手数料が3-5%だとすれば、このキャッシュレス比率でも手数料負担のインパクトは1%台の営業利益率を軽く消し飛ばしてしまう。

仮に、これで売上損失をカバーできているというなら、充分に耐えられる数値かもしれない。だがキャッシュレスが進むほどに応分負担が増えると、売上増、あるいは前出の「Gathering Table Pantry」のような大幅な効率運営ができるようにならなければ、店舗運営そのものはより厳しくなっていくだけだ。

2020年版スーパーマーケット白書よりポイントカード・決済手段の導入・利用状況(出典:全国スーパーマーケット協会)

キャッシュレス社会の到来というのは、単純に「現金を使わない」という以外のインパクトをもたらすと筆者は予測する。手数料引き下げは行なわれると仮定しても、この変化に耐えられない企業は消滅の憂き目に遭うことになるかもしれない。

とはいえ、街の地元密着型スーパーがある日突然すべて消え失せる姿は想像できない。これまで決済手数料以外でかかっていたコスト負担をさまざまな形で軽減し、新しい時代に生き残れる形で運営スタイルを変化させていくのではないかと推測する。単純に「キャッシュレスで売上増」というのが望ましいが、それを実現することは非常に難しい現実が見えつつある。

デジタル化の過程で得たさまざまなツールを活用し、ビジネスモデルを変化させていくことが、すべての小売やサービス事業者に求められるのかもしれない。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)