キャッシュレス百景

第18回

キャッシュレス生活はそれが生み出す価値で考える by トリニティ星川哲視

キャッシュレス生活とこだわり

もういつだったかは覚えていないくらい前から、「できる限り現金を使わない生活」を心がけてきました。できる限り現金での支払いをしないために、時にはお店を選択する判断基準にするほどのこだわりを持って生活をしています。

現在は、クレジットカード決済が支払金額ベースでは一番割合が多く、次に移動に使用する交通機関向けの支払いとして「モバイルSuica」、いわゆるおサイフケータイに対応しているところではANAのマイレージが貯まるクレジットカードを紐付けている「iD」、スターバックスではおサイフケータイとしての「モバイルスターバックスカード」、どれも使えない場合には最近増えてきた「PayPay」、そしてセブンイレブンや特に地元のデニーズでは唯一の支払方法である「nanaco」、最近は減ってきたもののルノアールなど楽天Edyしか使えないところがある場合には「楽天Edy」、これらを私の会社で開発したAndroidスマートフォン「NuAns NEO [Reloaded]」で使用しています。

NuAns NEO [Reloaded]

さらにバックアップとしてiPhone XS Maxに「Suica」と「QUICPay」を待機させていて、万が一の時にはこちらを使用する場合もあります。

iPhone XS Max

あらゆる手段を講じて、できる限り現金を使用しない生活をしようと試みています。

ところで、キャッシュレスというキーワードが世の中を賑わしている昨今ですが、キャッシュレスとは何かと改めて考えてみると、キャッシュ(現金)がレス(無い)となるので「現金を使わない」ということになります。その意味では私の生活が「できる限りキャッシュレスな生活」とも置き換えられます。

前述の通り、私のキャッシュレスな生活の中では、かなりの割合でクレジットカードが占めています。スマートフォンなどを利用した支払いがキャッシュレスというイメージがありますが、「現金を使わないのがキャッシュレス」と考えれば、クレジットカードも立派なキャッシュレスです。特に、飲食店ではまだまだスマートフォンを利用した支払いに対応していない場合が多いため、クレジットカードで支払うことが圧倒的に多くなります。また、Amazonなどのオンラインストアでの支払い、航空会社のチケットや旅行サイトでのホテル予約などもすべてクレジットカードで行なっており、これらもキャッシュレス生活の一部だと言えます。

キャッシュレス支払いが生み出す価値とは

私は突き詰めて考えていくと、キャッシュレスはお金を貯めていくための行為であり、支払い手段であるだけでなく価値を生み出していると考えています。一般的なイメージとしては現金を使わないようになると、支払った感覚がなくなり支出が増えるというように敬遠されている方も多いようです。しかし、価値とは現金のように目に見えるものだけではないと考えてみると、少し見方が変わるかもしれません。

元々、なぜキャッシュレスなのかというときに「現金を出すのが面倒くさいから」と言っていたのですが、実際にはそれが「無駄な時間を消費するからだ」と考えるようになり、その後にその時間が「価値を生み出している」ということを認識するようになりました。そして、現金での支払いはその価値を生み出さないから敬遠しているのです。

時間というものは老若男女、貧富の分け隔てなく、すべての人に平等に1日24時間が分け与えられます。その時間をいかに過ごすかが人生を大きく左右することは間違いありません。24時間は突き詰めていくと60分が24回であり、60分は1分が60回、1分は1秒が60回ですから、24時間は86,400秒なのです。人間は、おおよそ7時間くらい睡眠を取ると仮定すると活動する時間は17時間ですので61,200秒を毎日生きているわけです。

たとえば、コンビニエンスストアで現金で支払いをする工程を考えてみると、支払金額を伝えられて財布を取り出し、紙幣や小銭の合計額が支払金額と同額、もしくはそれに近い金額を数えて取りだして、受け取った店員がそれを確認してレジに現金をしまい込み、場合によってはお釣りを数えてレジから取り出し、レシートと共に手渡してくるまでの時間をおおよそ15秒とします(実際にセブンイレブンで3回支払ってみた平均時間)。そうすると、それを1回こなすだけで15秒/61,200秒となるので1日の中で0.024%を消費することになります。

