西田宗千佳のイマトミライ

第54回

SlackとAWSの提携が狙うもの。マイクロソフトという共通の“敵”

6月4日、SlackとAmazonのクラウドインフラ提供部門であるAmazon Web Services(AWS)が数年間にわたる戦略的提携を発表した。これはどういう意味を持っているのだろうか?

SlackとAWSが戦略的提携。Slackの通話をAmazon Chimeに

現在はテレワークを含めた働き方変容の時期であり、Slackは中核的なサービスといえる。両社の提携はなにを狙ったものなのか? ビジネスチャットサービスを軸にした競争の本質はどこにあるのか? それを考えてみよう。

強い部分で提携しあうSlackとAWS

今回の提携の内容は、いくつかのパートに分けられる。

まず第一に、AWSが前者でビジネスチャットツールとしてSlackを導入する。AWSは世界的なインフラ企業であり、規模も大きく、その分影響力もある。Slackにとっては大きな企業導入案件である。

だがもちろん、これは今回の提携の、もっとも小さなパートでしかない。

今後Slackでは、「連携するクラウドインフラサービス」としてAWSを推奨する。Slackはビジネスチャットツールであると同時に、多数の外部サービスと連携するプラットフォームでもある。クラウドストレージなどとは自由に連携し、チャットとファイル管理・工程管理などを行なえる。そこではこれまでもAWSが使われることが少なくなかったが、今後は正式に推奨される。

昨年、AWS上で動作するサービスの状況をSlackのチャットボット上で管理する「AWS Chatbot」が発表されている。AWS上でサービスを構築する・運営している企業にとっては、仕事を楽にする有用なツールである。

AWS ChatBotの解説。AWS上で動作するサービスをSlackのチャットから管理。今回の提携の前段となる存在だ

さらに大きいのは、Slackのビデオ・音声通話機能である「Slack Calls」の自社開発を休止し、AWSが提供する音声・ビデオ会議システムである「Amazon Chime」へと移行することだ。

AWSの音声・ビデオ会議システム「Amazon Chime」の解説ビデオ

Amazon Chimeは「いわゆるZoom対抗」サービスのひとつ。AWSをインフラとして使っているため広い国々で利用できる。ビジネス電話システムからの移行が容易であるのも利点の一つだ。

Slackは今後、Amazon Chimeを標準的なツールとして利用し、音声・ビデオ通話機能の改良をAWS側に託す。結果としてSlackは、強力なツールを得ると同時に、そうした部分の開発から、自社の強みであるビジネスチャット・プラットフォームに関する部分にリソースを集中できるようになる。

クラウドやAIの統合で差別化するマイクロソフトの「Teams」

SlackとAWSの連携には、明確な仮想敵が存在する。それはマイクロソフトの「Teams」だ。

TeamsはビジネスチャットツールとしてSlackと競合しているし、ビデオ・音声会議サービスとしてはZoomなどと競合している。いろいろな側面のあるツールで、規模も大きいのでわかりにくい部分があるが、いろいろな機能を組み合わせた「統合性」こそが特徴的でもある。

Teams

Teamsでは、マイクロソフトのオフィスや各種サービスとの連携が重視されている。チャットでマイクロソフト・オフィスで作ったファイルをOneDriveやSharePointなどで共有し、ファイルの履歴を管理し、会議の記録も残す。それらはもちろん、全て検索可能だ。

連携対象はマイクロソフト自身が提供するサービスだけ、というわけではなく、各社のアプリ・サービスのプラットフォームにもなっている。この辺は、現在のビジネスプラットフォームにとって必須の要素でもある。

とはいえ、Teamsにとって最大の差別化点は、マイクロソフトのクラウドインフラである、Azure上で動作するサービスと連携することだ。音声・ビデオ通話は、マイクロソフトのAIサービスを使い、内容を認識して記録できる。そうすれば、会議の中で必要な部分だけを、キーワード検索によって見つけ出して後からチェックする……といったことも可能なのだ。

もちろんそのためには、相応のサービスへの契約と費用負担が必要になる。精度面で課題もある。

しかし、現在の技術トレンドとして、「映像や音声は検索・再利用可能なデータになっていく」ことがあるのは間違いない。少なくとも英語では、日本語以上に実用的な状況になっている。

そうした形になるなら、メールやチャット、ファイルシェアなどのサービスにデータが分散されることなく、仕事に関する全ての情報が「一つのサービスの窓」から使えるようになっていることが望ましい。マイクロソフトがTeamsで狙っているのはそういう世界であり、そこには大きなビジネス価値が存在するのも間違いない。

勝負は「音声・ビデオ」までの統合管理に

そう考えると、SlackとAWSの提携は、「マイクロソフトがTeamsとAzureでやろうとしていることに対して、2社が共同で対抗しようとしている」という流れに見えてくるだろう。

特に、音声・ビデオ会議からデータを取り出すためのAI開発については、精度が高いものを短時間で開発するのが難しい。マイクロソフトやAWS、Googleなどのメガプラットフォーマーと対抗する技術・企業もあるが、リスクは大きいし簡単なことでもない。一番効率がいいのは、すでに技術をもつところとパートナーシップを組むことだ。

SlackとAWSのライバルは、同じくマイクロソフト。両者の強みは別々でそれぞれの専門分野ではトップ企業だ。しかも、直接競合もしていない。Teamsに対抗するなら、これ以上のパートナーシップはないだろう。

もちろん課題はある。TeamsにしろSlackにしろ、機能の多様化は使いづらさにつながる可能性を持っている。実際、それらのツールで「できることの多さ」に、すでに困惑している人もいるのではないか。チャットや検索などの機能を使っていかにシンプルに「多彩な価値を快適に使えるようにするか」が重要になるだろう。

どちらにしろここからの勝負は、「ビジネスチャットが導入された」「ビデオ会議が導入された」段階の先にある。そのためには、日本語での認識技術を磨き、快適なものにしていく必要もある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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