鈴木淳也のPay Attention

第4回

ファミペイと7payが本当に目指していたもの。コンビニPayはなぜ必要だったか

7月1日、ファミリーマートの「ファミペイ」とセブンイレブン・ジャパンの「7pay」の2つのコンビニ系モバイル決済サービスがスタートした。片方のサービスについては開始直後に第三者による不正利用が次々と発覚して会社代表らによる釈明会見が開催される事態にもなったが、ここではサービス登場の根本部分である「なぜコンビニ各社がモバイル決済サービスに参入してきたのか」という部分にフォーカスを当てて背景に触れてみたい。

6月27日に開催された会見でファミペイのデモストレーションを行うファミリーマート代表取締役社長の澤田貴司氏

ファミリーマートがTカードを廃してファミペイに走った理由

「モバイル決済」の世界には魅力がある。モバイル決済に使われる「モバイルアプリ」がその主因だが、アップデートという形でさまざまな機能を適時追加できるうえ、キャンペーンと称してユーザーに好きなタイミングで通知を行なって来店誘導を促したり、アプリに登録されたユニーク情報(ID)からその行動を追跡し、今後のマーケティング活動に役立てることができる。

こうした小売と顧客の双方向の接点を実現するのがモバイルアプリの特徴であり、クレジットカードのようなプラスチックカードや電子マネーのICカードではなかなか実現が難しい。本来、7月1日のタイミングでこの分野に参入してきた2社には「ファミマTカード」「nanaco」という行動追跡とマーケティング用のツールが存在している。

だが前述のように得られる情報には限界があり、少なくとも双方向のコミュニケーションは実現できない。

ファミペイ アプリ

また関係者らの話によれば、ファミマはTカードを通じて十分な情報を得られず、それの対価としての“持ち出し分”が大きいことにもかねてから不満を抱いていたという。

当初、ビッグデータ活用を旗印に複数の企業が賛同してスタートしたTカードの仕組みだが、その多くは実際にはビッグデータを活用しきれず、具体的なビジョンを持たないままにポイントカード連合に参加していた状況だったようだ。

そのため、独自のモバイルアプリ戦略に活路を見出した企業を中心に近年離脱が相次いでいるのは多くの知るところだ。ファミリーマートは「ファミマTカード」について、クレジットカード機能を持たないものについては発行を終了すると宣言しているが、その理由は3つある。

1つは独自ポイントについてはそこまでこだわりがないこと(秋より楽天ポイントとdポイントの取り扱いを開始するあたりから推察できる)、2つめは自社発行のクレジットカード自体は欲しいこと(そのためクレジット機能のないものは切った)、3つめはクレジットカードを持たないユーザーに対して従来のファミマTカードから「ファミペイ」アプリへと誘導するためだ。

ファミペイではTポイントに加え、楽天ポイントとdポイントを新たに受け入れる。ポイントによる囲い込みというよりは、来店誘導を重視している部分だ

ポイント以外の魅力を提供できれば、ユーザーがアプリを利用するだけの価値が生まれるかもしれない。そこで決済機能、クーポン、電子レシートまで、普段使いで役立つ機能をすべて取り込むことで、「全部バーコード一発」ということでワンストップの処理が可能になり、ユーザーにいちいち目的別のカードを何枚も出さないでもスマホの操作だけですべて済むという利便性をアピールしている。まだ不十分ではあるものの、「利便性を提供できてこそ価値がある」(ファミリーマート経営企画本部デジタル戦略部長の植野大輔氏)というのは一見ゴリ押しにも見えるスマホアプリへのシフト戦略の中でいい目標だと感じている。

ファミペイで評価するポイントの1つは、最大の目標として「(ユーザーの)利便性」を掲げていることにある。とかくUXが無視されがちなこの手の戦略だが、この点は大きく評価したい

とはいえ、モバイルアプリへの誘導はなかなかに難しい。昨今は店舗ごとに異なるアプリを入れさせることが非常に難しい状況になりつつあり、マーケティング展開のためにFacebookやLINEなどのメジャーアプリを利用するケースが増えている。中国でWeChat Payのミニプログラムが全盛なのも、主力アプリに便乗する形で各社がユーザーとの接点を持ちやすいからだ。

そこでファミリーマートが利用しようとしたのが「10月1日以降の消費税増税にともなうキャッシュレス決済のポイント還元施策」(キャッシュレス・消費者還元事業)だ。同社は大規模チェーンのためポイント還元率は2%に留まるが、「いまこのアプリを使って買い物すれば必ず2%以上還元」ということで導入をアピールしやすい。

ただし、この仕組みを最大限に利用するには少し前のタイミングから徐々にユーザーの移行を促す必要があり、「7月1日」という開始日はその3カ月前ということで設定されたものなのだと考える。10月1日までに段階的にキャンペーンを展開し、ファミペイを盛り上げていこうというのが同社の算段だったのだろう。

