西田宗千佳のイマトミライ

第20回

Apple Arcadeはゲーム業界を変えるのか

iPhoneでのApple Arcadeの画面。AppStoreの中に用意されている

9月20日は、新しいiPhone「iPhone 11」シリーズや「Apple Watch Series 5」、第7世代iPadと、アップル製品の発売日が集中している日だった。この日、同時にスタートしたのが、アップルの月額料金・定額制遊び放題型のゲームサービス「Apple Arcade」だ。

Apple、ゲームのサブスクリプションサービス「Apple Arcade」

価格は月額600円で、100以上のタイトルが遊び放題。1つのアカウントでMac・iPhone・iPad・iPod Touch・Apple TVすべてで同じゲームが遊べる。

アップルはハードに加えサービスでの収益向上を目指しており、Apple Arcadeはその一環、といわれることが多い。では、実際にどういうサービスなのか? そして、他のプラットフォームにどのような影響を与えるかを考えてみよう。

「新作が遊び放題」を推すアップルの狙い

Apple Arcadeの最大の特徴は「他では遊べない新作ゲームが集まっている」ことだ。実際にはこの言葉にはいくつものエクスキューズがつくのだが、「これまでの使い放題型ゲーム・サービスとの違い」という意味では正しく、まさにその点が大きな違いになっている。

過去の遊び放題型ゲームサービスは、「みなさんご存じのあのゲームも、あのゲームも定額で」というのがウリだった。

良さそうに思えるが、要は「過去に単品販売したゲームを、ディスカウントする代わりに定額にして提供する」形だったわけだ。ゲームメーカーとしてもリスクが低く、サービス提供側も交渉がしやすく、宣伝も容易であるのが利点だ。

だが、「過去のゲームが遊び放題」というサービスは、知名度こそあってもあまり人を引きつけないものだ。最初にお金を払うゲームファンにとってはすでに遊んでいるものばかりで新規性に乏しく、そうでない人はよほど面白そうではない限り、毎月お金を払ってまでゲームをしない。

一見お得に見えるサービスでも、人は「お得」なだけでは使わない。強い魅力があるから契約するのだ。これは、映像配信においても音楽配信においてもかわりない。認知拡大とサービス底支えには「過去の名作」が必要だが、新しい顧客を掴むには、やはり「そこでしか体験できないもの」を提供する必要がある。別の言い方をすれば、「毎月そのサービスにお金を払っていれば、来月以降も自分の琴線に触れるものがやってくるだろう」という期待感、別の言い方をすれば「なんとなくの投資感」が成立してはじめて、「お金を払い続けてもいいか」と思ってもらえるのだと考えている。

だから、Apple Arcadeが「新作」「独自」を前面に押し出すのは正しい。

AAA・F2P・インディ、それぞれが抱える課題とは

一方、わかりやすい超大作がないのは、ゲームにそこまで興味がない人を引きつけるにはマイナスだ。この辺は、ゲーム開発にかかるコストと売り上げ規模のバランスが関わってくる。

「誰もが知る」ゲームといえば、最低でも数十万本は販売され、世界規模でいえば数百万・数千万本が見える作品を指す。いわゆる「AAAゲーム」という奴だが、この規模になると、莫大な予算と巨大なチームで開発するのが基本。マーケティングを含めて数億ドルかけて十数億ドルを回収する、というビジネスだ。だからApple Arcadeのようなプラットフォームに依存する必要がない。

家庭用ゲーム機やPCで拡大していった先にはAAAゲームがあったわけだが、そのアンチテーゼとして出てきたのが、ネットワークゲームとして発展してきた「Free to Play(F2P)」型のゲームだ。今のスマホゲームの多くはご存じの通りF2P型。入り口を広くしてその後の課金で儲ける。大ヒットすれば、AAAタイトル以上に破格の収益が転がりこんでくる。

開発コストが低くてヒットすれば収益が大きい……と言われていたのだが、今はそんなこともない。大きな収益を得るには運営にコストをかける事が必須であり、広告宣伝費もかかる。あまりに大量のF2Pタイトルが出ているので、その中で「選ばれる」ことが難しくなっている。

