開発者インタビューから見えてきたハイレゾスマホの本質

arrows NX F-01Jは「なぜ」高音質で、「何が/どう」高音質なのか

2017/02/23 | 日沼諭史

ご存じの通り、NTTドコモの2016~2017年冬春モデルとして発売された富士通「arrows NX F-01J」は、“高音質”という、これまでのarrowsシリーズのイメージにはあまりなかった新しい要素にフォーカスしたスマートフォンだ。

近頃では、CD音質を超える「ハイレゾ」音源が広く浸透し、イヤホンやヘッドホン、オーディオプレーヤー(DAP)などをこだわりをもって選ぶ人も増えてきた。arrows NX F-01Jは、そうした流れに合わせて登場したモデルと言えなくもない。

しかしarrows NX F-01Jの“高音質”は、何もハイレゾ音源のためだけにあるのではないようだ。同端末の企画・開発に携わったメンバーに話を伺うと、単に「音楽をいい音で聞く」だけに止まらない、スマートフォンにおける“高音質”の本質みたいなものが見えてきた。

「なぜ」F-01Jは“高音質”を追い求めたのか

富士通コネクテッドテクノロジーズ株式会社 マーケティング・営業本部 光安慶祐氏

スマートフォンの最大の課題の1つは、過去も今も“電池もち”であることには変わりないだろう。ただ、数年前までのスマートフォンは、携帯電話としての一般的な使い方で1日もたせるのが精一杯だったりもして、音楽や動画の再生といった「プラスアルファの機能」を活用するのは避けられる傾向にあった。

ところが、「電池3日もち」を実現したF-01Jをはじめ最近のスマートフォンは、電池の大容量・高密度化だけでなく、ハードウェア・ソフトウェアともに省電力技術が向上。それによって「プラスアルファの機能」を使う余裕も生まれてきた。むしろそのプラスアルファの方をメインにしているユーザーも少なくないはずだ。

arrows NX F-01Jの企画・マーケティングを担当する富士通コネクテッドテクノロジーズの光安氏は、これまでは音楽再生に専用のオーディオプレーヤー(DAP)を別途使う人が多かったものの、電池もちの改善でスマートフォンを音楽プレーヤーとしても使うケースが増えてきたのではないかと見ている。そうした流れを受けて、F-01Jは「音にこだわりをもつ人、スマホの音質にこだわりたい人のニーズにも応えられる」として、“高音質”に着目してF-01Jを企画したのだという。

その“高音質”を実現するために同社が選んだ方法は、音響機器メーカーのオンキヨーと共同開発すること。富士通のPC「FMV」シリーズでも、オンキヨーの1ブランドであるパイオニアがオーディオ面で以前から協力しているが、「互いの技術、ノウハウを活用し合うことで、両社の製品価値を向上させられるのでは」(光安氏)と考えた。「コモディティ化していくなかで、スマートフォンの独自性をいかに出していくか」という点でも、オーディオ重視は1つの解答になるだろうとも判断したようだ。

「何が」F-01Jを高音質にしているのか

富士通コネクテッドテクノロジーズ株式会社 開発本部 プラットフォーム開発統括部 谷定昌弘氏

F-01Jの高音質化に向け、共同開発という形で協力したオンキヨーは、具体的にどの部分を手がけたのだろうか。富士通コネクテッドテクノロジーズで主にオーディオ周辺の設計・開発に携わった開発本部の谷定氏によると、「オーディオ出力回路の基板のパターニングと部品選定、フィルター回路のチューニング」について協力を仰いだという。

ここで頭に入れておきたいのは、オーディオの音質の良し悪しを決定づける大きな要素の1つは、ノイズの有無であるということ。スマートフォンは、LTEやWi-Fi、Bluetooth、おサイフケータイのFeliCa/NFC、ワンセグ・フルセグといった多数の無線電波を扱い、必ずしもオーディオ向きではないバッテリーや電源回路などを内蔵する。これら1つ1つは、少なからずノイズを発生させる原因となる。つまり、元来スマートフォンがもつさまざまなノイズをいかに小さく抑えられるかが、高音質化の鍵になるわけだ。

