■第3回 スーラの点描絵画と多原色の関係

 液晶パネルのカラー画素(ピクセル)はこれまで、RGB(赤緑青)の3つの原色のサブピクセルからなっていましたが、シャープは近年、多原色の液晶パネルの研究開発に勤しんできており、今年のAQUOSからは黄(Y)を加えたRGBYの4原色パネルを採用したモデルを投入してきました。

  シャープはこの4原色液晶パネルに対して「Quattron」(クアトロン)というブランド名を与え、2010年以降のAQUOS画質の新基準として訴求していくようです。

  今回は、この「多原色」というテーマを取り扱ってみようと思います。

●スーラの描いた鮮やかな多原色世界
19世紀くらいまで認知されていた赤黄青(RYB)三原色の色相環

  色彩理論の研究は昔から行われていて、実は19世紀くらいまでは赤黄青(RYB)が三原色として信じられてきました。

  RYB三原色とこれらに関連した色調論はフランスの化学者のミシェル ウージェーヌ・シュヴルールによって提唱され、これは当時の美術界に大きな影響を与えたと言われています。

  シュヴルールの理論は多岐に及びますが、そのエッセンスの一部を紹介しますと

(1)三原色はRYBである

(2)RYBのうちの一色と他の二色を混合してできる派生色の橙緑紫(OGV)と隣同士に置いたときに最大の彩度が得られる

となっています。

  (2)のOGVはOrange,Green,Violetに対応します。(2)は例えば、赤と緑(黄と青の混合色)は隣同士の時に赤はより赤く、緑はより緑に映える…ということをいっています。この色の関係を「補色」とも定義づけられ、(2)を一言で言い直すと「原色は補色と隣同士になると互いを強め合う」…ということになります。

 この、当時の"最新"色彩理論に夢中になったのが、点描画の魔術師として知られるフランスの画家のジョルジュ・スーラでした。

スーラの代表作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」(シカゴ美術館)

  スーラは、豊かな原色をパレット上で混ぜて色を作ってから塗ると彩度が失われる絵画の特性に疑問を抱きます。そして、直感だけでなく理論を重く見る性格だったスーラは、この色彩理論を自分の絵画に取り入れようと試行錯誤するのでした。

  いくつかの実験的な習作を経て、スーラは、絵画の色彩について持論を蓄積していきます。

  自然界の様々な材質の発色は、絵の具の数色を混ぜ合わせて出来る色とは、発色の鮮やかさが明らかに違うのですが、絵の具も原色で塗った場合は、自然界の発色に負けないほどの鮮やかさが残ることにスーラは着目したのです(その理由は、後述の減法混色を参照)。

  そこで、スーラは、パレット上で色を混ぜ合わせるのではなく、キャンバス上に原色の点を塗り、見る者の視覚として混色を感じさせる工夫を試みたのです。これにより、絵の具を混ぜて得られる混色よりも、彩度の高い混色が得られるようになり、スーラの独特の画調が誕生することになりました。

  もちろん、点描は、解像度の面で不利ですから、人間の視覚情報を多くキャンバスに写し取るという意味においてはスーラの手法は最良とは言い難いですが、少なくともそのシーンのリアルな発色だけを再現するという意味においては、この手法はうまいやり方だったと言えます。

  スーラの作品というと、点描という手法の珍しさだけに意識が行ってしまいがちですが、スーラの作品は、むしろ、その色の再現性にも着目すべきなのです。スーラは、彼が美しいと感じたシーンの色彩をリアルに再現する手段を求めた結果、点描という答えに行き着いたと言うことなのです。

 彼の作品群の中で、特に評価が高いのは屋外のシーンを描いたものです。キャンバスに描かれたものなのに、直接日光の照り返しの眩しさを感じてしまいそうなまでの、明るい色彩感は、スーラのこの手法ならではのものだといえます。

 この手法に手応えを得たスーラは、その後、自分の手法の最適化を進め、この科学的な色彩再現のアプローチにますます傾倒していくことになります。

  スーラは自分に必要な色は、17世紀の古典物理の開祖、アイザック・ニュートンが行ったプリズムの光の分光実験で得られた青、青紫、紫、深紅、赤、朱、橙、黄橙、黄、黄緑、緑、青緑の12色だとして、それ以外の色をパレットから排除してしまったと言われています(11色だったという説もあります)。そして、この12色をスペクトル順にパレットに出し、その各色の下に白を置いて、その12色の純粋色と混ぜることで色調を調整しながら点描絵画を描いていったと言われています。

●多原色パネルの優位性とは?
3原色ディスプレイの限界

  絵の具の表現の場合は、その色に光が当たってそこから反射される光だけが得られる色になるので、色を混ぜるば混ぜるほど反射する光が減って暗くなる「減法混色」になります。一方、映像パネルの場合は発光体になるので、色を混ぜれば混ぜるほど明るくなる、「加法混色」になります。なので、両者は一概に同じ次元で語れないのですが、スーラが豊かな色彩表現のために行った「いくつかの純粋色(純色)にて発色するサブピクセルを組み合わせて鮮やかなフルカラーを作り出す」…というアプローチの面では、よく似ていると言えます。

  より多くの純色のサブピクセルを設けた方が、表現できる色の幅は大きくなりますし、加法混色の場合ですと、明るさを増すことにも繋がります。

  ならば、液晶パネルもサブピクセルをスーラのような12原色(純色)パネルにすれば良かったのではないか…と思われる人もいることでしょう。しかし、その実現は実際には困難です。液晶パネルのサブピクセルの駆動には、そこに微細な電極や回路を実装が必要で、さすがに1ピクセルあたりに12個ものサブピクセルを形成していたのでは開口率も下がってしまいますし、その制御も複雑になりすぎます。

  しかし、シャープは、この「実現可能な多原色液晶パネル」の研究開発を長年、水面下で進めてきており、2009年に1つの最適解を導き出し、発表を行いました。それがRGBの三原色にシアン(C)と黄(Y)を加えた5原色パネルです。

  ここで追加純色としてCとYが選ばれたのは、自然界に存在する色で人間が知覚できる色のうち、ハイビジョンの色表現規格のITU-R BT.709(色についてはsRGBと同等)で表現できない色がC周辺の色とY周辺の色に集中していたためでした。

 シャープは開口率を大幅に上げられる新世代の液晶パネルである「UV2Aパネル」の開発に成功したことで、多原色パネルを量産ベースに載せようとさらに開発を進めますが、パネルの量産性、サブピクセルの制御のしやすさ、サブピクセル周辺の電極や回路の微細度から算出される開口率などの全ての要因に配慮した結果として、まずは「4原色の道」を採択するのでした。

  そうです。これがQuattronパネルになります。

  では、なぜ、シアンと黄のうち、黄の方が選ばれたのでしょうか。

  これについては次回、解説することにしましょう。

(トライゼット西川善司)

参考文献
岩波「世界の巨匠」スーラ