というわけで、さらに別の存在として広がっているのが、俗に「インディーゲーム」と呼ばれる存在だ。AAAタイトルのように大規模なチームでもなく、大きなゲームメーカーの後ろ盾を必須とせず、開発する側のクリエイティビティに応じて内容を決めて開発されたタイトルである。F2Pの場合もあるし、売り切りの場合もある。スマートフォン向けのAppStoreやGoogle Play、PCにおけるStearmのようなオープンプラットフォーム型のソフトストアが生まれたことで、販売しはじめるリスクを下げてビジネスをスタートできる。だからこそ、「新しい」ゲームがどんどん生まれる。今一番活気のあるジャンルであり、任天堂やソニー、マイクロソフトのような家庭用ゲーム機プラットフォーマーも、インディに門戸を開いている。

一方、インディーゲームは宣伝力に欠け、個性重視であるがゆえに「狭く刺さる」ことが多い。一気に大量の作品が生まれるので、F2Pと同様に「選ばれづらい」という問題が大きい。

そんな風に、ここ数年は「AAA」「F2P」「インディ」が混ざり合ってゲーム市場を構成している。

インディーを軸に「質を担保したラインナップ」を用意

というところでApple Arcadeに戻ってくる。

Apple Arcadeは、現在のゲーム市場のアンチテーゼとして作られている。具体的には、「新作のインディーゲームを中心にしつつ、F2Pを排除して遊び放題にした」市場だ。

AAAはない。すでに述べたように、そもそもAAAは単体で大きなビジネスが出来るからアップルに頼る必要がない。

F2Pもない。F2Pは入り口が広い一方で、課金額が大きくなりやすく、特に未成年には向かない。F2Pで売りやすいゲームの形はノウハウが出来上がっており、それを逸脱すると売り上げが落ちるので、クリエイティビティにも制約がある。F2PにはAppStoreがあるので、そちらでやればいい。

一方、インディーゲームは数が増えやすいが、質が担保されているわけではない。

というわけで「クリエイティビティ重視のインディゲーム」が中心なのだが、とにかく数を増やすのではなく、「アップルが審査して」ラインナップに入れる。開発費をアップルが補助する場合もある。そうして「均質で比較的顧客がゲームを見つけやすい市場」を作るのが、Apple Arcadeの狙いだ。

大手ゲームメーカーの作品もあるが例外といえる状況だ。

カプコンの「深世界Into the Depths」も、カプコンという大手の社内チームによる作品だが、あくまで「同社のインディーゲーム的立場のチーム」が開発しているし、スクウェア・エニックスの新作RPG「Various Daylife」も、同社からのリリースによれば、「スマートフォン向け売り切り型ゲーム市場の再開拓というミッションでスタートした」、比較的小さなチームによる作品である。

アップルはすでに、Apple Arcade向けに「未リリースのゲームを提供する開発者」向けに相談窓口を設けている。これ以外にもゲームデベロッパーやパブリシャーとの間で個別に相談しつつ、ゲームのリクルーティングを行なっているようだ。

アップルはApple Arcadeのページから、ゲーム開発者に参加を呼びかけている。

ゲームメーカーにとっても、「Apple Arcadeという収益源を想定できる」ことはかなりのメリットといえる。

質が揃ったゲームを「気軽に人に勧められる」心地よさ

実際に遊んでみると、アップルの狙いはよくわかる。

ちょっとクセのある操作を覚える必要があるゲームや、冒頭からムービーがあって世界観に浸るタイプのゲーム、アーティスティックなパズルゲームなどが並んでいる。F2Pではプレイヤーが「面白い」と思う前に離脱してしまいそうな構造のもの、じっくり型のゲームなどもある。

家庭用ゲーム機やPCの「濃いゲーム」のような感触でありつつも、AAAとは違うクリエイティビティの高い作品が並んでいる。しかも、質が揃っている。「これはいかにも安価なスマホ向け」と思えるようなものはなく、どれも非常にしっかりしたゲームだ。別の言葉でいえば、「好みはあれどハズレ率」が低い感じだ。