LTE/Wi-Fiやおサイフケータイなど、いろいろな電波が音質の障害となりうる

そこで両社が重点的に取り組んだのが、ノイズ感と歪み(ひずみ)感の低減だ。過去機種の音質特性をベンチ―マークするところから始め、より高音質にするにはどうすべきかを議論した。その後、基板のパターニングにおいて、信号ラインやグランドラインの引き回しをはじめとするオンキヨー独自のノウハウを注ぎ込んだ。あくまでも通話が必須なスマートフォンとして、通話音声の特性も考慮に入れながら高音質化を狙える部品を共同で選定した。

フィルター回路のチューニングは、言い換えれば「音の成分のうちどの部分を、どのように回路に流すか」という“音の性格”を決める作業だ。「開発終盤まで妥協することなく、ベストのチューニングを追い求めた」と、谷定氏。「オンキヨーさんとコラボすることで設計において新たな視点が生まれてきた」のが大きな収穫だった。

それまでは人間の可聴範囲である20kHz以下を想定して音作りするという発想だったが、オンキヨーはそれ以外の「感性として聞こえる部分」にも着目してノイズ低減を図っていた。オンキヨーが手がけるオーディオ製品において音作りに関して全ての責任をもつ「サウンドマイスター」が監修し、ノイズ感、歪み感は全域に渡って抑えられたという。

ちなみに、米国防総省の物資調達基準であるMIL規格に準拠し、1.5メートルからの落下や高荷重にも耐えるF-01Jの頑丈さ、剛性の高さは、音質面でも有利に働いた。谷定氏は、「グランドレベル(0Vの電圧)の安定化が音質にとっては非常に重要。今回のF-01Jは、剛性を保つことがグランドレベルを安定化させることにもつながった」と話す。

F-01Jでは剛性を高めるため筐体の多くに金属を採用しており、相対的に大きな金属をグランドとして利用すると低ノイズになるとされている。これまでarrowsシリーズで積み重ねてきた筐体の耐久性を高める取り組みは、高音質を目指すうえでも有効だったということだ。

側面のアルミフレームや内部のステンレスフレーム、ステンレスホルダなど、高剛性を実現する工夫が音質の向上にも寄与したという

F-01Jは「どう」高音質で、「どこで」体感できるか

自然に聞ける、疲れない音を目指した、と谷定氏

オーディオ回路やチューニングの改善により、ノイズ感と歪み感の低減を図ったというF-01J。実際のところどのような音質になったのだろうか。谷定氏は、「“作った”音ではなく、自然な感覚で聞ける音、聞いていて疲れない、小さい音でもより解像度高く聞こえるものを目指した」と語る。よりクリアに聞こえ、音の奥行き感、広がり感が出た、と付け加える。

音の解像度の高さは、特に多数の音が重なる場面で意識しやすい。光安氏も、「複数の人が同時に歌っているところで、今までは片方が沈んで片方が浮くことがあったように思うが、それがきちんと独立して聞こえる」ことを実感したという。「低音の滑らかさが増し、高音のキンキンする感じがなくなった」とも述べ、ノイズと歪みが抑えられたことの影響は少なくないようだ。

同社ではあらゆる音源を用いて検証しているが、音質アップを実感しやすいのは、「男女のデュエット曲などのハモリ部分」や「音の強弱が激しいアップテンポな曲」、「大きな音から小さな音まで混じっている曲」とのこと。

こうしたF-01Jの音質改善ポイントを体感したい時は、できるだけ高品質なイヤホン・ヘッドホンを用意したい。同社は多数のメーカーが販売している数十種類の製品を用いて検証したそうだが、オンキヨーとの共同開発ということもあり、狙った音作りの方向性に最もマッチしているのは、やはりオンキヨー製のイヤホン・ヘッドホンとのこと。なかでも、カナル型の「E700M」は、幅広い音源にオールラウンドに対応するという。

男女のデュエット曲などのハモリ部分で解像度の高さを実感しやすいと話した光安氏

とはいえ、特定の製品に完全に特化してチューニングしているわけではない。比較的フラットな音質となっているので、「聞きたい音楽に合ったヘッドホンを選ぶことが大切。安価なものはどうしても電気的特性が良くないものがあるので、試聴して選ぶのが一番」と谷定氏はアドバイスする。また、「小さい音でも楽しめるといっても、騒音のなかでは聞こえなくなってしまう。静かなところで聞いてほしい」とも。

実際にE700Mで聞いてみた。E700Mはコンパクトなハウジングではあるが、意外にパンチのある中低音が耳を打つ。ただし、単に力強いだけ、というわけではない。F-01Jが目指した解像度の高さをしっかり再現し、全域に渡ってキリッとした輪郭がともなっている。パワフルな低音が、高音域のすがすがしい透明感ともきっちりバランスしていて、聞いていて小気味良さを感じる。