得たものと失ったもの。7payの蹉跌

残念ながら、この試みは予想外の方向からの攻撃で縮小せざるを得ないかもしれない。セブン-イレブン、7payでの一連の不正利用騒動がその理由だ。

悪いことに、いまだ7payにまつわる根本的な問題は判明しておらず、筆者の予想する限り「7iD」の仕組みに何らかの問題が内包されていると考える。7iDはオムニ7を含むセブン&アイグループ全体のネット通販およびリアル店舗事業に関わっており、事態はより複雑である可能性が高いとみているからだ。

問題解決が長引くと同時に、「コンビニPay」や「QR/バーコード決済」ひいては「モバイル決済」全体に対して「危ないのではないか」という懸念を抱かせるには十分で、雨後の竹の子のように出現してキャンペーン合戦を繰り返している各社の戦略に冷や水を浴びせる結果になるだろう。

「7pay」も根本の発想は「ファミペイ」と一緒だ。ポイントプログラムによる囲い込みの部分に目が向くが、おそらく両社ともに最重要視しているのは「ユーザー行動の追跡によるビッグデータの取得」と「双方向通信によるタッチポイントの増加」の2つだ。

セブン&アイHDでは「nanaco」の活用が思ったほどに進んでいない現状に不満を抱いており、これを「7iD」を使ったセブンイレブンアプリで「7pay」による決済を行なう形でユーザーを誘導しようとしている。

7pay開始と同時にnanacoのポイント還元率を半分にし、7pay側のポイント還元率を期間限定で従来のnanacoと同水準に設定したことには2つの意味があり、「nanacoから7payに顧客を誘導する」と同時に「nanacoをそれほど重要視していない」ことの表れでもあると考えている。これは別の機会に改めて触れるが、セブン&アイでは近い将来に何らかの形でnanacoをフェードアウトしようとしている可能性が高い。その代わりとして中核に据えられたのが「7iD」と「7pay」というわけだ。

7iD会員は、購買金額・回数ともにnanaco会員を上回る(7月4日のセブン&アイHD決算説明会資料から)

だが実際、セブン-イレブンアプリの出来はお世辞にもよろしくなく、練られておらずわかりにくいユーザーインターフェイス、触れてすぐに分かるレベルのセキュリティ上の稚拙な作り、競合他社や世界の先駆者らの最新アプリやマーケティング事情に対する研究不足など、あらゆる部分で実力不足が目立つ。

ファミペイアプリも不十分ではあるが、先ほどのファミリーマート植野氏の言葉にもあるように「重要なのは利便性」という部分をきちんと理解しているあたり、今後に期待したいという思いがある。

昨今、さまざまなモバイル決済機能を搭載したモバイルアプリが登場し覇を競っているが、正直評価に値しないレベルのものが含まれているのも確かだ。さらに今後、今夏から秋以降にかけて銀行系の○○Payアプリが大量参入することが見込まれており、さらに状況は悪化するだろう。

セキュリティ的に問題なかったとしても、ユーザーインターフェイスやユーザー体験の面で問題を抱えている可能性が高い。「モバイルアプリ」は誰でも作れるように感じるかもしれないが、真に皆に使ってもらえるレベルのものを作るのは容易ではない。

そんなモバイルアプリ幻想を打ち砕くのに、今回の「7pay」にまつわる一連の騒動は十分だろう。

「ファミペイ」(左)と「7pay(7iD)」(右)のユーザー登録画面。個人情報を取得しようとしているが、そもそもこれ自体が信頼できるデータとは限らない点に注意したい

コンビニPay両社のアプリでは「行動追跡」を重視しており、ビッグデータ活用の基となるデータとして「生年月日や“おおまかな”住所」という個人情報収集を目指している。とはいえ、身分証確認も行なっていないこれらデータがそもそも信頼できないわけで、ユーザーすべてが正直者というわけではない。

購買傾向や行動範囲のデータは取得できるかもしれないが、ベースとなる個人情報は信用できないデータで、しかも現状で追跡可能なのは同一グループ内の各社での買い物のみということで、取得可能な経済圏のデータは比較的限られている。

その点で、複数の小売店で利用が可能なPayPayなどの競合サービスのほうが、より多くのデータを取得可能であり、実際に使える場所が多いことから利便性も高い。

まとめとして、こうした限られた商圏をターゲットにした決済サービスではいまいちど「個人情報を収集に関する意義」と「顧客の求める利便性」について考えつつ、それと引き替えにより大きなものを失うことのないようビジネス戦略を見つめてほしい。

7月4日に開催されたセブン&アイ・ホールディングス関係者らによる緊急会見。不正事件に対する追求が続いていたが、本当に大事なものを見失わないでほしい

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)