しかも、遊び放題なので人に勧めやすい。契約している人にならば、「これ面白いよ」とリンクをシェアするだけで、すぐに遊んでもらえる。Spotifyなどのメジャーな音楽サービスにおいて、曲やプレイリストを共有する感覚にも似ている。これは「クリエイティビティ優先」のゲームと、とても相性がいい。

すべてではないが、ほとんどのゲームが「オフラインでも楽しめる」ので、飛行機の中などでも遊べる点も大きい。

もちろん、「ファミリー向け」という制約から、いわゆるR15・R18的な内容のゲームは作れない。クリエイティビティに対する大きな制約だが、そこは「そういうビジネスモデルを採ったアップルの選択」としか言えない。PCなどの自由な場があるのだから、そういうものはそちらを選べばいいだけの話である。

あくまでこの質を維持できるなら、という前提でだが、これはAndroidに対する大きなアドバンテージといえるのではないか。

ただ、アップルの主張とはちょっと違う部分があるのは気になる。

「オリジナル」が多い、とはいうものの、完全にApple Arcadeにしかない、というタイトルばかりではなく、インディーゲームとしてスマッシュヒットした作品の続編も多いし、PlayStation 4やNintendo Switchに同時供給されている作品もある。Apple Arcade「独占」とは、他のスマホ向けストアや定額制ゲームサービスのような、「Apple Arcadeとかぶる要素のあるストアにはない」ということであるようだ。

iCloud対応でMacやiPadからも続きが遊べるのがウリ、とされているのだが、iCloudに非対応で他端末から続きが遊べないものもいくつかみかけた。まだiPad向けには正式なサービスが開始されていないからかもしれない。

各ゲームの開発側のリソースの問題か、Apple Arcade上での「日本語での説明」がちょっとわかりにくく、文章的にこなれていないのも気になる。AppStoreやGoogle Playではよくあることだが、Apple Arcadeではオープンプラットフォームではないので、アップル自身がもう少しヘルプしてあげる必要があるのではないか。

どちらにしろ、今後も今と同じような「質の揃ったタイトル」を用意していけるなら、非常に魅力的なサービスだといえる。最初の1カ月は無料体験期間になっている。その間に「好みに合うか」をチェックしてみてもらいたい。

西田がお勧めする「Apple Arcadeで最初に遊ぶべき5本」

というわけで最後に、筆者がお勧めするゲームを5本ほど紹介しておく。まずはここから楽しんでみてもらいたい。

Sayonara Wild Hearts

いわゆるリズムアクションゲームだが、楽曲とビジュアルの体験が図抜けている。「Rez」の正当後継者。Apple Arcadeでまず1本、というならこれを。

Apple Arcade:Sayonara Wild Hearts

深世界Into the Depths

カプコンが内製チームで開発したApple Arcade向けオリジナル作品。グラフィックの出来は並んでいる作品の中でもトップクラス。実はヘッドホンで音を聞くとすごく気持ちいい。タッチパッド操作とゲームパッド操作では快適さが大きく異なるので、ぜひゲームパッドで。

Apple Arcade:深世界Into the Depths

Spek

シンプルなパズルゲーム。3Dオブジェクトの輪郭の上を自分が動いていってジェムを取る、というパズルなのだが、輪郭は動きによって変わり、ジェムの場所も傾きで変化する。言葉ではわかりにくい「遠近法を活かしたパズル」だ。

Apple Arcade:Spek

Break Sword

ピクセルグラフィックを活かしたファンタジーアクションゲーム。ぶっちゃけ「死に憶え」ゲーなのだが、動きに爽快感があり、思わず繰り返し遊んでしまう。

Apple Arcade:Break Sword

Projection: First Light

影絵で進むアクションアドベンチャー。影絵とその動きだけですべてのストーリーが語られるが、その動きにはきっと誰もが驚かされる。

Apple Arcade:Projection: First Light

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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