解像度の高さのおかげか、微細な音のニュアンスの再現性も高い。ギターやベースの弦を押さえた時に出るさりげない摩擦ノイズさえも、その様子が手に取るようにわかるようだ。ともすればまとまりがなくなりがちな音の重なりが多いボーカル曲も、ハモった声や楽器1つ1つの音が明確に分離され、聞けば聞くほどに新しい音の発見がある。

E700Mで試聴。F-01Jの解像度の高さをしっかり再現しながら、パワフルな低音と澄み切った高音を奏でる。音楽ジャンルを問わずバランスの良いサウンドを楽しめるだろう

DOLBY Audioで、「どこでも」高音質を体感できる

光安氏は、個人的に必ず使っているという「DOLBY Audio」の併用も推奨する。DOLBY Audioは、オーディオコンテンツに応じてクリアで臨場感のある最適な音質に変えてくれる技術で、従来からarrowsシリーズに搭載されている機能。あらかじめ用意されたプリセット設定を選ぶだけで、動画、音楽、ゲームなどの大まかなジャンルに合うサウンドに変化させられるほか、ユーザーが好きなようにカスタマイズすることも可能だ。

「DOLBY Audio」の設定画面。動画、音楽、ゲームなどのコンテンツごとに最適なサウンドに変化させられる

ユーザーが独自にカスタマイズして好みの音質にすることも可能

高音質化されたのは、当然ながらハイレゾ音源に止まらない。イヤホン出力から聞くのであれば、MP3などの圧縮音源や、ストリーミング配信の音楽、Netflix/Hulu/Amazon プライムビデオなどの動画の音声、さらには通話音声も高音質化される。F-01Jで扱える音声コンテンツのほぼ全てが、例外なく音質向上の恩恵を受けられるのだ。

例えばDOLBY Audioの設定で「Movie」を選択し、ストリーミング配信の映画を鑑賞すると、登場人物の声が一段と前に出てきたかのよう。ちょっとしたかすれ声になっているのを聞き逃すことがないほどの解像感で聞くことができる。通常ならBGMにかき消えがちなバックグラウンドのささいな効果音まで、生々しく再現していることもわかる。これは、F-01Jが標準で備えるワンセグ・フルセグ機能でも同様だ。トーク番組は聞き取りやすく、映画のサウンドもストリーミング配信と同じようにメリハリ良く聞ける。

もちろんワンセグやフルセグの音声も強化される

オーディオプレーヤーアプリで再生している音楽も、DOLBY Audioオフの時は「もっとよく聞こえればなあ」と思っていたボーカルや楽器の音が、オンにするとしっかりとした音像定位で再生されるように感じる。単純にボリュームを上げただけでは得られない、その時々のシチュエーションに合った音質、臨場感で、心に訴えかけるように響かせる。充実度の高い濃厚な音楽体験ができるかのようだ。

イヤホン接続時に、素早く関連するアプリを起動できる「イヤホンランチャー」はぜひともオンにしておきたい

高音質は「どこまで」行くのか?

これまでにない高音質を達成したF-01Jだが、開発陣によれば、まだ全てにおいて理想的な音質になったというわけではなさそうだ。光安氏によると、理想は「専用オーディオプレーヤー並みの音質」。同じコンセプトの次世代スマートフォンを検討する際には、さらにハイレゾ相当の音質を実現するワイヤレスオーディオ規格「aptX HD」への対応や、バランス出力端子の搭載など、昨今のオーディオ機器としての“トレンド”も課題となるに違いない。

ただし、谷定氏いわく「F-01Jのノイズレベル(の低さ)は、もう専用オーディオプレーヤーに近い」のが実情。細かなノイズ対策の余地はまだあるにしても、すでに現時点で総合的な音質はある程度完成されているようだ。「ノイズレベルや歪み率などの数値は押さえつつも、最終的には“人が聞いてどうか”にこだわって開発してきた」と谷定氏が述べ、「ハイエンドスマートフォンという枠のなかで何ができるか、今後も検討を続けていく」と光安氏が話したように、arrows NX F-01Jは、高音質を数ある武器の1つに、スマートフォンとしての完成度、熟成度を一段と高めてきたスマートフォンである、ということに気付かされた。