これをたった0.024%と言うなかれ。私の利用する三菱UFJ銀行のスーパー預金金利はなんと「年0.001%(税引前)」。つまり100万円を1年預けてようやく10円です(実際には税金を引かれるのでおおよそ8円)。

時間とお金という異なる単位を混ぜて書いてしまったので比較軸が異なってしまいました。分かりやすいように、お金に合わせて考えてみたいと思います。

国税庁の平成29年分民間給与実態統計調査結果によると、1年を通じて勤務した給与所得者の1人当たりの平均給与は432.2万円だったとのことです。2年前の数字ですが、これが最新の根拠ある数字なので使ってみることにします。

432.2万円を12カ月で割り、平均的に20日間勤務し、1日7時間労働すると考えると1時間あたり2,572円となります。さらに1分あたり、1秒あたりと分解してみると約0.7円となります。つまり、私達にとっての時間は、1秒毎におおよそ0.7円の価値があると置き換えられます。だからこそ、たとえとしてではあるものの「落ちている1円は拾うな」ということになるわけです(1円玉を拾う動作に2秒ほどかかるので、1.4円をかけて1円を手に入れることになるため)。

さて、さきほどの現金での支払いに戻ると約15秒かかるということは10.5円を使用して支払いをしているとも考えられるのです。1日に何回コンビニで買い物をするのかは人それぞれだと思いますが、2回買えば21円分の価値を使って支払いしているといえます。

もしも、この支払いがキャッシュレスだったと考えてみると、店員が支払金額を伝えてきてから伝えることは支払方法だけ、あとはタッチ一発です。実際にかかる時間はおおよそ3秒(セブンイレブンで実際に3回支払った平均時間)ですから金額にして2.1円。結果として毎回支払う毎に8円程度の得をしているといえます。

8円などでは何も買えないではないかという指摘もあるかもしれないので、時間軸を拡げて考えるようにしてみましょう。1日2回利用するとして16円、1カ月で480円、1年で5,760円、20歳から考えて平均寿命の80歳程度まで生きるとすると34万5,600円もの価値を生み出している(現金払いで時間を損していないというところからの発想)といえます。

これはコンビニエンスストアでの支払いを例に取りましたが、たとえば電車に乗る際に切符を買うことを考えると、それでも20秒程度は消費しますので1回切符を買うだけで14円もの損をしていると考えられますし、当然往復するのでその2倍は最低限かかります。いろいろ省略して人生で考えれば60万円ほどの損をすることになります。逆にキャッシュレスにすればその価値を得られると言えるのです。

この観点において、スマートフォンを使用した支払いの優先順位としておサイフケータイ機能が上なのは、やはり圧倒的に時間のかかり方が違うからです。おサイフケータイ機能はスマートフォンを支払い端末にタッチするだけで支払いが完了します。一方、QRコード決済で考えるとスマートフォンのロックを解除してアプリを起動して支払いプロセスに1タップくらいかかってようやくQRコードを表示するようになりますから、おおよそ5秒程度あるため(実際に3回PayPayでQRコードを表示させるのにかかった時間の平均)、ここの差が価値の大きさに繋がると考えると、前者の方を選択すべきと考えられます。

直接的に価値が生まれるポイント還元

長々と現金とキャッシュレス支払いの時間の差について語ってきました。しかしながら、もっと直接的にキャッシュレス支払いについての甘い果実を得られることがあります。それがポイントです。

キャンペーンなどの特別でドーピング的なキャッシュバックを除くと、だいたいおおよそ1%前後のポイントが付与されるというのが一般的でしょう。つまり、100円の支払いをすると1ポイントが貯まるようになります。私がキャッシュレス支払いで多く使用しているiDがまさにその通りのポイント還元率です。前述のような金利だったり、時間の価値換算だったりは小数点以下の戦いでしたが、こちらはなんと1%以上のポイント還元が多いので効果が大きくなります。

そして、私の登録しているANAカードは、そのポイントとは別にANAマイレージのマイルが貯まるようになるので、さらに特典を得られます。ですから、単に支払いをするだけで、時間的価値と直接的ポイントとマイルの3つの価値を得ることができるわけです。

さて、現金で支払う理由とはどこにあるでしょうか。古典的な経済学では消費者は合理的に意思決定を行なうものと定義されているのですから、その理論に基づけば私たちはキャッシュレス支払いにしない理由はないのです。

現金は持っているだけではその価値以上のものは生み出しませんし、支払っても何も生まれませんので完全に等価交換といえます。キャッシュレスは時間から生み出す価値、ポイントとしての直接的価値、さらにマイルなどの追加価値が生み出されるのです。それは、ただ支払方法を変更するだけで、引き換えに手に入れるものは大きな価値なのです。

キャッシュレス生活の課題

ここまでキャッシュレスの生み出す価値を語り、是非とも使ってもらいたいと考えて書き進めてきましたが、まだ日本においてのキャッシュレス生活には課題があります。

まずはなんといっても、まだキャッシュレス決済ができないお店がたくさんあることです。冒頭で書いたとおり、あらゆる手段を使ってキャッシュレス支払いで生活しようといくつものサービスを用意しているのにもかかわらず、あっさりと「現金のみ」としているお店が多くあります。諦めて現金で支払わなければいけないのは、特に飲食店が多い印象です。

そうすると、どうしてもお店で食事をしておきながら支払うことができないというような事態に陥るのは社会人として許されませんので、現金を持ち歩く必要があります。

この課題の根本的な問題は店舗にかかる手数料です。かつてはあまり開示されることがなかった加盟店手数料ですが、最近ではおおよそ3%〜4%程度だということを明示するサービスが増えてきました。(加盟店手数料の例。SquareCoineyAirペイ )

近々、消費税が8%から10%へ税率が上がる際に一時的に還元される施策が行なわれる予定ですが、それは期間限定なので基本的には3%〜4%と考えて良いでしょう。これが大きなハードルとなってキャッシュレス支払いを用意していないお店が存在しています。

よく中国がキャッシュレス支払い大国になっているという情報が流れていて、私自身も中国ではWeChat Payという支払方法で現金を使わずに決済をしていますが、ここには手数料の違いが存在しています。

中国で寡占状態となっているWeChat PayとAlipayという支払方法は、店舗に対して支払い毎の手数料がかかりません。機器も手持ちのスマートフォンで構わないので導入費用もかかりません。実際に、街中の屋台においてもWeChat Payで支払うことができます。10元(約18円)のまんじゅうを屋台のおばちゃんから買うときであってもWeChat Payで支払うことができるのです。

WeChat Payを運営するテンセントとAliPayを運営するアリババのビジネスモデルは、日本の決済システムを運営する会社とは違います。日本でも、手数料収入以外の方法で収益を得られる会社がサービスを始めれば一気に普及する可能性があります。実際に、PayPayなどは現時点では手数料を徴収しておらず支払対応機器も必要ないため、店舗には負担がありません。そのため、一気に取扱い店舗が増えています。それもこれまで現金のみの支払いに限定してきた飲食店が多い印象です。

日本においては、さきほどのキャッシュレス支払いに対する直接的なポイントなどの還元や追加の価値は、この店舗にかかる手数料から分配されていますから、手数料を無くすか極力少なくするようになった場合には、消費者に対して還元はほぼ無くなると思います。私が知る限り、WeChat Payはいくら使用しても、ポイントが貯まったりキャッシュバックされるようなことはありません。

私は、直接的なポイント還元や追加価値の提供がなくなったとしても、日本中あまねくすべての支払いがキャッシュレスになってくれるならば、第一に説明した時間が生み出す価値だけでも大きな意味があると思っているので、この方向に向かって欲しいと切に願っています。

現時点においては消費者にとってとても大きな価値を生み出すことができるキャッシュレス生活。まだ使ったことがないという方は、はじめの一歩から踏み出してみてはいかがでしょうか。

星川哲視

デジタルライフを豊かにするというビジョンを掲げて、スマートフォンやタブレット、PCなどの周辺機器を企画・開発・販売するトリニティ株式会社代表取締役。ケースや保護フィルム・保護ガラスなどの「Simplism」ブランドとケーブルやバッテリー、照明などのラインナップを持つ「NuAns」ブランドを手掛けており、NuAns NEOというSIMフリースマートフォンを自社開発したことで知られる。日本ではグッドデザイン賞、海外ではiFデザインアワードやRed Dotデザインアワードなど数々のデザイン賞を受賞するほど、デザイン性に富んだ製品作りをしている。